※本ページ内の情報は2025年5月時点のものです。

東京都練馬区で100年を超える歴史を刻む株式会社秋山。同社は、全国から厳選した地酒を取り扱う専門店「酒の秋山」の運営と、首都圏の飲食店向けに卸を手がけている。蔵元の思いを大切に、商品の販売だけでなく「お酒を通じて心を伝える」ことを目指す代表取締役社長の秋山裕生氏に話を聞いた。

文化の違う関西での修業を経て、家業を継いだ

ーー貴社に入社された経緯を教えてください。

秋山裕生:
私は高校を卒業してから2年ほど働いた後に大学へ入学したため、同級生より遅れて卒業しました。すぐに家業である弊社を継げる環境ではあったのですが、一度、東京とは違う文化がある場所で働きたいと思い、関西に飛び込んだのです。京都の酒販店に営業として就職し、修業の日々を送り始めました。

京都では、特に言葉の違いに苦労しましたね。私は東京出身なので関西弁は使えず、お酒を配達する際に「おおきに」と言われても「いつもありがとうございます」と返していました。「兄ちゃん、なんでそんな丁寧なの?」と言われることも多かったです。また、文化も食べ物も雰囲気も東京とはまったく異なるため、まるで外国に来たような感覚だったことを覚えています。

ーー実家の酒屋に戻られたきっかけをお聞かせください。

秋山裕生:
京都では1年間ほど、非常に濃密な時間を過ごしました。しかし、営業として入社したものの、配達などのドライバー業務がメインだったため、次のステージへの展望が見えにくいと感じていたのです。人間関係は良く、惜しい気持ちもありましたが、新しいことに挑戦したいと考え、家業を継ごうと決心しました。

ビールから地酒へ、利益率を高める商品構成の転換

ーー現在の事業内容について教えてください。

秋山裕生:
弊社の事業は大きく分けて2つあります。1つは店舗での小売事業、もう1つは飲食店への卸売です。売上比率は飲食店向けが8割、小売が2割ほどですね。配達エリアとしては東京が8割と大部分を占めており、残りの2割は埼玉と神奈川という内訳です。

ーー貴社に入社してからどのようなことに取り組みましたか?

秋山裕生:
私が入社したときは、ビールの利益率が極めて低かったにもかかわらず、売上高の約半分がビールによるものであったため、「このままでは酒屋としての未来はない」と思いました。そこで、高付加価値の商品、特に適正利益が取りやすい地酒に注目したのです。最初は扱う銘柄が少なかったので、仕入れのために全国の蔵元に足を運びましたね。何カ月も通い続け、時にはコーヒーを飲むためだけに訪問することもありました。そうやって相手に顔を覚えてもらい、事業にかける思いを知ってもらうことで信頼関係を築いていきました。

ーー他の酒屋とはどのような部分で差別化していますか?

秋山裕生:
専門性を高めることが重要だと考えています。かつての酒屋は厳格な免許制度に守られていましたが、今はどこでもお酒が買える時代です。その中で、わざわざ酒屋に来ていただくためには、コンビニやスーパーにはない価値を提供する必要があります。

弊社の場合は、コンビニで買えるような一般的なお酒だけでなく、特約銘柄と呼ばれる酒蔵と契約しないと販売できない良質な地酒を取りそろえています。これにより適正な利益を確保しながら、お客様にご満足いただける品質を提供できるようになりました。また、飲食店のお客様には、メニューの味見をしてから料理に合うお酒を提案するなど、きめ細かいサービスも心がけています。

地に足の着いた経営で、社員と顧客に安心を提供していく

ーー現在はどのような部分に注力していますか?

秋山裕生:
現在力を入れている分野は、新規取引先の開拓、管理部門の体制強化、物流コストの削減の3つです。特に物流コストについては、ガソリン代や人件費が上がっているため、配送の効率化は避けられません。しかし、効率化のために配送の回数を減らしすぎるとお客様が離れてしまうため、バランスを取りながら慎重に進めていくことが重要だと考えています。

ーー最後に将来の展望についてお聞かせください。

秋山裕生:
2022年に創業100年を迎えた弊社ですが、これからも地に足の着いた経営をしていきたいと思っています。そこで、社員には「急に潰れるような会社ではないから、安心して伸び伸び働いてほしい」と伝えており、指示は少なめにして、自発的に動いてもらうようにしています。失敗から学ぶことも多いですから、まずはやってみることが大切だと思うのです。

私自身は子どものころから家業である弊社の仕事を見て育ち、継ぐべきものとして継いだわけですが、次の世代には自信を持って「儲かる会社だから継いでほしい」と言えるような会社にしたいとも考えています。地域に根差し、着実に事業を続けながら、時代の変化に適応していく。それが私の経営哲学です。

編集後記

全国の蔵元に足を運び、時にはコーヒー1杯のために何カ月も通う。そんな地道な努力が、今の「酒の秋山」を形づくっている。100年を超える歴史に裏打ちされた専門性と、明日を見据えた挑戦の両輪が回り続ける限り、この老舗の灯は消えることはないだろう。

秋山裕生/1981年、東京都練馬区生まれ。城西大学卒。京都の酒販店を経て、2005年に株式会社秋山へ入社。2022年、同社代表取締役社長に就任。練馬区諸団体の活動にも注力している。