働き方の多様化が進む一方で、多くの業界では人材不足が深刻化している。特に、従業員の定着率向上は企業経営において重要な課題である。人材は企業にとっての貴重な資産であり、その成長と活躍を支えるためには、適切なサポート体制が欠かせない。しかし、日々の業務に追われる中で、従業員が抱える悩みや不安に気づき、それに対応するのは容易ではないのが現実だ。
こうした課題を解決するために、株式会社Smart相談室は、従業員が社外の心理やキャリアの専門家に気軽に相談できるサービスを提供している。同社のサービスは、単なる不調の対応にとどまらず、従業員一人ひとりの成長を後押しし、企業全体の活力向上にもつながる仕組みである。今回は、代表取締役・CEOの藤田康男氏に、サービスに込めた思いや、同社が企業から支持される理由について話を聞いた。
「調子を悪くさせない」ためのサービス
ーー起業の経緯を教えてください。
藤田康男:
大学卒業後、テレビ局を含むいくつかの会社に勤務しました。その中で、ある上司からのすすめで大学院に進学し、経営学を学ぶことになったのです。経営についての自信を深めたことから、2011年より経営に直接携わることができる医療系事業会社へ転職しました。
そこで担当した事業開発の仕事は、約5年で1つの事業を立ち上げて成長させるというサイクルを繰り返すものでした。10年勤める中で、このサイクルを現役であと4回程度しか経験できないと気づき、それならば自ら起業してその時間を使いたいと思うようになり、2021年に現在の会社を設立するに至ったのです。
ーーなぜ相談サービスの事業を選んだのですか?
藤田康男:
事業責任者として働く中で、意図せず休職・退職してしまう人たちがいる状況を目の当たりにしました。その多くが、もっと早い段階で周囲に相談をしていれば回避できたのではないかと感じるケースでした。産業医との契約やストレスチェック、面談などさまざまな方法を試しましたが、どれも既に調子を崩している人を見つけ出すことが目的で、私たちの対応としては部署異動や休職につなげるだけでした。
私が求めていたのは、そもそも調子を崩さないための予防的な方法でしたが、そういったサービスは当時見当たりませんでした。そこで、「それならば、自分でそのようなサービスを立ち上げてみよう」と考えたのが、この事業を選んだきっかけです。
強みは高い利用率を実現するしくみ
ーー事業内容について、詳しく教えてください。
藤田康男:
私たちの事業は、企業と契約を結び、その企業で働く従業員のための社外相談窓口を提供するというものです。従業員が自ら予約し、気軽に何でも相談できる窓口を設けています。サービスの内容は「カウンセリング」と「コーチング」の2本立てです。
実際には、相談に訪れる方の多くは、カウンセリングが必要なほど調子を崩しているわけではありません。そうした方々にとっては、これからどう行動したいかを明確にするコーチングの方が、より効果的で気持ちがスッキリすることが多いのです。カウンセリングとコーチングを柔軟に使い分けながら、従業員一人ひとりのニーズに応じたサポートを行っています。
ーー貴社のサービスの強みは何ですか?
藤田康男:
まず1つ目の強みは、実際に利用されやすいサービスであることです。カジュアルなデザインにこだわり、相談の申し込みはわずか3クリック程度で完了します。「何でも相談して良い」という方針を掲げているのも、相談のハードルを下げる工夫のひとつです。
友人には話せても、ハラスメント窓口に相談しにくい理由のひとつは、それが本当にハラスメントに該当するのか、本人が判断できないことが多いからです。弊社のサービスでは用途を限定しないため、明確な判断がつかないことや些細な内容でも気軽に相談してもらえます。
2つ目の強みは、240名以上の有資格者の中から相談相手を選べる点です。産業カウンセラー、国家資格キャリアコンサルタント、公認心理師、プロコーチといった多様な専門家が在籍し、利用者のニーズに合わせて最適なサポートを提供します。
弊社のサービスは、必ずしも今「しんどい」と感じている方だけを対象にするものではありません。たとえば、人事担当者が「これから活躍してほしい」と期待する従業員に対して、研修のような形でサービスを利用してもらうケースもあり、成功を収めています。
これから人的資本の重要性がますます高まる中では、調子が良い部分をさらに伸ばすための投資も欠かせないでしょう。従業員を幸せにするためのサービスを検討するのであれば、弊社のサービスは最適だと自負しています。
ーー2021年という設立時期は、事業の成功に寄与しましたか?
藤田康男:
オンラインミーティングが普及し、さらにコロナ禍で心身の不調を抱える人が多かった時期だったため、設立のタイミングとしては良かったと思います。ただし、実際にサービス利用が増えたのはコロナ後です。働き方や働くことに対する考え方が多様化し、選択肢が増えたことで、企業と従業員との間にズレが生じるケースが増えていると感じます。
特に、中間管理職や部長、社長といった立場の方々からの相談利用も多い状況です。こうした動きを通じて、私たちのサービスが確実にお客様のニーズに応えていると強く実感しています。最近では、出勤はしているものの体調が優れない、いわゆる「プレゼンティーズム」に関する相談が目立っています。また、出勤しているものの、熱意を欠き、必要最低限の業務だけを行う「静かな退職」が話題になることも増えています。
これらの課題に対応するため、弊社のサービスは、設立時期も相まってタイムリーかつ必要な存在であると考えています。
挑戦と健康を両立させる職場づくりの未来像
ーー自社従業員についての管理方針と展望を教えてください。
藤田康男:
弊社では、行動規範(バリュー)としてスピード感を持って挑戦すること、そしてその挑戦に伴う失敗を許容することを掲げています。また従業員が自身の健康を優先する「健康的選択」を推奨しています。たとえば、「しんどいから休みます」と堂々と言える職場環境を整えることですね。
ーー将来、どのような会社にしたいですか?
藤田康男:
現在はカウンセリング事業が主軸ですが、これにコーチングと、2024年からは研修事業(ティーチング)を新たに加え、3本柱としてバランスよく成長させたいと考えています。働き方の選択肢が多様化する一方で、制約も増えており、どの選択肢が自分に合っているのかを見極めることや、実際に選びとることが難しい現状があります。
弊社は、働く人々が自分にとって最適な選択肢を理解し、納得して選べるように支援する存在を目指しています。そうした選択が可能になることで、社会にあるさまざまなギャップが埋まり、日本全体の生産性向上にも寄与できると信じています。2030年までには、このような理念を体現する企業として広く認知され、社会に貢献する存在になっていたいと考えています。
編集後記
株式会社Smart相談室の藤田CEOからは、事業への熱い想いとともに、従業員の幸福を本気で追求する情熱を感じた。相談者一人ひとりに寄り添いながら、課題解決に向けた具体的な道筋を示すその姿勢には、深い信頼感がある。
さらに、従業員数の拡大計画やサービスの成長戦略に対する明確なビジョンには、経営者としての確かな手腕がうかがえた。同社のサービスが広がることで、働く人々が生き生きと輝ける社会が実現することを確信している。
藤田康男/一橋大学大学院でMBAを取得後、医療系事業会社での事業開発・組織マネジメントの経験を経て、2021年株式会社Smart相談室を設立。2024年、著書『社員がメンタル不調になる前に』(日本能率協会マネジメントセンター)を上梓。