
日本酒市場は、嗜好の多様化や生活スタイルの変化により、この10年で出荷量が半減する厳しい状況に直面している。しかし、2024年12月5日、日本酒や焼酎、泡盛といった、「伝統的酒造り」が国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に登録されることが決まった。日本の無形文化遺産としては、歌舞伎や和食、和紙などに続き、23件目だ。
海外での販路拡大や、国内で進む日本酒離れの抑止が大いに期待される。そんな注目の集まる業界で、創業160年の歴史を誇るのが花の舞酒造株式会社である。代表取締役の高田謙之丞氏に、飲みやすさと楽しさを追求した日本酒開発の魅力や、その背景にあるこだわりについてうかがった。
修業先で学んだ酒造りの基礎と信念
ーー社長のご経歴を教えてください。
高田謙之丞:
家業を継ぐことを決めたのは大学進学の頃で、卒業後は修業のために、東北の酒造会社に就職しました。そこは安価なお米を使って大量生産を行う方針で、今思うと弊社のやり方とは正反対でした。修業していた会社では、精米歩合は90%でしたが、設備環境などの状態が良くなく、質を下げるとお酒がどれだけ悪いものになるかを学びました。
この経験を通じて、吟醸酒や純米酒、本醸造酒といった手間ひまかけられて作られた「特定名称酒」(※)と「普通酒」の違いや、お米の調達価値、仕込みの繊細さについて深く学ぶことができたと思っています。
花の舞酒造に入社した後も、数年間は酒造り一筋でした。特に、お米の質が低いと仕上がりに大きく影響することを痛感し、弊社では静岡県産米100%を貫いています。県産米は価格が高めですが、その分高品質で、納得できる日本酒をつくることが可能です。
商品開発室を立ち上げた際には、発泡酒やフルーツを使った酒の開発に約2年間携わり、その後、輸出業務も担当しました。製造部長として3年間従事した後、東京支店への異動を経て、地元に戻ったタイミングで社長就任に至ります。
(※)特定名称酒:お米の精米歩合や原料などの基準に則った日本酒のこと
日本酒に新しい風を吹き込むフルーツ・炭酸・ワイン酵母
ーー貴社の魅力について聞かせてください。
高田謙之丞:
弊社の酒造りの基本は原料米と水ですが、そこに固執せず「フルーツを加えたらどうなるか」や「炭酸を入れてみたらどうだろう」といった、ワクワクするような商品づくりを目指しています。
入社当時、「純米酒に梅を漬けるなんて邪道だ」と言われたこともありましたが、今ではそういった声も減り、自由な発想で商品開発を進められるようになりました。弊社の価値は、何よりも飲む人にとって「楽しく飲みやすい」体験を提案できる点だと思います。
特に印象に残っているのは「ちょびっと乾杯」という商品です。通常の日本酒はアルコール度数が15度前後と高めですが、この商品では6度に抑え、さらに発泡タイプに仕上げました。
静岡県産の豊富な果実を活かしたことで、静岡県らしさが表現できた非常に印象的な商品で、弊社の日本酒の幅を広げてくれるきっかけとなりました。この経験が活き、弊社独自の、ワイン酵母を使った日本酒を誕生させることができたのです。
ーーワイン酵母を使った日本酒についてお聞かせください。
高田謙之丞:
独自の製法によって、酸味が際立ち、ほんのり甘さも感じられる、まるで白ワインのような味わいの日本酒です。5年前に「Abysse(アビス)」という名前で発売し、2年前にはスパークリングタイプを開発しました。
日本酒は和食と合うイメージが強いですが、若年層は和食への関心が薄いと感じています。その点「Abysse」は白ワインに近いため、フレンチや洋食とも相性が良く、新たな市場を切り開く可能性を秘めているといえるでしょう。
「Abysse」ではこれまでワイン酵母を他社から購入していたため、今後は「どこのワイナリーの酵母です」と伝えられるように、開発を進めているところです。これにより、さらなる付加価値を生み出したいと考えています。
コロナ後の市場変化に挑む酒造りの未来像

ーー今後の展望をお聞かせください。
高田謙之丞:
新型コロナ禍以前と以後では、お酒の楽しみ方が変化していると強く感じます。飲み会の短時間化や外食の減少が影響し、売り上げはコロナ前に比べて約10%減少しました。
この現状を打開するため、外国人需要を取り込むことが目標です。東京支店を拠点にインバウンド市場を開拓するほか、英語やフランス語に対応可能なスタッフを活用し、酒造見学に外国人を招待する取り組みを進めています。酒造見学では、もろみを搾る体験ができ、その場で搾ったお酒を持ち帰れるユニークなサービスを提供するなど、需要を伸ばす鍵となるような企画を考えています。
輸出においては、既存市場であるアメリカや中国への供給を継続しながら、タイなどの新たな市場開拓も進める予定です。日本酒の魅力を外国人にしっかり伝え、潜在需要を掘り起こすことが重要だといえるでしょうね。
編集後記
伝統にこだわりつつも、新しい視点を取り入れ、新規開拓を進める高田社長。柔軟性のある発想力が魅力的だ。アルコール度数の低いカクテルやサワー、梅酒に比べ、日本酒はハードルが高いと感じていたが、ワイン酵母を使った日本酒やフルーツ入りの日本酒は、ぜひ飲んでみたい。
日本酒を楽しむことへのハードルを下げることで、日本酒に興味を持つ人が増え、今後も伝統的な酒造りは守られていくだろう。ユネスコ無形文化遺産に登録されたことを追い風に、日本の酒造りがさらに世界へ羽ばたくことに期待を抱く。

高田謙之丞/1979年、静岡県生まれ。東京農業大学醸造科学科卒業。東北の酒造会社に入社し、3年の修業期間を経て、2005年に花の舞酒造株式会社に入社。2017年に代表取締役に就任。近年はワイン酵母を用いて開発した日本酒の拡販に努めている。