※本ページ内の情報は2025年5月時点のものです。

「防振ゴム」は、ふだん私たちがその存在を意識することは少ない。だが、ほとんどの動力機械に不可欠な重要な部品だ。機械の振動や衝撃を抑えたり、騒音を防いだりするために、鉄道やエアコン、エレベーターなど日常生活の中で使用する機械に使われ、耐久性を高めることにも貢献している。

そんな防振ゴム業界において、50年以上の歴史と500社以上のメーカーとの取引実績を誇るのが株式会社フカエだ。今回は、2代目の代表取締役である深江直人氏に、業界の特性や同社の強み、そして将来の展望についてうかがった。

バブル期の商社を経て製造業の家業へ

ーー大学時代から社長就任までの経緯をお聞かせください。

深江直人:
日本大学文理学部体育学科に進学し、大学卒業後はすぐに家業に入らず、岩野物産株式会社に入社しました。これには「一度外の世界を経験してから戻ってきなさい」という父からの意図があったためです。

営業の仕事をしていた当時は、バブルの影響もあって非常に景気が良かったため、毎月売上目標を上回る成果を出せていましたね。そして5年間、営業職としての経験を積んだ後、1993年に父が経営する株式会社フカエに入社しました。

ーー株式会社フカエ入社後、2代目社長になるまでの道のりを教えてください。

深江直人:
営業職から製造現場へのキャリアチェンジは、バブル崩壊後という時代背景も重なり、私にとって非常に大きな転機だったと思っています。営業時代には「自分は有能だ」と過信していたのですが、それは思い上がりであったことに気づかされたのです。

父からは「良いものを作れば自然とお客様はついてくる」という教えを幾度となく受け、その言葉を胸に謙虚に真摯に業務を遂行し、製造現場での経験を重ねて、入社から13年目の2006年、父の会長就任と同時に、私が2代目社長として経営を引き継いだのです。

図面に記される信頼のブランド

ーー防振ゴム総合メーカーの事業内容についてお聞かせください。

深江直人:
モーターやエンジンなどの振動を発生する機械製品には、その振動を抑えるために防振ゴムが欠かせません。自動車、電化製品、空調機、昇降機など、振動をともなう機械製品は多岐にわたり、それぞれに求められる防振性能が異なりますが、弊社は、機械メーカー様の多様なニーズに応える防振ゴムを設計・製造しています。

ーー貴社の強みはどのような点にあるのですか?

深江直人:
弊社は、メーカー様の製品開発における試作段階からご相談に応じ、丁寧に対応しています。試行錯誤を重ねてメーカー様の製品が完成すると、その設計図には「ここの防振ゴムはフカエの〇〇番」と明記されることも多く、そのような場合は、他社製品への切り替えを心配する必要はほとんどありません。

大手ゴムメーカーでは対応が難しいような、きめ細かなサービスを50年以上にわたり提供してきた結果、小松製作所様や日立製作所様、三菱重工業様をはじめ、約200社もの取引先から厚い信頼をいただいています。

耐震ゴムと一口に言っても、電気を通すものや通さないもの、熱に強いものや寒冷地向けのものなど、その性質は多岐にわたります。このような特性を満たすための配合レシピは、企業秘密として厳重に管理しており、メーカー様からも開示を求められることはありません。

そういった意味で、弊社の防振ゴムは単なる機械部品としての役割を超えて、価格競争にさらされる下請け業務とは一線を画している点が強みです。言い換えれば、品質よりも価格が優先される製品については、あえて手を出さないという姿勢を貫いているのです。

自動化に挑む防振ゴムの未来

ーー今後どのようなテーマに取り組んでいかれますか?

深江直人:
これまでも段階的に自動化を進めてきましたが、今後はさらに加速度を増して、人間ではなく機械が物をつくる時代に移行すると考えています。その流れに可能な限り対応していくつもりですが、金属やプラスチックの業界とは異なり、製品ごとに求められる性能や材料の配合が異なるゴム業界では、自動化が難しい部分があるのです。

そこで、取引先でもある産業用ロボットで有名なファナック様に相談を持ちかけていますが、実現には多くの課題があります。しかし、現状に甘んじるわけにはいかないため、自動化に必要な投資は積極的に進めていく方針です。

ーー社内組織におけるDXや将来の展望についてお聞かせください。

深江直人:
弊社では、製造部門と事務部門の2部門で運営しており、営業部門は設けておりません。新規の仕事を取りに行くよりも、既存の取引先からの要望に高いレベルで応えることを重視しており、これが真の営業活動だと考えています。

そのため、事務部門のDX、特にペーパーレス化は、効率化と信頼性向上の観点から必要不可欠ですが、まだ手つかずの部分が多いのが現状です。周囲の企業の取り組みを参考にしながら、時代の要請に応えるべく前向きに検討を進めていく予定です。

また、人事面では基本的に定年制度を設けておらず、意欲のある社員には年齢に関係なく活躍の場を提供する方針です。実際、昨年まで70歳を超えた社員が2名在籍していました。年齢とともに体力は衰えますが、長年の経験で培われたノウハウは貴重な財産です。それを活かすことで、企業全体の成長にもつなげたいと考えています。

編集後記

柔道黒帯の元アスリートである深江社長の言葉には、揺るぎない信念と覚悟が感じられた。「営業する必要はない」「良いものを作ればお客さんは自然についてくる」という言葉に込められているのは、職人としての矜持と「モノづくり」にかける情熱だ。

防振ゴムという縁の下の力持ち的存在であっても、社会を支える重要な使命を担っているという誇りが、ひしひしと伝わってきた。変革を恐れず挑戦を続けるその姿勢に、株式会社フカエの未来への可能性を強く感じさせられた。

深江直人/1966年、千葉県生まれ。1989年、日本大学文理学部を卒業後、岩野物産株式会社に入社。5年間営業職を経験して、1994年に父の経営する株式会社フカエに入社。2008年に代表取締役に就任し、現在に至る。