※本ページ内の情報は2025年4月時点のものです。

株式会社鞄工房山本は、1949年創業のランドセルを中心とした鞄の製造を行う老舗企業だ。同社の強みは、製品づくりへの徹底したこだわりにある。近年は「香久山鞄」ブランドでの一般向け鞄事業、海外向け「Montbook(モンブック)」ブランドの展開、さらにはトマト農園からいちご農園へと発展する農業事業まで、多角的な展開を進めている。同社の代表取締役社長を務める山本一暢氏に、その事業の特徴と将来のビジョンを聞いた。

ランドセル人気の波に乗った入社後のめまぐるしい日々

ーーもともと会社を継ぐつもりだったのでしょうか?

山本一暢:
強く思っていたわけではありませんが、なんとなく継ぐのだろうなという意識はありましたね。大学2年生のころに、父親から「会社を継いでほしい」と相談されたことで、本格的に弊社を継ぐための準備を始めました。大学卒業後、最初の1年は京都にある株式会社染工房夢祐斎のものづくりの現場で、その後2年は東京でコンサルタント出身の方が立ち上げた会社で、ビジネスの基本を勉強させてもらいました。

3年間の修業を終えて弊社に入社した2015年は、ランドセル選びが非常に注目されていた時期でした。その影響もあり、ランドセルを販売すると1か月で完売し、翌年は1週間、その次の年は1日と、完売までの期間がどんどん短くなっていったのです。ときにはサーバーがパンクしたこともあるほどで、とにかくランドセルをつくることに追われていましたね。

ーー貴社に入社してからどのような経験をしましたか?

山本一暢:
現在の会長である父から、型入れを引き継いだことが印象に残っています。型入れとは、1枚の革からより多くの製品をつくるために、適切な位置に型紙を配置していく作業のことです。

革を大きなテーブルに置き、さまざまな角度からチェックしていくので、ずっと動き回る必要があるのです。1日の作業量は30枚ほどあり、最初は12時間ほどかかりましたが、慣れてくると半分の6時間まで短縮できました。スマートフォンの歩数計で測ると1日1万8000歩も歩いており、この経験が何よりも自信につながりました。

「魂が込められている」と評される製品づくりの秘訣

ーー貴社の事業内容を教えてください。

山本一暢:
弊社は主に4つの事業を展開しています。まず基幹となるランドセルの製造販売では、牛革を中心とした高品質なランドセルを手づくりしています。市場にあるランドセルの多くが人工皮革を使用する中、弊社は約7割が牛革です。

2つ目は「香久山鞄」ブランドで、一般向けの鞄を展開しています。3つ目は海外向けのMontbook(モンブック)」ブランドで、現在は英語版サイトを先行して準備しているところです。

そして4つ目が農業事業です。トマト農園の運営を行っており、来年からはいちご農園も始める予定です。これらの事業を通じて、お子さんやそのご家族と多くの接点を持ち、長くお付き合いできる関係の構築を目指しています。

祖父の代は問屋向けの卸がメインでしたが、父親の代になって直接販売へと舵を切りました。問屋さんを挟んでいるとお客様の顔が見えないため、父はそれを変えたかったのです。直販に切り替えた当初は困難も伴いましたが、製品の評判が高まるにつれ、着実に販売本数が増加していきました。

ーー貴社の強みはどのようなものでしょうか?

山本一暢:
弊社の強みは品質に対する意識の高さです。祖父が社長だったころから「とにかく良いものをつくりたい」という強い信念が受け継がれており、その品質に対する価値観が社員全員に根付いています。製造工程においても多くのメーカーが裁断済みの革を仕入れる中、弊社は革の裁断から社内で行い、徹底的に品質を追求しています。こうした品質へのこだわりから、「魂が込められている」と言われることもありますね。

事業の多角化によって顧客との関係性を深めていく

ーー今後はどのような部分に注力していく予定ですか?

山本一暢:
これから力を入れたいのは、マーケティングチームの強化です。ウェブやカタログの制作、SNS運用などを担当する人員を増やしていきたいと考えています。また組織面では、各部門が自立して動いていくことを目指しています。私が方針や目標を設定し、それに基づいて各部門のマネージャーが計画を策定し、達成していける自律的な組織体制を整えることが理想です。しかし、販売部や製造部の部長はまだ不在なので、中間管理職クラスの人材確保も進めていきます。

ーー最後に今後の展望をお聞かせください。

山本一暢:
売上の拡大を維持しつつ、香久山鞄を現在の2億円から10億円規模に成長させたいと考えています。そのための商品拡充や出店計画を進めており、福岡などの商流が大きい都市部などへの展開を検討しています。また、海外展開も検討中です。ECサイトを見ていると台湾や香港、アメリカからのアクセスが多いので、弊社の製品もさらにアピールしていきたいと思います。加えて、奈良本店での体験メニューやワークショップも充実させ、ランドセルで獲得したお客様とのつながりをこれからも大切にしていきます。

編集後記

手間を惜しまず、品質にこだわり抜く姿勢は大量生産・大量消費の時代に逆行するようでいて、むしろこれからの時代に求められる姿勢なのかもしれない。「良いものをつくる」というものづくりの哲学が、多角的な事業にも一貫して貫かれていることに感動した。

山本一暢/1989年、奈良県生まれ。関西大学卒業。株式会社染工房夢祐斎と株式会社風土での3年間の勤務を経て、2015年に株式会社鞄工房山本に入社。2024年、同社代表取締役社長に就任。鞄の製造・小売や農業など、4つの事業を展開している。