
スマートフォンの普及により、求めればどんな情報でも瞬時に手に入る時代となった。一方、ラジオは「ながら聴き」でも自分の心に響く情報や新たな発見をもたらしてくれる。
そんなラジオならではの魅力を守り続けながら、1951年からラジオ番組の制作を続ける企業がある。それが、株式会社文化放送だ。同社の代表取締役社長、齋藤清人氏に、変化する時代の中でラジオに込める思いについてうかがった。
学生時代をともに過ごしたラジオに魅力を感じて決めた進路
ーー入社されるまでの経緯を教えてください。
齋藤清人:
私にとって、子どもの頃からラジオは非常に身近な存在でした。昭和39年生まれの東京育ちで、小学生の頃は「プロ野球といえばジャイアンツ」でした。試合がある日はテレビ中継が終わると「続きはラジオで」と案内され、それが私とラジオの最初の出会いでした。
また、当時は自分の部屋にテレビがなかったため、ラジオは小学生から大学生まで、私の生活に欠かせない存在でした。大学生になり、就職を考えるようになったときも、音声だけで言葉や音楽を表現するラジオの魅力に惹かれ、ラジオ局で働くことを強く希望していたのです。
そして、2025年度には文化放送に入社して38年を迎えます。制作担当として、振り返ればほとんどの番組制作に携わることができました。これは今考えても、非常に恵まれたラジオマン人生だったと思います。
その中でも特に印象深いのは、多くのアーティストのデビューから成功するまでの成長を間近で見られたことですね。彼らが時代を代表するアーティストに成長する軌跡を間近で感じられたことは、とても感慨深い経験となっています。
ーー制作の現場で大事にされていることは何ですか?
齋藤清人:
制作スタッフには、常に「想像して創造することが大事だ」と伝えています。ラジオはテレビのように映像が表示されるわけではありません。そのため、リスナーが100人いれば100通りのイメージが生まれます。全員が納得できる企画をつくるのは不可能ですが、多くのリスナーの心に響くよう、一生懸命に想像力を働かせることが重要だと思っています。
ラジオの大きな魅力のひとつは、イマジネーションの世界の豊かさです。リスナーに想像してもらうことで、初めてラジオの価値が生まれると考えており、その想像力をいかに刺激するかが、制作や話し手にとって重要になります。
また、ラジオは音声だけで成り立つメディアですから、言葉の選び方や音楽の使い方などを工夫して、「いかにリスナーの喜怒哀楽を引き出せるか」が非常に重要になります。パーソナリティとの出会い、普段は聴かない音楽、新しい情報といった予想外の刺激を、ラジオを通してどのように生み出せるのか、それを常に考えながら制作に取り組んでいます。
テレビでの視聴率に相当する「聴取率」がラジオにもありますが、単に数字が良ければいいというものではなく、質を大切にする姿勢が求められます。入社当初、先輩から「リスナーの心に残る番組をつくることが何より大事だ」と教えられたことは、今でも私の制作の根幹にあります。少しでもリスナーの心に響き、記憶に残る番組を届けたいという思いは、今でもずっと持ち続けています。
目に見えない商品だからこそ、社員一人ひとりの力で独自性の高い番組をつくり上げていく

ーー貴社の事業内容について詳しく教えてください。
齋藤清人:
弊社では、ラジオ番組の制作を中心に、マルチメディア関連のソフトウェアや映画の企画・制作・販売、さらには放送関連技術の開発・指導・販売など、幅広い事業を展開しています。他社と異なる点は、番組内容の独自性だと思います。
たとえば、42年にわたり放送を続けている「ライオンズナイター」という番組があります。これは、関東エリアでセ・リーグのジャイアンツが圧倒的な人気を誇っていた時代に、新興球団である西武ライオンズを盛り上げようと、球団と協力して立ち上げた番組です。このような視点からのアプローチは、弊社ならではの特徴と言えます。
また、2000年頃からは、アニメやゲーム(A&G)に力を入れるようになりました。日本が世界に誇る文化を支える声優や音楽にフォーカスし、それらの魅力を音声で伝える取り組みを開始しました。この試みは成功を収め、現在でもA&Gが弊社を代表するコンテンツのひとつです。
新しいことに挑戦する際には、常識にとらわれず、新たな表現方法を模索する姿勢を大切にしています。できない理由を挙げるのではなく、先入観を排して実現できる方法を考えることが、弊社の社員一人ひとりに浸透しているDNAだと思っています。
ーーそういったカルチャーはどのように伝えているのですか?
齋藤清人:
弊社がつくるのは、目に見えない商品です。そのため、企画や発想は、社員それぞれが持つ個性を活かすことが重要です。私自身も含め、社員一人一人が互いの強みや良さを見つけ出し、引き出すことを常に意識しています。個性を尊重しながら、相互に補完しあう社風こそが、新しい挑戦を支える基盤になっています。
誰もが発信者になれる時代でも、プロの品質を追求したラジオの可能性を広げたい
ーースマホの普及でラジオはどのように変化するでしょうか?
齋藤清人:
現在はスマホを持つ人がほとんどで、以前よりも音声メディアを楽しめる時代になりました。電車に乗ると、年齢や性別を問わず多くの人がイヤフォンをしている光景を目にします。この状況を見て、ようやく「耳の時間」をめぐる競争の時代が来たと感じています。
パソコンやスマホがあれば、誰でも費用をかけずにラジオ風のコンテンツをつくることもできるようになりました。その中で、プロとして「思わず聴いてしまう」クオリティの高いラジオ番組を制作し続けることが、弊社の使命だと思っています。今後はさらにコンテンツの制作能力を高め、リスナーを引きつける番組づくりに注力していきたいですね。
ーー最後に、これからのラジオに対する展望や思いを聞かせてください。
齋藤清人:
海外の状況を見ても、音声メディアの市場はこれからますます拡大していくと確信しています。ラジオの魅力は、自分から探しに行かなくても、思いがけない情報や刺激に出会えることで、これこそが醍醐味です。
たとえば、スマホ向けアプリ「radiko」を使えば、北海道から沖縄までエリアフリーでさまざまな放送を聴くことができます。タイムフリー機能を利用すれば、ラジオの聴き逃し配信で、過去の番組を楽しむことも可能です。こうした機能は、ラジオをさらに身近なものにしています。
毎日5分でも10分でもラジオを聴くことで、今まで知らなかった音楽や情報に触れ、新しい自分を発見するきっかけになるかもしれません。こうしたラジオの持つ可能性をさらに広げ、多くの人に楽しんでもらいたいと考えています。
編集後記
ラジオは、知らなかった音楽や情報に触れ、想像力を鍛える時代を超えたメディアだ。その特性を活かし、新たな挑戦を続ける株式会社文化放送には、リスナーの心を動かす情熱と独自の創意工夫が詰まっており、驚きや感動とともに新しい価値を届けている。先入観にとらわれず、常に革新を目指すその姿勢は、未来のラジオの可能性をさらに広げるだろう。

齋藤清人/1964年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。1987年、株式会社文化放送に入社。2017年、グループ会社である株式会社セントラルミュージックの社長などを経て、2020年、文化放送代表取締役社長に就任。