※本ページ内の情報は2025年2月時点のものです。

株式会社田中は、創業から100年余りの歴史の中で40年ほど前から主に河川や港湾などで吸出し防止や遮水、防草、補強などに使用する土木用シートの製造・販売を行ってきた。また、2024年元日に発生した能登半島地震においても復旧用資材を納入するなど、土木用資材の提供を通した災害復旧や防災・減災に注力している。その活躍の場は国内だけにとどまらず、海外にも積極的に展開している。

代表取締役の住吉望氏は、現状に甘んじず挑戦すること、変わり続けることの大切さを語る。業界トップシェアを誇る同社の強みや今後の展望をうかがった。

チームワークを発揮して成果を出した体験から中小企業の社長を志す

ーー社長に就任した経緯を教えていただけますか。

住吉望:
もともとは新卒で三井物産株式会社に入社し、インフラやマンションなど大型プロジェクトの開発・建設に長く携わっていました。その後メディカル・ヘルスケア部門に異動となりましたが、あるとき突然、調剤薬局チェーンの社長職として出向を命じられたのです。長らく開発建設系の仕事をしてきたので、まったくノウハウのない分野にいきなり飛び込んだ形です。

始めはどうなることかと不安に思いましたが、わからないことは自分から社内外の専門の方にお話を聞きに行き、従業員の方々とも積極的にコミュニケーションを取って、業界でも先駆的訪問調剤の取り組みや業務ミスの削減の取り組みなど、とにかくいろいろなことに挑戦しました。

結果的に業績を上げることに成功し、その際のいかに皆をまとめ、チームワークを発揮して業績を上げていくか、試行錯誤しながら進んだ経験が非常に刺激的でおもしろかったのです。

そんな折、株式会社田中が社長を募集しているという情報を耳にしました。創業家が会社を売却することにしたためです。調剤薬局チェーンの経営経験から「中小企業の社長をもう一度やりたい」と強く思っていたので、挑戦してみることにしました。そして2016年、正式に株式会社田中の社長に就任しました。

ーー貴社の事業内容と強みについて教えてください。

住吉望:
弊社は、土木用の繊維シートをはじめとした環境保全製品を製造・販売しています。台風や豪雨などの災害が発生した際には復旧用資材を提供するなど、防災や減災、災害復旧にも力を入れています。

主力が土木用の繊維資材ですので、特に土砂と水がある場所の環境保全や、自然環境と人の暮らしの共生を目指した環境整備に関するノウハウが豊富です。自社工場でも資材の製造を行っているため、実際のモノづくりに裏打ちされた知見には自信があります。

また、製品開発力も強みですね。以前、弊社のオーディオ好きの従業員が、土木用の繊維シートを活用して「吸音タワー」という吸音装置を開発しました。土木業界がメインの弊社では毛色の異なる挑戦だったのですが、いざ販売してみたらとても良い反応をいただいて、売れ行きも好調です。

従業員のこうした挑戦は、どんどん後押ししていきたいと思います。吸音タワーをきっかけに、現在改めて不織布の持つさまざまな機能や可能性に着目しています。業界の枠を超えた製品の開発も積極的に行うつもりです。

商社での海外事業の経験を活かして、積極的なグローバル展開を

ーー社長就任後はどのようなことに取り組まれたのでしょうか。

住吉望:
新たな取り組みでいうと、一つは海外事業です。弊社は創業103年ですが、これまでは完全に国内向けの会社でした。ですが、私自身、三井物産時代の海外駐在など、海外に関わる仕事を多くやってきたこともあり、弊社の幹部社員に海外展開について声をかけてみたんです。すると「やってみましょう」と。

従業員の中には英語があまり得意でない者もいますが、彼らもついてきてくれました。まったくの新機軸でしたが、前向きに目標に向かって協力してくれたのはありがたかったですね。今では海外でのビジネス経験を持つ従業員もいますし、技術陣もこれまで何十回と海外に出張しています。

