※本ページ内の情報は2025年5月時点のものです。

株式会社セブン&アイ・フードシステムズは、株式会社セブン&アイ・ホールディングス傘下の企業として、2007年1月に設立された企業だ。2017年に代表取締役社長に就任した小松雅美氏は、長年現場で働いた経験を基に、顧客のニーズに真摯に向き合う姿勢を社内に浸透させ、事業の成長を推進してきた。さらに現在は、経営理念に沿った社員のマインドセット作りや働きやすい環境づくりに意欲的に取り組むと同時に、主力ブランドである「デニーズ」のリブランディングも進めている。

同社における顧客との向き合い方や、働き方、リブランディングの取り組みとはどのようなものなのか。小松社長に話をうかがった。

「ヒューマンビジネス」の意識で取り組んだ人材育成

ーー入社までの経験や経歴をお聞かせください。

小松雅美:
大学時代は教員を志望していたのですが、調理の分野にも興味があったので、大学卒業後は東京都内のホテルの厨房で働きながら、近所の子どもたちに勉強を教えていました。

その後、知人から「教員にならないか」という声がかかり、教員になるために必要な勉強をしようとホテルの仕事の退職を決意。仕事と勉強を両立できる環境を求め、当時成長が著しかったファミリーレストラン業界に注目し、株式会社デニーズジャパン(※現在の株式会社セブン&アイ・フードシステムズ)に入社しました。

デニーズで働くうちに、飲食業界の本質は「人を育てること」にあると気づきました。そして、これまで学んだことや経験したことを軸に、飲食業界で人材育成に貢献したいと考えるようになり、飲食業界に残ることを決意したのです。

ーーどのような意識や考え方で人材育成に取り組みましたか?

小松雅美:
飲食業は、人があってこそ成り立つ「ヒューマンビジネス」です。そのため、人としての姿勢が重要だという意識で取り組みましたね。具体的には、あいさつや立ち振る舞いといった基本的なマナーの部分を徹底することで、サービスの本質である魂が磨かれ、技術が伴ってお客様により良い商品が届けられると考えています。

ーー現場で働いていたときに印象に残っている出来事を教えてください。

小松雅美:
店長時代に、あるお客様からご指摘を受けたことが印象に残っています。30代だった私は、当時の一般的な慣習に倣って、高校生や大学生のアルバイトスタッフを呼び捨てにしていたのです。すると、そのお客様から「人様の大事なお子さんを呼び捨てにするとはけしからん」とご指摘をいただくことに。

最初は戸惑ったものの、時間が経つにつれてその言葉の重みを理解するようになりました。年齢や立場に関係なく、人を敬う姿勢が大切なのだと気づかされたのです。この経験をきっかけに、アルバイトスタッフを「さん付け」で呼ぶようになり、その習慣を社内に徹底させました。

現在では、社内すべてのパートナーが互いに「さん付け」で呼び合う文化が根付いています。この方針は、単なるマナーではなく、職場の人間関係を円滑にし、互いに尊重し合う風土を築くための大切な要素です。お客様からの指摘がなければ、この文化は生まれていなかったかもしれません。

「お客様からのご指摘」を成長の糧にする意識改革への挑戦

ーー本部へ異動してから社長に就任されるまでに、どのような出来事がありましたか?

小松雅美:
現場から本部へ異動したときには、まるで別の会社に来たような衝撃を受けました。当時は570店舗ほどありましたが、それぞれの店舗が滞りなく営業できるよう、各部門の調整業務に想像以上の労力を要したことが記憶に残っています。それぞれの責任者と関わりながら、「同じ会社で働いているのに、どうしてこんなに意思疎通が難しいんだろう。」と思っていました。

たとえば、本来、売上の原資はすべて現場にあるにもかかわらず、本部に現場を軽視するような風潮が見られたのです。現場で起こる問題に対して、「なぜ指示通りにできないのか」と疑問を抱く本部と、現場で働くスタッフのギャップを埋めるために、「本部の役割は現場のサポートである」という認識をすり合わせる努力を重ねました。

セブン&アイ・フードシステムズが設立された2007年当時、弊社は赤字経営に苦しんでいる状態でした。そこで、2009年に商品開発の責任者となった私は、荒利向上を最優先として、客数アップと原価率の大幅な引き下げに挑戦し、2011年、黒字化の達成に貢献することができたのです。

さらに、2015年にはレストラン事業部長として、今度はお客様からのご指摘の対応と課題解決に注力し、顧客満足度の向上を図りました。そして、ご指摘を「貴重な改善の機会」「お客様からの期待」として真摯に受けとめるよう、パートナーの意識改革に努めました。このような取り組みの源流となっているのは、前述の店長時代の経験からです。

ーー社長就任後はどのようなことに注力しましたか?

