※本ページ内の情報は2025年4月時点のものです。

自動車学校というと、免許取得のために仕方なく通わなければならない場所というイメージを持つ人も多いが、今回紹介するのは、そのような従来のイメージをがらりと変える自動車学校である。日本の自動車学校は、免許取得者の減少、都市部での車離れ、さらには深刻な指導員不足という厳しい問題を抱えている。

その中で独自の事業展開によって業績をV字回復させたのが、ミナミホールディングス株式会社である。家業の経営を任された代表取締役社長、江上喜朗氏のこれまでの取り組みと今後の展望について、お話をうかがった。

社員が半減しても伝え続けた新しい企業理念で、古い企業風土を改革する

ーー経営に携わるまでの経緯をお聞かせください。

江上喜朗:
大学卒業後、リクルートの子会社のネクスウェイに入社し、FAXや電話回線を売る仕事をしていましたが、その会社が売却されることになり、一緒に働いていた先輩が独立して立ち上げた新会社に転職しました。ところが1、2年後に私は心筋梗塞で倒れてしまったのです。

命に別状はありませんでしたが、今まで築いたキャリアを諦めることになりました。その後、自宅療養していたことをきっかけに、2011年から家業である自動車学校を手伝うことになり、その1年後に社長に就任しました。

ーー社長就任後は、どのような問題に直面し、どのように改革を進めたのでしょうか?

江上喜朗:
当時、売上が右肩下がりで、伝統的な業界にありがちですが、弊社も社内の仕組みや人材が固定化されていたため、自動車学校の社員も生徒も覇気がありませんでした。

そこで、明るく楽しい教習所にしたいと思い、まず、全社員の意識を変えようと、ホテルの一室を貸し切って新しい企業理念「感性あふれる“ひと”を創る」についてプレゼンしました。さらに、自分がイメージキャラクターの格好に変装し、「明日からこれで出勤し活動していく」と宣言したのです。

そこには2つの狙いがありました。1つは、教習所の社長自らが広告塔になることで話題を生むこと。もう1つは風通しが良いとは言えない企業風土を変えていきたいという強いメッセージを発信することです。もちろんその思いが最初から社内にうまく浸透するとは思っていませんでした。

ただ、100人いた社員が次々に離職し、半減したときには、「祖父が創業した会社を潰す気か」と身内から責められ、「このままでは会社を潰してしまう」とさすがに危機感を抱きました。

しかし、残ってくれた20代の社員や新たに採用した地元の次代を担う世代の社員たちが、「古い業界を新しく変えていく」という私の考えに共感してくれました。結果的に彼らがユニークで魅力的な教材コンテンツをつくったり、新事業として「サウナ事業」を立ち上げたりと、これまでにない方法で会社に貢献してくれたのです。

最先端の技術の導入で、これまでにない自動車学校を生み出す

ーー貴社の業績がV字回復するまでに、どのような事業展開をされたのですか?

江上喜朗:
現在、弊社は11の事業を展開していますが、その中でも特に注力している2つの事業を紹介します。1つはAI教習事業です。AIと自動運転の技術を組み合わせることにより、技能教官が助手席に同乗しなくても、教習所で技能実習を受けることができるシステムを他社と共同開発しました。

深刻な指導員不足の解決策として考案したものです。このシステムは高度な新技術によって人材不足を補うだけでなく、緊急時には自動ブレーキが作動するなど安全性を確保している点もポイントです。このシステムに注目が集まり、全国の自動車学校の関係者が視察に訪れ、導入の意向を示しています。

もう1つは、就職支援・人材教育事業です。これはAI教習システムを使って、ベトナムやカンボジアの自動車学校で運転免許を取得した人材を,、日本で運転手として雇用することを目的としており、“2024年問題”への対策として考案しました。

外国人労働者に対して、現地での日本語教育から、来日後の免許の切り替えや中型免許の追加取得まで、きめ細やかにサポートします。彼らの就職先確保のために運送会社を買収して来日後スムーズに就労できる制度を整えています。これら2つの事業だけで、売上の約3分の1を占めており、弊社の経営を支えています。

自動車学校から取り組む社会の課題解決

ーー今後の課題や展望についてお聞かせください。

江上喜朗:
世の中にはたくさんの良い自動車学校がありますが、社長がコスプレをしていたり、教習用のAIシステムをつくったり、若者向けのユニークな教材をつくったり、さらには外国人労働者の就労をサポートするために運送会社まで所有している学校は弊社だけだと思います。

AI教習システムは、指導員不足という業界の深刻な課題を解決し得る画期的な方法ですが、法律上の制限があり、現時点では免許取得者向けの講習でしかこのシステムを使用できていません。今後は、これを新規の免許取得時の教習でも使用できるようにすることを目指しています。

現在、警察など関係機関との調整に注力しており、近い将来には実現できるのではと考えています。実現したら全国すべての自動車学校に導入していきたいですね。

また、カンボジアやベトナムなどの東南アジアの国々では、日本とは逆に、これから免許を取得する年齢層が多いので、就職支援・人材教育事業には今後の可能性を強く感じています。

最先端の技術を取り入れることで、伝統的な業界にありがちな固定化された企業風土を変え、社会の課題を解決するというその思いで私はこれまで邁進してきました。そして、既存の自動車学校が弊社の新しい技術を受け入れることで変化しているという事実を嬉しく思っています。他の伝統的な業界でも同様の改革が可能だと考えていて、それが日本中に広がれば、結果的に日本全体が良くなると信じています。

編集後記

このように先進的な自動車学校があることを知り、衝撃を受けた。悪化する経営と停滞する社内風土に新しい旋風を巻き起こすために、社長自らが広告塔として始めた改革。賛同した次代を担う社員たちのアイデアや自らの発想を活かし、事業を多角化することで、自動車学校の社会における可能性を広げることに成功した。社会問題解決に向けて奮闘するミナミホールディングス株式会社は、今後ますます注目されるだろう。

江上喜朗/2011年に先代社長の父より事業承継を受け、ミナミホールディングス株式会社の母体である、株式会社南福岡自動車学校代表取締役に就任。2022年に次世代教習所協創コンソーシアム設立を主導し理事に就任。2021年に「Forbes JAPAN SMALL GIANTS AWARD 2021-2022」にてローカルヒーロー賞を受賞。2023年には「EYアントレプレナー・オブ・ザ・イヤー2023ジャパン」にて、九州地区選考委員特別賞を受賞。著書:『スーツを脱げ、タイツを着ろ!』『交通事故を7割減らすたった2つの習慣』