
KAICO株式会社は、カイコの体内で特殊なタンパク質を発現させる技術を活用して、ワクチンなどの医薬品を開発する九州大学発のベンチャー企業だ。現在、ワクチンは注射投与がほとんどだが、このタンパク質を用いれば錠剤のように飲んで接種する「経口ワクチン」の実現が可能になる。
代表取締役の大和建太氏に、同社を立ち上げた経緯や経口ワクチン実用化までの計画、実現後の未来について話を聞いた。
九州大学のビジネススクールでカイコから医薬品をつくる技術に出会う
ーーKAICO株式会社を立ち上げるまでの経緯をお聞かせください。
大和建太:
弊社を立ち上げる前にも、2006年頃に一度起業したことがありました。九州の名産品を楽天のプラットフォーム上で販売する事業に挑戦したのですが、利益が出ず、ビジネスモデルの問題と判断して2年ほどで撤退しました。
その後はサラリーマンに戻りましたが、起業したい思いは持ち続けており、アイデアを見つけるために、働きながら九州大学のビジネススクールに通っていました。そこで、九州大学の研究を活用してビジネスプランを考える課題があり、カイコから生成されるタンパク質を医薬品の原料とする研究を知りました。
この研究を製薬会社に説明したものの事業化にはつながらず、それならば自分で会社を立ち上げようと考え、弊社を起業したのです。
現在、新型コロナウイルスのパンデミックを経て、ワクチンを自国で製造する必要性が高まっています。コロナ禍では個人的にも大変な思いをしましたが、ワクチンへの関心が高まり、私たちの技術が製薬会社に評価されるきっかけにもなりました。
ーー貴社の事業内容を教えてください。
大和建太:
カイコでタンパク質をつくる技術をコアテクノロジーとして、製薬会社と協力して医薬品や診断薬、試薬を開発する事業を行っています。たとえば、このタンパク質を使えば口から飲む「経口ワクチン」をつくることができます。現在は家畜の豚用の免疫維持をサポートする飼料添加物としてベトナムで登録しており、世界中に広げるべく尽力しています。
飼料添加物という登録形態を取っているのは、使用者である農家の方の利便性のためです。効果・効能は薬の分類になりますが、薬として登録すると使い方が制限されてしまうため、飼料添加物とした方が使いやすいのです。

ーー貴社の従業員には、どのような方が多いのでしょうか?
大和建太:
弊社のオフィスや研究所は福岡にあり、現在のところ九州出身の人や九州に縁がある人を採用しています。九州には製薬会社がないため、九州出身の優秀な研究職の人材は多くの場合、東京や大阪で就職します。しかし30代になると、結婚や親の介護といったさまざまな事情から地元に戻りたいと考える人も少なくありません。こういったUターン人材、Iターン人材を採用の中心に据えているのです。
2040年頃までに人間用の経口ワクチン実用化を目指す

ーー経口ワクチンの実用化までの計画を教えてください。
大和建太:
一般的に、人間用の医薬品の開発には10年から15年程度かかるため、経口ワクチン実用化の目標時期は2035年〜2040年頃です。九州大学の近くに工場を建ててマザー工場とし、ベトナムなどで生産する形態を考えています。
また、医薬品を開発して人間に使用できる状態にするまでには、資金調達などさまざまなハードルがあります。資金を確保するためにも、今後3〜4年程度での上場を目指しています。
ーー経口ワクチンが実現したら、どんな未来になるとお考えでしょうか?
大和建太:
注射で投与するワクチンの場合、輸送や保管の際は超低温を維持する必要があります。パンデミックが起こった場合、ワクチン自体だけでなく冷凍設備やワクチンを打つ医師・看護師なども不足し、リソースの奪い合いになりかねません。一方で、経口ワクチンなら低温でなくても輸送でき、接種対象者が自分で飲めば良いため、医療スタッフの負担も少なく済みます。
動物用のワクチンにおいても、獣医師の負担減につながります。現在のところ、家畜へのワクチン接種は注射の手間が大きいことが課題となっていますが、経口ワクチンなら食べ物に混ぜて与えればすむため、この状況を変えることもできるでしょう。
実際にベトナムで弊社の飼料添加物を使用している農場の方からは「ワクチン接種にかかる時間が大幅に圧縮された」「暑い中での重労働が軽減された」と好評をいただいています。
「できるわけがない」と言われても挑戦を続ける
ーー大和代表の今後の目標をお聞かせください。
大和建太:
私たちが行っているのは、人や動物の健康はもちろん、地球環境も守る事業です。弊社のミッションである「カイコで世界を変えていく。」を実現するため、世界の常識をも変えるような挑戦を続けてまいります。
新しいことにチャレンジすると、「できるわけがない」と言われることも多くあります。しかし、あきらめずに事業を続けた結果、ベトナムで家畜用飼料添加物を販売し、製薬会社と協業して新薬開発を始めるところまでたどり着きました。事業内容に共感して活動してくれる仲間が増えれば、カイコで世界が変わる日が近づくかもしれません。途方もない夢を共に追ってくれる方は、ぜひ一緒に働きましょう。
編集後記
医療資源の逼迫が問題視される中、疾病予防の重要性は今後ますます高まっていくと考えられる。コロナ禍がそうであったように、再び感染症が爆発的に流行すれば医療崩壊のリスクもあるだろう。経口ワクチンが実用化されれば、こうした問題の解決に一歩近づく。人々の健康に直結するミッションに取り組む同社の発展に期待したい。

大和建太/1991年、横浜国立大学卒業。三菱重工業に入社し15年勤務後、一度起業するが2年後にサラリーマンに戻る。九州大学大学院経済学府MBAコースにて出会った技術を元に、2018年にKAICO株式会社を創業。カイコでつくったタンパク質で人・動物用のワクチン開発を行っている。2021年経口ワクチン技術を開発。2024年にはベトナムにて豚用飼料添加物の販売を開始。将来は人用経口ワクチンの実用化を目指している。