※本ページ内の情報は2025年3月時点のものです。

300gあたり1万円以上で販売されることもある「鹿児島黒牛」。株式会社牛の達人(※)は、この高級和牛を手の届きやすい価格で提供している焼肉チェーン店だ。代表取締役社長である堀江直人氏も、この牛肉にほれ込んだ1人で、店舗で安く提供する理由を「鹿児島黒牛の魅力でお客様に幸せになってほしいから」と語る。

では、同社はどうやって今の業態を実現したのだろうか。そこには堀江社長の焼肉への熱い思いがあった。堀江社長の焼肉との出会い、肉にかけるこだわり、そして目指す姿を深掘りしていく。

(※)2025年3月1日に持株会社のGYRO HOLDINGS株式会社が子会社の合併を実施。

事業に本気で取り組もうと思った「焼肉」との衝撃的な出会い

ーー堀江社長の経歴をお聞かせください。

堀江直人:
私は弊社の社長になる前は、アメリカの大手ワインメーカー・E. & J. Gallo Wineryで働いていました。現地の大学でお世話になっていた教授の推薦だったこともあり、副社長直下のチームに配属され、何一つ不自由なく暮らせるほどの収入を得ていました。

おそらく、周囲から見れば順風満帆な生活に見えたことでしょう。ただ、そんな状況でも、自分の中には何か満たされない、お金以外のやりがいを探している部分が残っていました。

そんなとき、日本にいる父から試験的に始めた焼肉店を手伝ってほしいと連絡が来ます。現状の生活をやめてまで取るべき選択肢なのかと悩みましたが、もしかしたら「やりがい」のヒントが見つかるかもしれないと思い、父の元へ向かうことを決めました。

いざ父の焼肉店へ行ってみると、そこに広がっていたのは、お客様が笑顔で焼肉を囲んでいる姿でした。こうして私は、お金では得られない幸せが広がる空間に感銘を受け、焼肉店で働く道を歩み始めたのです。

まずはアルバイトから始めて社員になり、経験を積んだ後に社長に就任しました。弊社は株式会社になってから約30年経ちますが、いまだにアルバイト時代のお客様が来店してくださることがあります。そんな、人とのつながりを大事にしながら経営を続けています。

ーー貴社を経営するにあたって、大切にしていることは何ですか?

堀江直人:
「お客様の幸せ」と「従業員の幸せ」の両立を大切にすることです。この両方が満たされてこそ、本当に良いサービスを提供できると思っています。

お客様の幸せを実現するためには、お肉の価格や品質、接客、雰囲気など、細かな部分までこだわる必要があります。しかし、それらを続けるには継続的な努力が必要です。だからこそ、従業員が頑張り続けられる、幸せな状態を維持する必要があるのです。

そのために、週休2日や有給休暇の取得推奨といった、飲食業の常識に縛られない制度設計を進め、従業員が仕事とプライベートの両方を大切にできる環境づくりに全力で取り組み続けてきました。

じつはこの考えは、大学時代にお世話になった教授から学んだものです。教授は自分よりも他の人を優先する性格で、収入のほぼすべてを寄付に回していました。そんな教授がいつも多くの人から必要とされている姿を見て、私は「他の人の幸せを追求することが、自分の幸せを形作るのだ」と強く感じたのです。

大学教授と焼肉店の社長では活動のフィールドが違いますが、いずれは私も教授のように、まわりを幸せにできる存在になれればと思っています。

品質と価格を両立するカギは、焼肉にかける熱意と努力にあり

ーー貴社が運営する「牛の達人」の特徴や強みを教えてください。

堀江直人:
牛の達人は、日本最高峰のブランド和牛である「鹿児島黒牛」を中心に、最高品質の赤身肉を手ごろな価格で楽しめる焼肉店です。店舗は、秋葉原、新宿、銀座など都内を中心に展開しており、全席完全個室の落ち着いた空間で、接待や記念日など多様なシーンで利用されています。

