
環境汚染が深刻化する中、光触媒技術は未来への希望として注目を集めている。この技術は、空気・水・食品の鮮度維持という多様な分野で可能性を秘め、環境問題の解決を通じて持続可能な未来社会を築く力を持つ。今回は、その最前線で革新を続けるカルテック株式会社の代表取締役社長の染井潤一氏に、同社の技術とそのビジョンについて話をうかがった。
起業の原点はスリランカでの経験
ーー前職での経歴をお聞かせください。
染井潤一:
私は高専から大学に編入し、大学院を卒業した後、シャープ株式会社に入社しました。在職中の31年間、エンジニアとして新規事業や製品開発に携わり、特に衛星放送用部品の開発や、ニュービジネス事業の推進に力を注いできました。世界各地で技術の可能性を模索した経験が、弊社で取り組む光触媒技術への興味を持つきっかけとなったと思います。
ーー光触媒技術に着目し、起業に至るまでの経緯を教えてください。
染井潤一:
光触媒技術に注目するきっかけは、あるプロジェクトでスリランカを訪れたときでした。農薬の乱用が原因で子どもたちが命を落とす悲惨な現状を目の当たりにし、現地の人々が飲む水を浄化したいと強く思いました。そして、この問題を解決するには水を浄化する技術が必要だと考え、大学院時代に研究していた光触媒技術の可能性に気づいたのです。
その後、シャープで率いていた事業の中で、光触媒技術を研究するプロジェクトを立ち上げ、空気や水の浄化をはじめとする環境分野への光触媒技術の活用を具体化する取り組みを進めました。しかし、社内では既存のプラズマ技術が優先されていたこともあり、光触媒技術の大きな可能性を感じながらも、社内での事業化に限界を感じたのです。
もともと定年まで会社にいるよりも自分で事業を立ち上げたいという思いもあり、スリランカでの経験やニュービジネス事業で培った知見が後押しとなって、2018年、光触媒技術を社会に広めるためにカルテック株式会社を設立しました。
光触媒が拓く新しい環境ビジネスの可能性
ーー創業時にはどのような課題がありましたか?
染井潤一:
創業当初、技術には確信があったものの、まず市場での信頼を築くため、OEM事業からスタートしました。スタートアップで規模が小さかったため、資金調達や販路開拓に苦心しましたが、光触媒技術が社会課題の解決に役立つという信念が、私たちの事業を推進する大きな原動力でしたね。
ーー貴社が取り組む光触媒技術とはどのような技術ですか?
染井潤一:
光触媒技術は、酸化チタンを主成分とし、光を受けて有機物を分解する特性を使った技術です。弊社はこの技術を活かし、空気清浄機、水浄化装置、食品保存機器などを開発しています。
これらの製品は、環境負荷を抑えながら高い効果を発揮する点が特徴で、代表例として、コロナ禍で注目を集めた空気清浄機が挙げられます。壁掛けタイプ・車載タイプ・首掛けタイプ他、使用するシーンに合わせたラインアップを展開し、好評を得ています。
また、食品保存分野においては、エチレン分解技術を活用し、みかんをはじめとする果物や野菜の鮮度を長期間維持する保存装置を開発しました。これにより食品の品質を保持し、食品ロス削減に貢献しています。さらに、光触媒技術を活用することで、保存環境の清浄化を図り、安全性向上にも寄与しています。こうした取り組みを通じて、持続可能な社会の実現を目指しています。
OEM事業が広げる光触媒技術の実用化

ーー競合他社と比べて、どのような点で優位性がありますか?
染井潤一:
弊社の強みは、光触媒技術に特化している点です。この技術は、空気清浄や鮮度保持だけではなく、水の浄化にも大きな効果を発揮します。特に温泉施設では、不特定多数の利用者によるレジオネラ菌やその他の雑菌の発生という問題に対して、画期的な殺菌方法を提供しています。
たとえば、一般的な殺菌方法では、菌を殺すことはできても、菌の死骸から発生するエンドトキシン(毒素)は残存し、除去が難しいとされています。一方、光触媒は有機物を分解する特性を持ち、細菌の死骸やそれに由来する物質の分解にも寄与する可能性があります。
現時点では、光触媒がエンドトキシンを完全に無害化するという科学的な検証は限られていますが、有機物分解技術としての特性から、その可能性が期待されています。
さらに、光触媒技術を活用したOEMモデルの開発も弊社の強みの一つです。具体的には、材料の開発から製品設計までを自社で一貫して行い、家電や医療分野のパートナー企業と協力を通じて、光触媒技術の恩恵を多くの人々に届けています。
これにより、弊社の製品を直接手に取らなくても、光触媒技術の効果を体験できる仕組みを構築しているのです。今後、パートナー企業が弊社の技術を採用することによって、社会全体で水や空気の浄化、食品の品質保持といった技術の恩恵を広げていけると確信しています。
未来を担う人材育成と地球環境への貢献
ーー技術者の育成についてのお考えをお聞かせください。
染井潤一:
現在、弊社の主要なエンジニアは50代以上のベテラン層であるため、世代交代の必要性を強く感じています。そこで、次世代を担う30代、40代のエンジニアを積極的に採用し、次の時代をリードする人材として育てていく考えです。
光触媒技術は、大気汚染の軽減や水質浄化、食品の鮮度保持などを通じて、人々の生活環境を改善し、持続可能な社会の実現に貢献できる技術です。この理念に共感し、自らその可能性を広げる役割を担いたいと考える意欲的な人材を迎えることで、未来のカルテックをさらに強化していきたいと考えています。
ーー貴社の長期的な目標について詳しく教えてください。
染井潤一:
私たちは光触媒技術を通じて、空気や水の浄化を進めるとともに、食品の鮮度保持や安全性向上を推進していきます。特に、水質改善が必要とされる地域への展開に注力し、水資源の安全性に乏しい地域での農業支援にも貢献したいと考えています。具体的には、用水路やため池の水質浄化を行い安全な農作物を収穫できる取り組みを進める計画です。
これらの活動を通じて、環境だけではなく人々の生活を向上させ、感謝される企業を目指すとともに、経営方針も「利益を追求するだけの物差し」から「地球を救う物差し」へと転換していきます。この理念は投資家の皆さまにも共有し、5年先、10年先には、私たちの技術で水が豊かになり、安全で持続可能な食品生産が実現し、廃棄物が削減される世界を目指していきます。
光触媒は、空気・水・食品といった人間の生存に欠かせない分野に、効果的な解決策を提供できる技術です。その可能性を示す例として、世界では光触媒技術を利用した人工光合成の研究が進み、太陽光を利用して水を水素に変換したり、空気中のCO₂を酸素に変えたりする実験が行われています。
これこそが環境改善における究極の技術ですが、弊社でも研究を進め、企業とのOEMによる協業によって貢献をしていきたいと考えています。その実現に向けて、私たちの光触媒技術が役立つことを願い、さらなる支援や投資を通じて、可能性を広げていきたいですね。
編集後記
カルテック株式会社が追求する光触媒技術は、環境問題の解決に挑む新時代の旗手として、刮目に値する存在だ。空気、水、食品といった人々の生活基盤を浄化し、持続可能な未来を創造する力を秘めたその技術と、環境を守るという高い志の融合により、カルテックならではの強みが生まれている。地球規模の課題に真正面から挑む同社の歩みが、世界にもたらす変革の可能性に、心からの期待を寄せたい。

染井潤一/1961年奈良県生まれ。徳島大学大学院修了後、シャープ株式会社に入社。31年間エンジニアとして活躍し、2018年にカルテック株式会社を設立。