※本ページ内の情報は2025年2月時点のものです。

地域社会と深く結びつきながら成長を遂げたJリーグは、単なるスポーツという枠を越え、多くの人々に希望と勇気を与えてきた。その原動力となっているのが、選手とファンをつなぎ、地域との強固な関係を築くクラブチームの存在だ。

地域社会を巻き込みながら新たな価値を創造するクラブの取り組みは、いまや地域活性化の象徴的存在としても注目を集めている。今回は、株式会社名古屋グランパスエイトの代表取締役社長、小西工己氏に、地域に根差したクラブ運営の哲学と、未来を見据えたビジョンについてお話をうかがった。

トヨタでの経験が導いた、グランパス復活の軌跡

ーークラブ運営に携わることになった経緯を教えてください。

小西工己:
1982年、私はトヨタ自動車に入社しました。当時、商社やメーカーから複数の内定を得ていましたが、自分の興味を活かし、直接製品に携われるBtoCのメーカーという点に魅力を感じたのがトヨタを選択した理由です。入社後は広報部や技術管理部門など、様々な部署を経験しながら、企業運営の多面的な側面を学びました。

トヨタ自動車は、1991年の名古屋グランパス創設以来、親会社としてクラブ運営を支えています。そのため、クラブ運営に関わる重要な決定や支援もトヨタの一部として行われ、私もトヨタで培った経験を活かし、クラブ再建に携わることとなりました。

2017年、クラブがJ2に降格したタイミングで、再建という大きな課題に取り組む機会をいただき、社長に就任。この際、1年でクラブをJ1に復帰させるという明確なミッションが課され、その目標達成に向けて全力を尽くしました。

ーーリーダーとして大切にしていることは何ですか?

小西工己:
私が常に意識しているのは、これまでのビジネス経験を通じて学んだ「雑事を大切にすること」と「人に興味を持つこと」です。たとえば、会議後に使った備品を片付けたり、日常の何気ない挨拶を通じて社員の健康状態や気持ちに目を配ったりすることが、結果的に組織全体の活力につながると考えています。

さらに、「感謝の心を忘れないこと」も重要だと思っています。対戦相手や審判、そして社員やクラブに関わるすべての人々に、常に感謝の気持ちを持ち続けることが、良好な関係を築く基盤になっているのです。

ーーJ1昇格を達成されたときのエピソードや、心に残っている試合をお聞かせください。

小西工己:
2017年のJ1昇格プレーオフ決勝戦は、選手、スタッフ、そしてファンの皆さんが一丸となってつかんだ勝利でした。試合終了の瞬間には、言葉にならないほどの感動と安堵が押し寄せ、まさに、みんなで勝ち獲った昇格という実感が今も強く心に残っています。

また、2021年と2024年のルヴァンカップ優勝も特別な思い出です。2021年の決勝ではセレッソ大阪との激戦を制し、私がクラブに入って初めてタイトルを獲得しました。その試合に向けて、全員が一体となって準備を進め、勝利の瞬間には多くのサポーターの笑顔があふれた光景が今でも忘れられません。

2024年には再び優勝を果たし、クラブの成長を改めて実感しましたね。特にトーナメント戦の厳しい環境の中で、選手たちが最後まで集中力を切らさず、全力を尽くして闘い抜いてくれたことは、私の中で非常に大きな誇りとなっています。

勝利の瞬間に生まれる感動と一体感

ーー会社の雰囲気についてお聞かせください。

小西工己:
弊社には、本当に素敵な社員が集まっており、皆が情熱を持って仕事に取り組みながら、互いに助け合う風土が根付いています。社員同士のコミュニケーションも活発で、笑顔が絶えない職場の雰囲気が、クラブ全体の活力につながっていると思います。

ーー試合に勝利したとき、役員や社員の間でどのような雰囲気が生まれますか?

