※本ページ内の情報は2025年3月時点のものです。

釣具業界は、世界的に大規模な市場を持ち、近年のアウトドアレジャーの人気の高まりに伴い、さらに拡大傾向にある。日本国内の市場規模は数千億円と推計され、年々成長を続けてきた。株式会社ハヤブサの代表取締役社長である歯朶由美氏は、男性社会ともいわれる釣具業界でその存在感を示し、数々の困難を乗り越えながら会社を飛躍的に成長させてきた。

彼女の斬新なアイデアとリーダーシップは、業界に新風を吹き込み、釣り愛好者からも高く評価されている。今回は、歯朶氏からこれまでの経験や事業に対する考え、今後の展望についてうかがった。

先代社長が急逝し、父の後押しで代表取締役社長になることを決意

ーー代表取締役になるまでの経歴を教えてください。

歯朶由美:
弊社は、1959年に父が創業しました。幼少期から働く父と母の姿を見ていたので、会社はとても身近な存在でしたが、弟がいるため、私が会社を継ぐことは全く想像もしていなかったですね。学生時代は、「スター誕生」に出演することを夢見ていた時期もありました。

転機となったのは、会社にオフィスコンピュータを導入することになった時期です。私がIT関係が得意だったこともあり、父から会社を手伝ってほしいと言われたことをきっかけに、1979年に入社しました。

最初は、母と一緒に経理からスタートし、財務全般の業務を経験しました。その後、1995年に父が会長に、私の夫が代表取締役社長に就任。私は財務部長として、会社や夫の業務を支えていました。公私ともに充実した日々を送っていましたが、2008年に夫が他界します。

人生のパートナーと会社の社長、公私ともに頼れる存在を急に失って、しばらくは立ち直れませんでした。父が会社のことを手伝ってくれていましたが、父から「社長になりなさい」と後押しされ、2009年に代表取締役社長に就任しました。私自身も、周囲の誰もが夢にも思っていなかった出来事です。

ーー突然の社長就任に戸惑いや迷いはありませんでしたか。

歯朶由美:
当初は迷いも不安もありました。この業界では女性社長が少なく、男性中心といわれる社会です。加えて私自身、営業職の経験がなかったため、周囲もかなり心配していたと思います。

ただ、一度「やる!」と決めたからには、前進あるのみでした。社員とその家族を何としても守るという使命感がありましたし、「女性だからできないということは何もない」と自分に言い聞かせながら頑張ってきました。女性ならではの柔軟な発想や考え方を取り入れることで、なんとか今日までやってこられたと思っています。

ーーこれまでの経験が活きていることを教えてください。

歯朶由美:
財務では、資金繰りや数値管理に加え、貿易業務も担当していました。これらの経験は現在の業務に大いに役立っています。特に、国内取引とは異なる通関手続きや税金関連の処理、販売価格の調整を伴う貿易業務の知識は、海外事業を展開する上で大きな強みとなっています。弊社でも数年前から海外事業を本格的に始めており、これまでの経験を存分に活かしながら、事業を進めることができています。

アパレルからペット用品まで手がける老舗釣具メーカーの挑戦

ーー貴社の事業内容について教えてください。

歯朶由美:
弊社は創業当初から釣具メーカーとして事業を展開してきましたが、現在ではフィッシングブランドの「ハヤブサ」、アパレルブランドの「FREEKNOT」、ペット用品ブランドの「PET'S REPUBLIC」の3つを事業の柱としています。

それぞれの分野で最高品質の商品とサービスをお届けできるよう、日々努力を重ねています。特に、ウェアやペット用品では、デザインから縫製までを一貫して自社で行い、品質にこだわったものづくりを実現しています。

弊社の技術の根底には「匠の精神」があり、全てを手作業で仕上げる優れたノウハウを持つ職人集団が支えています。この伝統は海外工場(中国・ベトナム・ミャンマー)で働く1,000人を超えるスタッフにも受け継がれており、技術力の高さが弊社の誇りです。

「ハヤブサ」を世界に誇る日本のブランドとしてさらに高め、全世界の人々に感動を届けることを目指す「感動提供カンパニー」として、これからも挑戦を続けていく所存です。

ーー貴社の強みはどのような点にありますか?

歯朶由美:
弊社の強みは、何と言っても企画力と品質です。現在、開発商品数は20,000点を超え、そのうち販売に向けて動いているのが約6,000点。その中から100点ほどが店頭に並びます。

時代のニーズを的確に捉えた製品計画や開発力に加え、それを支える高い技術力が弊社のものづくりの土台となっており、他社には真似できないと自負しています。新商品の開発にあたって重要視しているのは、まず私自身が現場を知ることです。空き時間を見つけて釣りに出かけ、現場の海を感じ取ったり、トレンドをチェックしたりしています。

経験に勝る説得力はありませんから。自分の経験を常にアップデートし、それを商品開発に反映させています。この姿勢は社員にも浸透しており、各自が積極的に新しいアイデアを提案しています。

また、社員がワクワクしながら働ける環境を大切にしており、絶えず新しいチャレンジが生まれる企業文化も弊社の大きな強みです。この前向きな社風が、優れた商品開発と企業の成長を支えています。

新しいチャレンジを続ける感動提供カンパニーの未来

ーー事業に対する考えや今後の展望をお聞かせください。

歯朶由美:
ハヤブサの商品を、国内だけでなく全世界の方々に使っていただきたいと考えています。魚を釣る喜びや、その準備のワクワク感は、国や文化を超えて共通の体験です。そのため、それぞれの国や地域の海に適した製品を提供するために、徹底した情報収集を行い、製品開発に反映していきます。

また、ペット事業やアパレル事業においても、グローバルな展開を目指し、EC(電子商取引)の強化が不可欠だと感じています。こうした新たな販売チャネルを整備することで、より多くのお客様に弊社の製品を届けたいですね。

さらに今春からは、廃校を活用した新規事業に着手する予定です。体育館を利用した釣り堀や、バーベキューエリア、飲食コーナー、ドッグランなどの施設を併設し、家族全員で楽しめる複合施設を目指しています。これにより、新しい形のレジャー体験を提供し、地域の活性化にも貢献したいと考えています。

事業を通じて培ってきたノウハウや経験を活かし、さらに新しいことにチャレンジし続ける企業でありたいですし、これが、私たちの目指す「感動提供カンパニー」の未来です。

編集後記

働く環境も変化している昨今、女性として活躍する歯朶社長のような女性リーダーの登場は、業界に新しい風を吹き込んでいる。社長のリーダーシップのもと、新しい挑戦を続ける姿勢は、多くの企業や社員にとって大きなインスピレーションを与えるだろう。釣具業界に新たな未来を切り開くことを期待している。

歯朶由美/1960年兵庫県生まれ、武庫川高校卒業。1979年株式会社ハヤブサに入社し2009年同社代表取締役社長に就任。親会社であるハヤブサホールディングス株式会社代表取締役社長、海外現地法人ハヤブサベトナム、青島ハヤブサ、ミャンマーハヤブサ、ホッタハブ株式会社(ペット事業)の代表取締役も兼任。社長就任以来女性の釣り人を増やす活動に注力している。また新たな柱とするべく、ペット事業や廃校を利活用する事業にも取り組む。