
食料問題や資源不足、環境問題といった、世界が直面する課題に対し、微生物活用技術や発酵技術などのバイオテクノロジーの力で解決策を提供するアサヒバイオサイクル株式会社。同社は、土壌改良材やバイオスティミュラント、飼料用プロバイオティクスを活用した事業を展開している。その独自技術は海外企業からも高い評価を受け、現在はクライアントの約8割を海外企業が占めているという。今回は、バイオ技術の可能性を追求し続ける代表取締役社長の千林紀子氏に話をうかがった。
M&Aから始まったバイオ技術による課題解決への道のり
ーー社長になられた経緯を教えてください。
千林紀子:
アサヒビール株式会社に入社し、アサヒ飲料株式会社やアサヒグループ食品株式会社など、グループ各社で営業やマーケティング、事業戦略策定などの仕事をしてきました。
2012年にアサヒグループ入りしたカルピス株式会社のPMIの一環で、微生物活用関連3事業を再編し、弊社の前身となるアサヒバイオサイクル株式会社を設立することになりました。そのプロジェクトリーダーを任され、その流れで現在のポジションに就くことになったという経緯です。
ーー貴社の事業について簡単にご紹介いただけますか?
千林紀子:
弊社は「バイオのチカラで未来を創る」を経営ビジョンとし、食料問題や資源不足、環境問題などに対して、バイオ技術で貢献していくことを目指し、以下の3つの事業を展開しています。
1つ目の、アニマルニュートリション事業では、微生物を使った飼料添加物で、家畜の腸内環境を整えることを目指しています。腸内環境が改善されると家畜の免疫力が向上するだけでなく、抗生物質などを使用せずに健康で安全な食肉の生産が可能になるのです。
2つ目の、アグリ事業では、アサヒビールが135年以上研究を重ねてきたビール酵母を活用し、土壌環境の改善に取り組んでいます。これにより、農薬の使用量削減と農作物の収穫量増加を実現し、農家の方々の作業効率も向上しています。
最後は環境事業です。食物残渣のリサイクルを微生物の力で促進し、食品資源の循環サイクル構築に貢献しています。
専門性を生かして唯一無二のポジションを築く

ーー貴社の強みを教えてください。
千林紀子:
弊社の強みは、アサヒグループが長年の研究で培った有用な微生物活用技術や発酵技術などのバイオテクノロジーの力が事業のベースとなっていることです。このグループだからこそ実現できるビジネスです。
また、弊社の営業は獣医師や農化学系の博士号を持っている社員も多く、お客さまのお困りごとに対して、技術面でソリューションを提供しています。ただ製品を売るだけではなく、このような専門知識に基づくサポートができることも弊社の強みの1つだと考えています。
ーー今、特に注力しているのはどのような分野ですか?
千林紀子:
現在、温室効果ガスであるメタンガスの排出が問題になっていますが、その発生源の1つが「水田」です。水田は日本の食を支えてきた大切な存在ですが、メタンを発生させずにお米をつくる方法も必要だと考えています。その1つが、私たちが提案している「乾田直播(かんでんちょくは)」という方法です。簡単にいうと、水を張らずに畑でお米をつくるイメージです。
これまで、畑でお米をつくるとおいしくならないというのが定説でした。しかし、ビール酵母細胞壁由来の農業資材を使用すると、さまざまな植物生理が活性化され、稲の品質向上や収穫量の増加が期待できます。この方法はメタンを9割程度削減できるので、ほぼメタンフリーなお米づくりを実現できるのです。
さらに、これまで人の手で行っていた作業を機械化でき、労働の工程やコストが半分くらいになるというメリットもあります。その結果、おいしくて値段も手ごろなお米を提供でき、このビール酵母細胞壁由来の農業資材を使った稲作の方法を、農水省と連携して広げる取り組みを進めています。
「当事者意識」と「技術イノベーション」でさらなる成長を
ーー社長が仕事において大切にしていることはありますか?
千林紀子:
目の前で起こっていることを「自分ごと化」することです。仕事でつらいことが起こったとき、その壁を越えるためには当事者意識を持って仕事に臨むことが重要だと考えています。「自分ごと化」できれば、物事のポジティブな面が見えやすくなると思うのです。実はこのテーマで本も出版しました。仕事をうまく進めていく秘訣として、社員にもたびたび伝えています。
社長としては、私が会社の成長の限界になってはいけないと思っているので、勉強を続けて新しいことにどんどん挑戦していきたいと思っています。
ーー今後のビジョンについてお聞かせください。
千林紀子:
技術にこだわりを持つ会社として、「技術イノベーションを生み出す」という点をさらに強化し、事業を拡大しながらお客さまにより良いものをお届けしていきたいです。弊社のお客さまの約8割は海外の企業です。今後は特に、グローバルサウスと呼ばれる新興国や途上国への展開に力を入れていきたいと考えています。現在、弊社は北米に強みを持っているので、そうした強みのあるエリアに近いところから拡大していく予定です。
あとは、サステナビリティを事業化している会社として世の中にもっとアピールし、認知度を上げていきたいです。それが、弊社で働く社員のモチベーションにもつながると思います。加えて、この分野にご興味をお持ちの方とお会いできたら嬉しいですね。
編集後記
微生物という目に見えない存在が、この世界を大きく変えようとしている。千林社長の話を聞いて、その可能性の大きさを実感した。現代社会が抱える複雑な課題に対し、バイオテクノロジーで挑む同社の取り組みに、科学技術の新たな地平が垣間見えた。

千林紀子/神奈川県横須賀市生まれ。アサヒビール株式会社入社に入社後、スーパードライブランドマネージャー、飲料、食品事業会社のマーケティング部長を歴任。アサヒグループホールディングス株式会社でのM&A業務を経て、カルピス株式会社に出向。2017年アサヒカルピスウェルネス株式会社(現、アサヒバイオサイクル株式会社)代表取締役社長就任。