小松雅美:
主力事業のデニーズだけでなく、給食事業や専門店事業などを飲食業界の中で拡大していきたいという思いがありました。このような規模拡大を考える上で、人材の確保は欠かせない問題であり、すべてのパートナーが働きやすい環境づくりは常に重要なテーマです。ちなみに弊社では社員、パートアルバイト関わらず、共に経営を行っているという意味で従業員ではなくパートナーと呼んでいます。

そこで、レストラン事業部長に就任した2015年から、社員が年1回5連休を必ず取るという取り組みを始め、翌年には5連休を2回というように連休を増やし、社長に就任後は連休取得を全社のアクションとしました。その結果、2018年には社員全員が7連休を年に2回、取れるようになったのです。

2015年まで、大半の社員が連休を取っていなかったことを考えると、これは格段の進歩だといえるでしょう。現在は、社員全員が計画的に、自分が希望したときに休みを取るという取り組みを行っているほか、男性の育児休業取得も増えて、働きやすく、働きがいを持って働ける会社に一歩ずつ近づいていると思います。

休暇の取得のほかには、パートナーとのコミュニケーションツールとして「レター」と称するメールを毎週、全店舗に送っています。レターの内容は、「信頼と誠実」など、経営理念についての具体的な内容を私が店舗を訪問したときに感じたことや見えたことと紐づけたものが大半です。

パートナーのマインドセットを変えていくことを目的にこの取り組みを始めました。レターでは店舗の取り組みで良かった事例を共有し、称え合う社内文化や良さに学ぶマインドセットの醸成も行っています。ほかにも、お客様からお褒めの言葉をいただいたパートナーに対しては、可能な限り私が直接店舗を訪れて、感謝状を渡すこともしています。

おひとり様利用の女性をターゲットにリブランディングを図る

ーー貴社の事業内容についてお聞かせください。

小松雅美:
弊社は2007年に、株式会社セブン&アイ・フードシステムズと株式会社デニーズジャパン、株式会社ファミール、ヨーク物産株式会社の4社が合併してできた会社です。主力事業はデニーズに代表されるレストラン事業で、全体の売上の8割強を占めています。デニーズは創業から50年が経過しましたが、お客様の立場に立って改革を進め、進化、成長をしていきたいと考えています。

また、社員食堂や学生食堂の運営やセブン-イレブンの運営といったコントラクトフード事業を展開していますが、これらも柱の一つとして育てていきたいと考えています。

これら2つの事業のほか、デニーズのオリジナル食品ブランド「Denny's Table」を店舗やECモールで販売する、外販事業にも取り組んでいます。「Denny's Table」は、ファミリーレストラン・デニーズの店舗で提供しているスープやソース、パンのほか、洋食を中心とした「Denny's Table」でしか味わえないオリジナル商品を、デニーズの店舗やグループのスーパーマーケット、楽天市場を通して販売しています。

ーー主力事業であるデニーズの特徴や強みは、どのようなところですか?

小松雅美:
「気軽さ」や幅広い層のお客様がそれぞれのシーンに合わせた使い方ができることがデニーズの特徴です。

今、デニーズは特に「情緒的価値の向上」を軸に、商品・サービス・店舗環境の全体を見直すリブランディングを推進しています。

その一環として、若手女性社員2名によるリブランディングチームを設立しました。これは、デニーズの利用者の約7割が女性であることから、「実際に店舗を利用する層の視点をもっと取り入れるべき」という考えから行った取り組みです。

少子高齢化などの社会環境の変化の中で、彼女たちが特に注目したのは、「働く女性の増加」「単身世帯の増加」という事柄でした。これらから、これまで男性客やファミリー層を中心に成長してきた外食業界において、今後は「女性がおひとりでも気軽に入れる飲食店の需要が高まる」という仮説を立てました。

その仮説をもとに、リブランディングチームは30代〜50代の女性をメインターゲットとして、「デニーズ 世田谷公園店」を大改装し、実験店として開店させました。こちらの店舗では、リブランディングチームの意向を全面的に取り入れて店舗の内装や食器のデザインを見直し、同じメニューでもより魅力的に見える工夫を施しています。

現在、この試みを検証しながら、今後の新規出店や改装店舗の展開を推進しているところです。部分最適ではなく、全社的な視点でブランド価値を向上させることを目的に、今後もリブランディングに取り組んでいきたいですね。

新たな立地戦略で「気軽に立ち寄れるブランド」を目指す

ーー最後に、貴社の今後の展望をお聞かせください。

小松雅美:
今後のビジョンは、「デニーズの店舗を、より多くのお客様にとって身近な存在にすること」です。そのために、従来の住宅地やロードサイド中心の出店戦略を見直し、多くのお客様が気軽に立ち寄れる、駅付近や商業施設への出店を強化する方針を打ち出しています。

近年、都市部では「カフェ難民」という言葉があるように、「気軽に休憩したい」というニーズは多くあるものの、気軽に休憩できる場所が限られているという現状があります。このような顧客ニーズに応えるため、デニーズは「ちょっと休憩したい」「手軽に食事を済ませたい」といったシーンでも選ばれるブランドを目指します。弊社が長年培ってきたサービスや品質は、「気軽に立ち寄ってもらえる身近なブランド」として、お客様の琴線に触れるのではないかという自負もあり、このような戦略を採用しました。

編集後記

社是に掲げられている「信頼と誠実」という言葉を考え抜いた末、小松社長が行き着いた結論が、店長時代にお客様からご指摘いただいた体験だったという。現場で顧客と触れ合った経験を糧に、サービスの改善や事業拡大を目指した小松社長の取り組みは、真摯に人と向き合うことで、よりよいサービスの提供を実現した好例といえるだろう。お客様からのご指摘を「改善ポイント」「お客様からの期待」として前向きに受けとめ、成長につなげる意識を社員に浸透させた手腕には見習いたいものがある。小松社長が浸透させた改善意識が、今後のリブランディングやサービスにどのように反映されるのか。同社の今後に期待が寄せられる。

小松雅美/1960年千葉県生まれ、日本大学文理学部卒業。1986年、株式会社デニーズジャパン(現:セブン&アイ・フードシステムズ)に入社し、店長・スーパーバイザーとして店舗運営に携わる。本部へ異動後、商品開発部長やレストラン事業部長などを歴任し、2017年代表取締役に就任。