
埼玉県と東京都に合計48店舗を展開する飯能信用金庫。同信用金庫は金融機関の枠を超え、企業の課題解決におけるパートナーとして進化し続けている。集金業務からの脱却や女性営業担当者の積極的な起用、現場主導の組織改革など、数々の施策を通じて信用金庫の本質的な役割を追求する理事長の松下寿夫氏に話を聞いた。
多様な業界と人々に接する金融機関に魅かれた
ーー飯能信用金庫に入庫したきっかけを教えてください。
松下寿夫:
就職活動中に、金融機関の業務に魅力を感じたことがきっかけです。金融機関は法人から個人まで幅広いお客様と接し、さまざまな業種や業界の知識に触れる機会があります。特に多様な経営者の方々とお話できることや、年齢や性別を問わず多くの方と関わりを持てる点に惹かれました。その中でも、地域に根ざした信用金庫に魅力を感じ、自分が生まれ育った地域で貢献したいという思いから、飯能信用金庫への入庫を決めたのです。
ーー入庫後はどのような経験を積みましたか?
松下寿夫:
入庫後、最初の1年目は内勤業務で金融に関する知識を身につけ、その後営業を担当するようになりました。営業は10年以上経験し、雨の日も風の日も訪問を続ける中で、さまざまなお客様との出会いがありました。特に経営者の方々との出会いから多くを学び、その知識を吸収できたことが自分の成長につながったと感じています。
当時より営業係の表彰制度があったため、毎年トップ10以内に入ることを目標に取り組み、ときにはトップを獲得したこともあります。そうした努力が認められ、新店舗の開設準備や支店長として店舗を任されるようになったのです。そこでの経験を通じて、信用金庫として当金庫はどのような姿であるべきかを深く考えるようになりました。
コロナ禍をきっかけに実現した集金業務からの脱却

ーー理事長就任後は、どのようなことに取り組みましたか?
松下寿夫:
就任後すぐに新型コロナウイルスが流行し、営業担当者がお客様のところへ訪問できなくなる状況に直面しました。それをきっかけに、それまで当金庫の営業の柱だった定期積金の集金業務を廃止することにしたのです。
新型コロナウイルスの感染拡大で集金業務を3ヶ月ストップした際に、職員は地域企業の資金繰り支援に奔走しました。この活動を通じて職員の多くが「これが本来の業務」と実感したことから、お客様が真に必要とする付加価値のあるサービスを提供するため、定期積金集金廃止による「業務改革」を実施しました。
役職員全員がお客様目線で活動する「全員営業」を実践するために、お客様へのサービス向上のための「業務改革」、地域・お客様とのつながりを強化するための「組織改革」、その組織を支える「人事改革」、これらの改革を「三位一体の改革」と銘打ち、各改革を進めてきました。
また、この改革を組織横断的に進めるため、経営戦略室と人財戦略室を設置し、翌年には地域支援部を新設しました。
地域支援部は4つのグループで構成され、取引先の多様な課題に対応しています。また、営業エリアも拡大し、東京都内を中心に店舗展開を進めた結果、現在では東京都に7店舗、埼玉に41店舗を持つまでになりました。
ーー組織改革においては、どのような点を重視していますか?
松下寿夫:
組織改革の基盤となるのは意識改革です。しかし、これはトップダウンではなかなか進みません。そこで当金庫では、若手職員を中心としたプロジェクトチームを立ち上げ、パーパスの策定を全職員参加型で行いました。
プロジェクトに参画している職員が原案をつくり、全職員からの意見を集約し、再度検討するという丁寧なプロセスを経て「つながり続ける、挑み続ける、未来を彩る笑顔のために。」というパーパスが生まれたのです。
現在は、他にも「ウェルビーイング」「ブランディング」や「非対面取引推進」などのプロジェクトチームが活動しており、毎年テーマを変えて4〜5チームを編成しています。このような取り組みを繰り返すことにより、職員が「自分は何のために仕事をしているのか」ということを考えるようになり、お客様への対応も変わってきました。
単なる仕事としてではなく、心が通じ合うような営業スタイルを実現するためにも、こうした意識改革が不可欠だと考えています。
企業の課題解決に貢献し、ともに成長する組織を目指す
ーー企業の課題解決についてはどのように取り組んでいますか?
松下寿夫:
中小企業が直面している最大の課題は、人手不足や後継者不足といった「人」に関連する部分です。その課題を解決するために、当金庫はM&A支援に力を入れ、大手の専門会社より安価に対応できる体制を整えました。
中小企業の場合、高額な手数料を払える財務体質ではないケースもあるため、コストを抑えながらM&Aができるこのアプローチは、雇用を守ることにもつながると考えています。
また、売上高や利益率の向上といった経営課題の解決にも取り組んでおり、販路開拓などを通じて、経営者の方々が描くビジョンの実現をサポートしています。
ーー今後の展望をお聞かせください。
松下寿夫:
職員が当金庫で働いて良かったと、実感できる職場環境の構築を推進していきます。特に若い世代は自身の成長を重視する傾向がありますから、職員の成長とお客様、地域の成長を同時に実現できる仕組みを整えていきたいと思います。
また、埼玉県と東京都に店舗を持つ強みを活かし、「ヒト・モノ・カネ・情報」をつなぐハブ的役割をさらに強化していく予定です。行政区域は異なりますが経済的なつながりはあるため、この地域全体の発展に貢献できる営業体制を築いていくことが重要となるでしょう。これからも地域に必要とされ続ける金融機関を目指して改革を続けていきます。
編集後記
「金融機関は集金業務をするところではない」と明言する松下理事長の姿勢に、従来の常識を打ち破る決意を感じた。単にお金を集め、融資するだけではない信用金庫の本質的な役割を追求する改革は、金融機関の進むべき道を示しているように思える。とりわけ心に残ったのは、職員の成長とお客様、地域の成長を同軸で捉える視点だ。この双方向の成長モデルこそ、地域に根ざした金融機関の真の強みとなっていくだろう。

松下寿夫/1964年、埼玉県生まれ。国士舘大学政治経済学部卒業。飯能信用金庫に入庫後、4店舗の支店長を歴任。営業推進部長を経て、2019年に理事長に就任。中小企業診断士、社会保険労務士。