海外事業に取り組み始めて今年で約7年経ちますが、現在もカンボジアを中心にさまざまな国にアプローチし、展開を進めています。

ーー社内の意識改革にも取り組まれているとのことですが。

住吉望:
弊社は現在、「挑戦して変わる」というスローガンを掲げています。また、「思いやりとチームワーク」「規律と品質」というキーワードも行動指針にしています。弊社は河川の堤防に敷く土木用の繊維シートが主力で、業界で高いシェアを獲得しています。ありがたいことですが、主力事業が業界の中で強い状態が何十年も続くと、「ゆでガエル症候群」になってしまうんですよね。

弊社だけに限らず、多くの会社、従業員は変化を嫌がります。「自分たちはトップ企業なんだ」という意識が定着すると、変化に対して消極的で、現状維持を重んじる気質が育ってしまいます。すると、環境が変わった時に対応できません。それではいけないから、挑戦と進化の姿勢を常に伝えています。

たとえば訪問営業では、経験と勘に頼るのではなく、データをもとに成約率の高い活動を分析して戦略を練るなど、科学的な根拠を活用し成果を上げていくという仕組みに変えつつあります。

防災・減災を柱に「挑戦と進化」を続けていく

ーーその他に、新たに挑戦していることはありますか。

住吉望:
2024年から、橋やトンネルなど老朽化したインフラ設備の補修補強用の繊維シートの分野にチャレンジしています。これは弊社がメインで扱う不織布の繊維シートではなく、炭素繊維のシートなので、初めての挑戦です。この分野では新参者ですが、弊社は土木業界とのネットワークがしっかりあります。その強みを活かして、時間をかけて追いつこうと思っています。

また、2024年の6月から10月にかけて、全国8つの営業所の従業員を大阪に集めて、皆で新事業について考えを出し合う合宿を6回行いました。従業員がそれぞれ新事業の提案をするのですが、その中にはまったく異なる分野の、製造業の枠を超えたビジネスモデルもあります。

そういったものを含め、どれがおもしろいか、うまくいくかというのを、私やベテラン従業員、部長陣が中心となって検討している段階です。従業員が皆で「挑戦と進化」を行う機会を、これからも積極的に提供していきたいと考えています。

ーー今後の展望をお聞かせください。

住吉望:
まずは、引き続き防災・減災のための資材の供給を通して社会貢献を続けていくことです。たとえば、2018年の西日本豪雨、2019年の台風19号被害、2024年元日の能登半島地震と9月の能登半島豪雨では、大阪から復旧用資材を搬送しました。製品供給を通した防災・減災への取り組みは弊社の根源であり、使命だと考えています。今後どれだけ新事業を展開しても、基本であるその役割は絶対におろそかにしてはいけません。

あとは、やはり海外展開です。現在はカンボジアが中心となっているので、近い将来カンボジアに支店をつくり、駐在員を置くという形にしたいと考えています。また、カンボジアに限らず、さまざまな国への展開も機会を見て進めていきたいですね。

また、吸音タワーのように不織布を活かした製品の開発や、不織布とは関係のない、ベクトルの異なるものにも接点を求めて、展開してみたいという構想もあります。私たちの柱である土木や防災・減災への役割を果たしつつ、従業員からのいろいろな提案を参考にしながら挑戦と進化、変革を体現していけたらと考えています。

編集後記

土木用繊維シートを中心に、防災や減災、災害復旧を通して人の命と生活を支える株式会社田中。その分野ではトップ企業でありながら、住吉社長は現状維持ではなく、挑戦とその先にある進化の大切さを説く。従業員の挑戦を積極的に後押しし、変革の道を進む同社のさらなる飛躍が楽しみだ。

住吉望/1958年生まれ。早稲田大学卒業後、三井物産株式会社に入社。不動産開発部、国際プロジェクト部、メディカル・ヘルスケア事業部などに所属し、多岐にわたる事業のマネジメントを経験。2016年、企業売却に伴う経営陣の交代により株式会社田中の代表取締役社長に就任。カンボジアなど海外展開も進める。