また、ソムリエ厳選のワインやチーズ協会理事長によるこだわりのチーズ、豊洲市場の理事長が選定した海鮮など、各分野の専門家とのコラボレーションで実現した、多彩なメニューも楽しむことができます。

ちなみに、2023年7月には新ブランド「和牛焼肉やくにく路地裏」を新宿区歌舞伎町にオープンしました。この店舗は鹿児島黒牛のホルモンを一頭買いして提供するというコンセプトで、高品質なお肉がお手頃価格で食べられることに加え、普段はあまり食べられない部位のホルモンを堪能することができます。

ーー貴社が実践している、焼肉に対するこだわりをお聞かせください。

堀江直人:
弊社では焼肉店の「命」である肉の品質を徹底的に追及し、最高の肉を最高の状態で届けることを追い求めています。牛の達人で提供している「鹿児島黒牛」は、全国和牛能力共進会(通称:和牛のオリンピック)で15年連続チャンピオンを獲得した実績があり、食べた瞬間に違いを感じられる特別なものです。

鹿児島黒牛は通常、認定基準を満たした指定店でしか購入できませんが、弊社では、JA全農との協議によって個別ルートを確保することで、リーズナブルな価格を実現しています。通常はあり得ないことなので最初は相手にしてもらえませんでしたが、それでもJAに何度も通い、焼肉で鹿児島黒牛の魅力を広げたいという熱意を伝え続けたことで、なんとか流通ルートを確保できました。

そして、仕入れた鹿児島黒牛は、食肉処理をした瞬間に「スキンパック技術」という真空包装を施し、鮮度を保ったままお客様に提供しています。これらの努力はすべてお客様に幸せを届けたい一心で行ってきました。何よりもお客様の幸せを追及し続けることこそが、弊社の命題なのです。

日本各地で、その土地ならではの「最高の体験」を追及したい

ーー将来的には、貴社をどのように成長させたいですか?

堀江直人:
より多くの方に、最高の焼肉を最高の状態で届けられるように、全国に出店を広げていきたいと考えています。すでに、エリアごとに最適な出店形態を突き詰めるという、ターゲットやコンセプトを絞った出店方法を実践しています。

2025年5月頃には、浅草に今までの集大成となる特別な店舗がオープンします。ここは記念日に使うような高価格帯の店舗で、過去最高の肉とその肉に合ったワインを味わえる、過去最高の焼肉体験をご提供できればと思っています。

また、和牛の魅力を世界にも広げるために、来日外国人が訪れやすい都市や空港があるエリアなどへの出店も計画しています。将来的には、海外への出店も目指したいですね。

ただ、これらの計画は人材の成長なしには語れません。焼肉の知識を身に着けてもらうのはもちろん、経営の知識やお客様に幸せを届ける接客法、そのために必要な価値観など、経営者として独立できるレベルの従業員を増やしていきたいと考えています。そしてゆくゆくは飲食業界全体を、お客様の笑顔を見ながら働ける、楽しく魅力的な業界へと変えていければと思っています。

焼肉店とは「焼肉を通じた体験全てを楽しむ場所」です。この体験を届けるという視点を大切にして、将来的には全国で「牛の達人に行けば、絶対に間違いない」と言われる焼肉ブランドへ成長していきたいです。

編集後記

堀江社長の焼肉への並々ならぬ熱意から生まれた牛の達人は、価格や品質、業界の常識といった常識を変えながら成長を続けている。その挑戦は、浅草における新業態をはじめ、地域ごとの特性を活かしたオーダーメイドの店舗戦略という、新しいモデルへと進化しようとしている。堀江社長の焼肉への思いが日本各地に広がり、焼肉という体験により笑顔の花を咲かせる様子が目に浮かぶようだ。

堀江直人/1975年東京都生まれ、オレゴン州立大学卒業。世界No.1ワイナリーであるE. & J. Gallo Wineryへ入社。同社で3年半ほど就業したのちに日本へ戻り、父親の経営する精肉店へ入社。2018年に株式会社牛の達人の代表取締役社長に就任。