
企業を存続させるには、既存の強みを最大限に活かしつつ、競争に勝つためのアドバンテージを確保する変革が不可欠である。国内市場での成長が見込めない場合には、海外市場への進出を視野に入れ、成長への活路を見出すこともできるが、それは決して容易ではない。
こうした厳しい経営環境の中、事業の継続には新たな市場開拓、製品開発のスピード強化、組織力の向上といった多面的な取り組みが重要となる。種苗の開発・販売を手掛ける松永種苗株式会社は、農業従事者の高齢化や減少、休耕地の増加により国内の種苗の需要が減少する中、海外展開や個性的な種苗の開発を進めることで国内市場が冷え込む中でも会社の存続の活路を見出す。
そこで、松永種苗株式会社の現状と強みを踏まえつつ、今後の展望や社内改革に向けた具体的な取り組みについて、代表取締役の松永真一郎氏に話をうかがった。
家業を継ぐまでの回り道が役に立った
ーー松永種苗株式会社に入社した経緯についてお聞かせください。
松永真一郎:
学生の頃はイラストレーターを目指したり、大学卒業後はオランダに渡って農業関連会社に入社して外国人労働者とともに現場で働いたりしました。帰国後は大阪の広告会社でBtoB向けのインターネットサイトの運営・管理を任されたりと、やっていることはバラバラですが、色んな体験を通して社会人としての基礎を学び、このときに築いた人脈は、今でも私の大きな財産になっています。
その後ようやく、家業を継ぐ決意が固まりました。種苗業界は学ぶべきことが多く、一人前になるまでには時間がかかるため、思い立ったらすぐに入社しました。当時の弊社はメーカー機能もありましたが、主に卸業が中心でした。一般的なメーカー企業のような販促資料が整っておらず、営業トークのマニュアルなどもなかったため、自らパンフレットの制作を手掛け、毎年2回更新して、営業ツールの充実を図りました。結果的に、広告会社で得た経験とノウハウが活きましたね。
ターゲットは家庭菜園〜産直、変化球の手法でニッチな市場を狙い撃ち

ーー貴社の強みは何でしょうか?
松永真一郎:
弊社の強みとして挙げられるのは、フットワークの軽さです。取引先の規模にかかわらず、定期的な訪問を欠かさず行うことで信頼関係を築き、受注につなげています。
また、種苗業界の国際団体が開催する会議や商談会にも積極的に参加し、既存の海外取引先だけでなく、新規顧客の開拓にも力を入れています。
新品種の開発においては、研究開発部門に具体的な目標を押し付けることなく、研究員の裁量に任せています。創業から培ってきた品種改良の技術と知識を生かす取り組みにおいて、植物と向き合うのが好きな研究員の情熱があって初めて優良な品種が誕生するもので、経営陣が横やりを入れるよりも研究員に任せた方が技術も知識も情熱も最大限に発揮できるでしょう。すでにアジア・アメリカ・ヨーロッパ向けの品種の生産にも成功しており、その原動力となったセンスの良い研究員が在籍していることは弊社の誇りだと思っています。
最近の家庭菜園ブームでは、ユニークな品種の人気が高まっており、弊社は市場のニッチな需要を狙う“変化球”的な開発スタイルで競争力を高めています。たとえば、日本初の紫色のスナップエンドウや、外皮も果肉も真っ赤で美味しい赤ダイコン、ネット栽培可能でリンゴ狩りのようにスイカ狩りを楽しめる小玉の中でさらに小玉になるスイカなど、味の良さだけでなく見た目を楽しみながら栽培できる品種を開発してきました。SNSで紹介するなどの手法で情報発信をしており、時代のニーズに合わせて魅力的な商品開発を継続します。
ーー貴社で働くことの魅力について聞かせてください。
松永真一郎:
弊社を訪れる他社の方々から、「雰囲気の良い会社ですね」とお褒めいただくことが多いのですが、これは社内の人間関係が円滑であることが、自然と外部にも伝わっている結果だと思っています。
実際に社内では年に2回、バーベキューイベントを開催し、近隣の取引先や同業者の方々もお招きしています。また、2年に1度は海外へ社員旅行に行き、リフレッシュとチームワークの向上を図っています。営業担当の社員には、日本国内だけでなく、希望があれば海外への出張の機会も積極的に提供しています。
私自身、仕事の中でミスすることもありますが、周囲の方々に助けられています。同じように社員に対してもミスを責めるのではなく、前向きに諭すなどして、働きやすい職場環境を守ることを大切にしています。
市場を開拓できる新品種開発でメーカー力を強化
ーー将来のビジョンについてお聞かせください。
松永真一郎:
現在の卸業中心の売上構造から脱却し、メーカーとしての競争力を一層強化していきたいと考えています。どの業界でも卸業は厳しい局面に直面しており、弊社も例外ではありません。そのため、種苗メーカーとしてお客様に選ばれる魅力的な品種を数多く開発する必要があります。
大手メーカーとの競争は避けられませんが、弊社は市場の隙間を埋めるようなニッチなニーズに応える品種開発に注力しています。開発リソースには限りがあるため、大学やその他の研究機関との提携を通じて新技術を積極的に導入し、研究開発のスピードを加速させていく方針です。
また、独自性のある新品種の開発だけでなく、新たな市場の開拓も同時に進める必要があると考えています。既存の市場に新品種を売り込むのではなく、新品種を主軸に新たな顧客を呼び込むことで、創業から目標とし続けた農園芸の発展にこれからも貢献します。
また、現在は製品の貯蔵からパッケージング、出荷までの工程を複数の倉庫で分散して行っていますが、これらを一か所に集約し、品質管理と業務効率の向上を図る体制を構築する予定です。さらに、国内市場向けの種苗開発を進めるとともに、海外市場のニーズに応える品種開発にも力を入れ、グローバルな展開を目指していきたいと考えています。
編集後記
国内の種苗市場は緩やかに縮小傾向にあり、生き残りには革新的な成長戦略の構築が必要不可欠である。松永社長は競合他社に負けない品種開発への意欲が強く、その姿勢は研究開発陣に対する信頼の表れでもある。従業員との対話を重視し、研究陣に大きな裁量を与えるなど、働きがいのある社風づくりに注力する点が印象的だ。
これが奏功すれば、個々の能力が発揮され、未来を切り開く成果が次々と生まれるだろう。松永社長のリーダーシップのもと、松永種苗株式会社がさらなる成長を遂げる姿が楽しみである。

松永真一郎/1982年、三重県生まれ、大阪学院大学卒業。オランダの農業関連会社で1年、大阪の広告会社で3年半の修業期間を経て、2008年に松永種苗株式会社に入社。入社後は営業を担当し、2020年に代表取締役に就任、就任後も営業に携わる。