
マネキン制作から商業スペースの内装施工まで、幅広いディスプレイソリューションを手がける株式会社トーマネ。2年の開発期間を経て完成させた手漉き和紙造形「WALTZ(ワルツ)」でグッドデザイン賞を受賞し、特許も取得。さらに、従来のマネキンの常識にとらわれない斬新な造形の「Parkour-series(パルクールシリーズ)」を開発するなど、独自の技術と創造性で商業スペースに新たな価値を提供している。1934年創業の老舗企業で、現在は三代目となる代表取締役社長の岩下久起氏に話をうかがった。
ひたむきな姿勢で獲得した周囲からの信頼
ーー株式会社トーマネに入社した経緯を教えてください。
岩下久起:
大学卒業後は家業であるトーマネには入社せず、好きなことをやらせてもらい、自動車ディーラーで営業職を経験しました。そうして3年ほどが経ち、父親から「そろそろうちにくるか」と声をかけてもらったことが、弊社に入社したきっかけです。将来的には事業を継ぐんだろうなという意識は漠然とありましたが、父の一言でいよいよ形となったわけです。
しかし、当時は弊社がどのような事業をしているのか把握していませんでしたし、前職で得たスキルで役に立ちそうだったのは、営業で培ったコミュニケーション能力くらいでした。そのため、まず自分ができることから一歩ずつということで、営業からスタートしました。入社当時は社長の息子ということで、プレッシャーは相当なものでしたね。
ーーそのプレッシャーを乗り越えたエピソードをお聞かせください。
岩下久起:
当時の私はまだ経験が浅く、社内やお客さまはベテランの方ばかりでしたが隙を見せたくありませんでした。私自身のもともとの性格ゆえでしょうか。周囲に認められる存在となるために、お客さまのご要望に対して自信はなくともNOとは言いませんでしたね。
百貨店を担当していたため土日も関係なく、搬入は閉店後の20時以降で、夜中に作業するのも当たり前でした。そうするうちに、ひたむきに働く姿勢が買われ、徐々に頼られる場面が増えていきました。お客さまから名指しで呼ばれることが多くなっていき、それが自信につながり、私の能力を育てていってくれたのだと思っています。
諦めずに挑み続けることで斬新な商品を生み出す

ーー貴社の事業内容を教えてください。
岩下久起:
1934年にマネキン人形の制作からスタートした弊社は、現在では商業スペースの内装施工を含む、総合的なディスプレイソリューションを提供するまでになりました。独自の技術開発により、環境配慮型の手漉き和紙造形「WALTZ」や、アクロバティックな動きを表現した「Parkour-series」など、革新的な製品を生み出しています。
ーー手漉き和紙のマネキン「WALTZ」はどのようにして生まれたのでしょうか?
岩下久起:
私の発案から商品化に至ったのですが、完成まで2年ほどかかり、苦労もたくさんありました。まずは得意分野のマネキンから手漉き和紙でテスト制作するために、さまざまな人を巻き込みながら造形をつくっていったのですが、造形はスムーズにできても、和紙には凹凸があるため、表面がボコボコになるという課題に直面しました。当時は和紙の加工機もなかったため、これをクリアするのに苦労しましたね。
特に大変だったことは、完成形がわからないものをつくり上げるモチベーションの維持でした。ですが、SDGsが走り出した時代でもあったため、必ず世に出したいという強い思いがあり、社員に絶対できると声をかけ続け、諦めずに開発をつづけたのです。
その努力が実り、経済情報番組「ワールドビジネスサテライト」に出演し、世間に対して完成した「WALTZ」をお披露目することができました。造形物と成形方法の特許を取得し、グッドデザイン賞もいただきました。銀座にある茨城県のアンテナショップ「IBARAKI sense ‐イバラキセンス‐」では、ワルツの犬やネコがディスプレイされていました。
この快進撃は、メディアによるものが大きいと感じています。取り上げていただく度に社員のモチベーションがあがり、品質を向上させるために、質感や強度などの研究に打ち込む姿が見られました。メディアを見た方から反響をいただいたからこそ、品質の高い商品を生みだせたのだと思っています。
人を感動させる唯一無二のものをつくり続けたい
ーー貴社ならではのマネキンの強みを教えてください。
岩下久起:
マネキンは洋服を美しく見せることが第一条件ですが、この条件がマネキンの可能性をつぶしてしまうとも思っています。幅が狭まってしまい、どれも似たようなマネキンとなり、面白みに欠ける気がするのです。そこを打破するために、造形師に反対されながらも、あえて原則に則らない斬新なマネキンづくりに挑んでいます。
その結果生まれたのが、左右非対称のアクロバティックなマネキン「Parkour-series」で、こちらはSNSで大きな反響を得ました。私自身ものづくりが大好きなため、社長就任後に好きな方へ舵を切った結果、弊社ならではのエッジの効いた商品につながっているのだと思います。
ーー今後の展望についてお聞かせください。
岩下久起:
これまでは弊社が戦えるフィールドで勝負してきましたが、今後の構想としては異業種の方と手を組んで、新しい取り組みをしていきたいと考えています。たとえば、美術品の再現やお寿司屋さんの付け台制作など、活躍できる場はどんどん広がっていくでしょう。生活に根付いたものすべてが商品になり得るため、可能性は無限にあると思っています。
新しいものづくりに挑戦できる今が幸せです。今後も私たちにしかできない、人を感動させる新しいものをつくり続けていきたいですね。
編集後記
好きな方へ舵を切るという岩下社長の決断が、同社に新たな強みをもたらしていた。マネキン制作という伝統ある事業において前例のないことに挑戦し、独自の道を切り開く。手漉き和紙造形「WALTZ」の開発秘話からは、その道のりが決して平坦ではなかったことが伝わってきた。しかし、だからこそ生まれた製品には、唯一無二の価値が宿っている。それは、妥協を許さないものづくりの精神が宿っている証なのだろうと実感した。

岩下久起/1969年生まれ。大学卒業後、ミツワ自動車販売株式会社に入社し、営業部販売課で3年間の修業期間を経て、1994年に株式会社トーマネへ入社。2006年、代表取締役社長に就任。1934年、マネキン人形の制作に端を発した株式会社トーマネは、今では内装施工を含む商業スペース一式のプロデュースを手がけ、近年は環境や日本文化に配慮した手漉き和紙造形「WALTZ」がグッドデザイン賞やエコプロアワード奨励賞を授賞している。調理師免許、第1級船舶免許を有する料理好き。