
人気商品「神戸・山の手スカート」を展開する「TRECODE(トレコード)」、バレエシューズ専門ブランド「farfalle(ファルファーレ)」、2025年4月からの新規ブランド「Alison Tiered(アリソンティアード)」、「pelaq(ペラク)」、などを運営する株式会社クロシェホールディングス。独自の戦略で成長を遂げ、人気アパレルブランドとなった。
今回は、アパレル業界の常識を覆す販売手法や、倒産危機を乗り越えたエピソードなどについて、代表取締役の沼部美由紀氏にうかがった。
銀行員からバイヤーへ転身し、食器店を起業。今の事業につながるアパレルへの転向
ーーまずは沼部社長のご経歴をお聞かせください。
沼部美由紀:
大学卒業後は銀行に入行したのですが、お金を扱う仕事に面白みを感じられずにいました。そうした中、大学の友人から美術品店のバイヤーとしての仕事を紹介されたのです。現地に商品の買い付けに行けると聞き、もともとフランスで働きたいと思っていたことから転職を決めました。
それから3年ほど経ったときに、イギリスのメーカーから「日本でイギリス食器を広めるために協力してもらえないか」と打診されました。方々へ相談を持ちかけたのですが、なかなか協力してくれるところがなく、それならば私が引き受けようとはじめたのが、ヨーロッパの食器販売事業でした。
私はサラリーマン家庭で育ったので、それまで自分が起業するなど考えてもいませんでした。ただ人の助けになりたいという思いだけで突き進んでいましたね。
ーーそこからアパレル事業に転換したきっかけは何だったのですか。
沼部美由紀:
百貨店の催事に出展した際、隣ではアパレルショップが出展していました。食器は一度買うと長く使い続けるため、多くのお客様が手に取られるものの、実際に購入される方はごく一部でした。
一方で流行があるファッションは買い替え需要が高く、アパレルショップは次々と商品が売れていったのです。また、割れやすい食器の搬入出は5、6時間かかるのに対し、洋服の場合は5分で作業が終わっていました。これを機に、食器よりも洋服を販売する仕事がしたいと思い、アパレル事業への転換を決めました。
業界の当たり前を覆す驚きの戦略。倒産の危機を救ったオリジナルブランドの誕生秘話

ーー立ち上げからどのように事業を伸ばしていったのですか。
沼部美由紀:
とにかく商品を選択・集中させ、徹底的に無駄を省くことを意識しましたね。それまでアパレルの展示会では200商品以上を用意し、バイヤーがそのうちの2商品を選ぶのが常識でした。つまり、せっかく時間をかけてたくさんの商品をつくっても、その多くは市場に出回ることはなかったのです。
バイヤーとしても購入できる数が限られている中、大量にある展示品の中から厳選するのに多くの手間を割いていました。そこで私は、絶対に売れると自信のある2商品にしぼって展示したところ、多くのバイヤーさんから発注依頼をいただいたのです。
そこからは1アイテムだけを売り出す戦略を取り、そこで誕生したのが弊社の看板商品となったタートルカットソーの「パドゥリオン」です。艶のあるストレッチ素材を採用し、「上品なのにTシャツみたいに着心地が良い」と、大きな反響を得ています。
ーーこれまでの転機となった出来事を教えてください。
沼部美由紀:
それからはヒットに恵まれなかったものの業績は伸び続けていたため、大丈夫だろうとあぐらをかいていました。ところが、リーマンショックで消費が一気に冷え込み、経営が厳しくなっていったのです。
また、精神的に追い込まれたことで、新しい商品のアイデアも浮かばなくなっていきました。ついに倒産を覚悟し、家も手放すことになるだろうから、寝泊まりできる場所を確保しようと、キャンピングカーを購入。それからしばらく、平日はオフィスに出社し、土日は山の中でキャンプをする二拠点生活でした。
ただ、自然に触れる機会が増えたことで、心身ともにリフレッシュすることができました。「みなさんにももっと自然に触れてほしい」という思いも湧き、新たに取り組んだのがアウトドアブランドの立ち上げです。こうしてできたのが、機能性と都会的なデザインを融合させたブランド「Teepee of the day(ティーピー・オブ・ザ・デイ)」でした。目新しさとキャンプブームの追い風を受けたことで、幸いにも業績はV字回復を果たしました。
短期集中の販売モデルで事業を拡大。SNSを活用した販促活動

ーーポップアップストアを始めたきっかけは何だったのですか。
沼部美由紀:
常設店舗だと、お客様は次来たときに買えばいいと思い、購買に至らないことが多くあります。そこで2013年頃から、1週間限定の催事形式でポップアップストアを開くことにしたのです。北海道から沖縄まで全国各地の百貨店を回り、多いときは年に200回は開催しました。
すると、実店舗の1ヶ月分の売上をたった1週間で達成。それからは1年=52週のうち2週間はポップアップストアで販売し、残りはECで購入していただく販売スタイルを確立しました。
ちなみに、コロナ禍では外出規制の影響を受けて、実店舗とポップアップ事業を休止せざるを得ない状況でした。そこで、代替策として始めたのがインスタライブによる商品PRです。以前からEC販売を行っていたことが奏功し、オンラインで売上を確保することができました。
未経験だからこその大胆な発想力が強み。創業30周年に向けた今後の展望
ーー貴社の成功の要因はどこにあるのでしょうか。
沼部美由紀:
元銀行員で食器のバイヤーという異色の経歴だからこそ、業界の常識にとらわれずに行動できたことが大きいと思います。たとえば弊社の看板商品のひとつであるバレエシューズは、外側と内側の皮を二重にしてつくるのが一般的でした。
しかし、弾力がなく長時間履いていると足に痛みが生じてしまいます。そこで、1枚の素材でつくれば柔らかく足への負担が少ないのではないか、と考えました。靴職人の方の反対を押し切って販売したところ、瞬く間にヒット商品となったのです。
弊社のような中小企業がお客様を振り向かせるためには、こうしたクレイジーな発想力が不可欠だと思いますね。
ーー最後に今後の展望についてお聞かせください。
沼部美由紀:
現在はポップアップストアが売上のおよそ6割、ECは3割のため、今後はECの強化をしつつ、ブランドビジネスにも取り組む予定です。ポップアップストアの顧客は40、50代を中心としているため、今後はEC強化、ブランドビジネスを通して30代もターゲットに加えながら顧客層を拡大したいと思っています。そのためにインフルエンサーと協業し、ブランドの発信力を強化しようと考えています。自分で洋服づくりをしてみたい方の夢を叶えつつ、弊社としても新たな顧客を獲得できる形を目指しています。
また、設立30周年に向けて弊社の理念である「ここち良さをあたらしい視点から」を大切にしながら、これまでの商習慣の変革を行っていきたいですね。
編集後記
お客様の心地良さを追求する商品づくりとチームワークを大切にし、ここまで事業を拡大してきた沼部社長。現在はメーカーと消費者をもっと強く繋がる流通の仕組みを実験、構築中で、アパレル業界に留まらず、積極的に新しいことに取り組んでいる。株式会社クロシェはこれからも他社とは異なる視点で、新たな道を開拓していくことだろう。

沼部美由紀/甲南大学卒業後、住友銀行へ入行。27歳で起業しアパレル事業を展開。業界の常識を覆し、8万枚売り上げたタートルカットソー「パドゥリオン」などのヒット商品を続々と誕生させる。NHK「ルソンの壺」や「ガイアの夜明け」など、著名な経済ドキュメンタリー番組にも出演。