
1997年の開局以来、大阪の情報発信拠点の役割を担う株式会社エフエム・キタ。同社は「イマドキのオトナ」に向けた洋楽7割、邦楽3割という明確な選曲と、地域に根差した情報発信で着実にリスナーを獲得してきた。放送事業に加え、イベント企画や地域の賑わい創出にも貢献している。2025年からは社会課題に向き合う新番組をスタートさせた。より深いメッセージ性を持つ放送局を目指す同社の代表取締役社長、辻井浩二氏に話を聞いた。
広告宣伝部門への異動が転機となり、放送局長から社長へ
ーー社長のご経歴をお聞かせください。
辻井浩二:
高等専門学校を卒業後、「地元の神戸を離れたくない」という気持ちから、1983年に阪神電気鉄道株式会社(以下、阪神電鉄)に入社しました。入社後は電気部門に配属され、阪神甲子園球場のスコアボードを手書きからデジタルへ移行する業務を担当した後、広告宣伝部門に異動しました。入社4年目の私にとって、この異動は人生の大きな転機となりました。広告宣伝の主流がアナログからデジタルに変わっていくタイミングで、10年もの間、TVCMや阪神電鉄が提供したラジオ番組の制作に関わることができたのは、非常に有意義だったと思います。
さらに、阪神電鉄が運営する複合商業施設「ハービスOSAKA」の建設が計画された際には、インターネットを活用した集客装置をつくるというミッションを任されました。このミッションを実現するために、阪神電鉄のグループ会社内でインターネット事業が立ち上げられ、世界の旅情報を集めたポータルサイトをつくり、来訪者へ提供していました。また、「ハービスOSAKA」の賑わい創出と情報発信基地としての役割を担う目的で、1996年にエフエム・キタが設立され、翌1997年にFM放送局を開局したのですが、当時では目新しいインターネットの繋ぎっぱなしサービスを同社に提供しました。
そんな縁もあり、2020年にエフエム・キタに出向し、放送局長に就任することになりました。そこから常務、専務と役職が上がり、2024年に社長に就任したという経緯です。
梅田から発信し続ける、「イマドキのオトナ」向け番組

ーー貴社の事業内容について詳しく教えてください。
辻井浩二:
弊社は、梅田(大阪のキタ)近辺で働く25歳から35歳の層を中心とする「イマドキのオトナ」をターゲットに、コミュニティ放送番組を提供するFM放送局です。実際に聴取しているのは30代のリスナーが最も多く、全体の31%を占めています。この統計結果は10年前から現在に至るまでほぼ変わっていないため、リスナーの世代交代が順調に進んでいると考えられるため、これは大きな強みです。
梅田だけではなく、堺市、豊中市、生駒市、尼崎市、西宮市など、聴取エリアは広範囲にわたっています。特に店舗やオフィスで流されていることが多く、働きながらFM放送を聞いているという人も多いようです。
弊社のコンセプトとして、「演歌やアニソン、アイドルの音楽は流さない」という方針があり、ポップスやニューミュージックを中心に、洋楽7割、邦楽3割の割合で楽曲を選定してきました。ただし、例外的に深夜枠では、「UMEDA Midnight Pops」というアニメソングに特化した番組を制作・放送しています。この番組は、弊社の若手スタッフが企画したもので、「JCBA近畿コミュニティ放送賞 娯楽番組部門 最優秀賞」を受賞するなど、外部から高い評価を得ています。
ーー貴社の強みや他社との差別化ポイントは、どのようなところですか?
辻井浩二:
弊社は、コミュニティ放送番組の企画・制作に加え、各種イベントの企画や情報通信に関連するソフトの制作など、幅広い分野を手がけている点が特徴です。これらの事業は立ち上げて10年以上になり、弊社の大きな収益源になっています。
また、阪神阪急ホールディングス株式会社のグループ会社として、地元のさまざまなステークホルダーの協力を得やすいということも、他社にはない強みと言えるでしょう。
さらに、梅田の飲食店とコラボしたプロジェクト企画を、地方自治体のPRに活用していただく取り組みも行っています。大阪は地方へのアクセスの中心地なので、大阪から観光客を誘致したい地方自治体にとって、大きなメリット創出につながりました。
多様な声を届ける放送局としての新しい一歩

ーー今後は、どのようなところに注力したいとお考えですか?
辻井浩二:
今後の番組制作の方向性として、社会的意義のある番組に力を入れたいと考えています。たとえば、2025年1月から放送を開始した新番組「おたがいサマサマ わやくちゃチャチャチャ!」は、障がいや難病を患う子どもを持つ親御さん、その他何らかの生きづらさを抱える人が自ら番組を企画し、メッセージを発信するという内容で、伝えたいのは「お互い様」という精神。困難を抱える方々の支えとなる番組になることを期待しています。
ーー最後に、社長の経営者としての思いをお聞かせください。
辻井浩二:
社員が心から楽しく仕事をしている姿を見たいという気持ちがあります。私が出向して間もないころに、開局25周年のイベントとして、12時間連続でラジオの生放送をしたのですが、DJもミキサーも一丸となって仕事を楽しんでいました。番組をつくる前に、まずは社員が仕事を楽しめる環境を整えて、和気あいあいとした社内文化の醸成を目指したいと考えています。次の開局30周年には、そんな社員たちと一緒にどんなことができるのか、今から楽しみにしています。
編集後記
デジタル化の波に乗って、広告宣伝からインターネット事業まで幅広い経験を積んできた辻井社長。地域に根差したメディアとして、社会的意義のある番組づくりに挑戦する姿からは、コミュニティFM局の新たな可能性が見えてきた。ラジオとイベントがタッグを組み、さらにグローバルな広がりを持つインターネットとの融合で、30周年に向けて様々な挑戦を繰り広げていくことだろう。

辻井浩二/1962年、兵庫県生まれ。神戸高専電気工学科卒業。1983年、阪神電気鉄道株式会社に入社。2018年、阪急阪神ホールディングス株式会社に転籍。2020年、株式会社エフエム・キタに出向し、2024年に同社代表取締役社長へ就任。