小西工己:
勝利の瞬間は、クラブ全体が一つの感動で包まれる特別な時間になります。たとえば、ルヴァンカップの優勝を決めた試合後には、役員や社員が自然と集まり、お互いに握手を交わしたり、喜びの声を掛け合ったりする光景が見られました。

スポーツは人々の心も結びつける力をもっており、普段はオフィスで冷静に業務を進める社員たちも、このときばかりは子どものような無邪気な笑顔で、大きな声を上げて喜び合っていました。

この勝利は、役員や社員全員の協力と尽力によって生まれたものだと実感できる瞬間であり、試合前の準備、ファン・サポーターとの交流、選手たちへのサポートといったそれぞれの努力が実を結んだ証でもあります。この感動を分かち合う時間こそが、社員や役員の垣根を越えて、絆をさらに深める貴重な機会となっています。

地域の力とともに創る未来への挑戦

ーー地域貢献活動にはどのような取り組みがありますか?

小西工己:
私たちは地域とのつながりを大切にする様々な取り組みを展開しています。その中のひとつ愛知県商店街振興組合連合会との協働による「サポートタウン事業」では、商店街の活性化を目指した活動を行っています。また、食育活動にも力を入れ、地域の子どもたちの健康と未来を支える取り組みを進めています。

チームとしては、選手やスタッフが地域のイベントに積極的に参加し、地元の皆さんと直接触れ合う機会を増やすことで、地域活性化に貢献できればと考えています。

ーー特に印象に残っているエピソードを教えてください。

小西工己:
印象深いのは、「鯱(しゃち)の大祭典」というイベントです。「鯱の大祭典」期間中の試合では選手たちが毎年特別ユニフォームを着用し、そのレプリカをご来場いただいた皆さまにお配りします。またこの期間は地域で様々なイベントを行い街の皆さんと一緒に盛り上がります。

2021年には、ビームス様の協力により、伝統ある有松絞りのデザインを取り入れたユニフォームを制作・配布しました。有松絞りは愛知県有松地区で受け継がれてきた伝統工芸であり、この取り組みを通じて地域の文化や魅力を国内外に広く発信しました。また、同イベントは新たなスポンサー企業様が参加するきっかけともなりました。

また、このユニフォームプロジェクトを通じて、地域住民の皆さまとの交流がより深まりました。有松絞りの職人の方々からは「このユニフォームのデザインが地域をさらに活性化させてくれた」というお声をいただき、スポンサー様からも、「クラブが地域文化と連携することで、より多くの人々に愛される取り組みだ」と高い評価を得ることができました。

「鯱の大祭典」は単なるイベントではなく、地域社会・スポンサーの皆さま・クラブから新たな価値を生み出す象徴的なプロジェクトであり、今後も継続して実施していきたいと思っています。

ーー今後のクラブの展望や、スポンサー、ファンの皆さまへのメッセージをお願いします。

小西工己:
これからもクラブとして成長を続け、Jリーグのタイトル獲得はもちろん、ルヴァンカップ2連覇や天皇杯・アジアチャンピオンズリーグへの挑戦も視野に入れています。グランパスファミリーの皆さまの温かいご支援があってこそ、私たちは前進できます。皆さまと一緒にクラブを盛り上げ、さらなる高みを目指してまいりますので、変わらぬご声援をいただけますと幸いです。

編集後記

Jリーグ開幕から31年。地域と深く結びつき、スポーツを越えた価値を生み出すその存在感は今や社会に浸透している。「地域とともに歩むクラブ」という名古屋グランパスの理念には、未来への明確なビジョンと揺るぎない情熱が宿っており、一つひとつの勝利や活動が、地域に喜びをもたらし、新たな可能性を切り拓く力となっている。これからもこのクラブが紡ぐ物語を追い続け、さらなる発展を期待したい。

小西工己/1959年、山口県生まれ。1982年にトヨタ自動車工業株式会社(現トヨタ自動車株式会社)に入社し、広報部長や技術管理本部長などを経て、社内カンパニーのEVP、常務役員渉外・広報本部副本部長、常務役員技術管理本部本部長などに従事。2017年、J2に降格した名古屋グランパスの再建を託され、代表取締役社長に就任。同年、豊田スタジアムでのJ1昇格プレーオフを勝ち抜き、J1リーグ復帰を果たす。2025年1月にクラブより、4月に開催予定の定時株主総会および取締役会にてエグゼクティブアドバイザーへの就任が決定することが発表された。