
株式会社ハンナは、奈良県を拠点に物流サービスを展開する企業だ。創業者の「三方善し(=売り手、買い手、世間の三者が満足する)」の理念を受け継ぎながらも、時代に合わせた変革を遂げてきた。同社の特徴は、加温機搭載車両・冷蔵機搭載車両、冷凍機搭載車両を取りそろえることで常温・冷蔵・冷凍のいずれにも対応できる定温配送サービスと徹底した社員教育にある。年間8回の社員教育を通じ「倫理観」「プロ意識」「タレント力」を徹底的に磨き、社員主導のプロジェクトを多数展開しているという。専業主婦から社長へと転身し、組織づくりを大切に同社を運営してきた代表取締役社長の下村由加里氏に話を聞いた。
思いがけない社長就任、まずは会社の土台固めに奔走した
ーー社長に就任した経緯を教えてください。
下村由加里:
弊社はもともと私の父が創業し、「阪奈」という名前で大阪と奈良を結ぶ物流業を展開していました。私の夫が2代目社長として経営を担っていましたが、あるとき彼が他の上場企業からスカウトを受け、役員となることが決まったのです。そのタイミングで、私が社長を引き継ぐことになりました。それまで専業主婦だったため不安もありましたが、もともと財務などの勉強をしており、「代表になったからには会社を良くしたい」という思いを持って仕事に臨んできました。
ーー社長になってからは、どのようなことに取り組みましたか?
下村由加里:
社長に就任してまず取り組んだのは法整備です。就業規則や賃金規程などを、弊社の実情に即したものとなるように整える必要がありました。幸い、専業主婦時代に築いた人脈があり、弁護士や社労士など、信頼できる専門家の意見を得て進めることができました。また、他業種の経営者と交流する機会を積極的に持ったことで、運送業という枠に捉われず、会社法に基づいた経営へとシフトチェンジすることに成功できたのだと思います。
社員主導で「健康経営」を推進!働きがいと企業成長の両立

ーー貴社が取り組んでいる「健康経営」について教えてください。
下村由加里:
弊社は2017年に奈良県で初めて「健康経営優良法人」の認証を取得し、以降2024年まで8年連続で認証を継続しています。さらに、2021年からは中小企業の健康経営優良法人の中でも特に優れた取り組みを行っている、「ブライト500」(上位500社)にもランクインしました
弊社では、「すべての人に健康を」という方針のもと「健康宣言」を行い、社員の健康促進に向けたさまざまな施策を推進しています。健康経営に取り組むことで、働きやすい環境づくりなどの副次的な効果も生まれ、企業全体の成長にもつながっていると感じますね。
ーー具体的にどのように取り組んでいるのですか?
下村由加里:
「健康経営推進プロジェクト」という、社員主導のプロジェクトを立ち上げています。各営業所ごとに毎月「安全衛生委員会」を開催し、健康管理や労働環境の改善について協議するのです。各営業所の委員長は「健康経営推進プロジェクト」のメンバーとなり、各拠点の取り組みを集約し、共有しながら全社に展開しています。具体的な施策としては、女性専用の休憩室を設けるなど、健康と働きやすさの両面を考えた環境整備を進めています。
ーー社員主導のプロジェクトは、他にどのようなものがありますか?
下村由加里:
「ハンナアカデミー」という研究会があります。これは、業務に直結するOJTとは異なり、幅広い知識や視野を養うことを目的とした学びの場です。他社の視察を行ったり、SDGsについて学んだり、外部講師を招いて研修を実施したりするなど、多様なプログラムを展開しています。こうした取り組みが、社員同士の相互理解を深め、働きやすい職場づくりにつながり、業務の円滑化にも貢献していると考えています。
人と人の価値を大切に、退職後もつながる関係をつくる

ーー会社を経営するうえで大切にしていることは何ですか?
下村由加里:
社員に対し、本来の業務では得られない知識や考え方を学ぶ機会を提供することです。多様な経験を通じて新たな知識を身につけてもらうことが、弊社の風土となっています。理想的なのは、退職後に別の会社へ転職したり独立したりする際にも、弊社で学んだことを活かしてくれることですね。独立後も同じ志を持つ仲間としてつながり続けることで、企業としてのネットワークが広がり、より良い経営につながると考えています。
ーー最後に、今後の展望をお聞かせください。
下村由加里:
運送業は今後も形を変えながら発展していくでしょう。そうした環境の中で、弊社は単にモノを運ぶだけでなく、社員一人ひとりが主体的に考え、新しい価値を創出できる企業を目指しています。具体的には、当たり前のことを確実にこなせる能力や、高い個別対応力、心血注いで仕事に取り組む姿勢などを持つ社員を増やしていきたいですね。こういった人材が集まり、互いに刺激し合うことで、これからの物流に求められる柔軟な発想と行動力が育めると思っています。
編集後記
専業主婦から運送会社の社長へ。異色の経歴を持つ下村社長は、就任後の法整備から社員主導の健康経営、そして独自の研修制度の導入まで、着実に組織の土台を築き、成長を牽引してきた。自社の社員は、たとえ独立しても同じ志を持つ仲間だと語る下村社長の言葉には、人と人とのつながりを重んじる経営哲学が貫かれている。社員一人ひとりの成長を促し、主体性を引き出すことで、変化の時代に対応できる企業を目指す株式会社ハンナ。その人材育成術と組織づくりの今後に注目したい。

下村由加里/1963年、大阪府生まれ。3人の息子を育てる専業主婦から、2006年に父の創業した株式会社ハンナの代表取締役社長へ就任。奈良商工会議所議員、奈良県防犯協会理事、日本ロジスティクスシステム協会のロジスティクス経営士の審査員を務めるほか、カンボジア地雷処理地域復興支援などの奉仕活動にも注力している。