
独自の金融商品やサービスで日本の金融業界に新たな風を吹き込んできた株式会社東京スター銀行。近年は台湾のメガバンクであるCTBC(※1)グループの強みを活かした在留外国人向けのサービスや、不動産ファイナンス、事業再生など、独自の領域で圧倒的な存在感を放つ。2022年に頭取に就任した伊東武氏は、前職での銀行破綻という壮絶な原体験と、数々の新規事業を立ち上げてきた実績を持つ。コロナ禍で停滞していたビジネスに対し、新たな顧客層や金融サービスへの「挑戦」によって活路を切り拓く一方、「挨拶」や「褒め合う文化」を通じて組織の空気を鮮やかに変革し、次世代の銀行像を模索する同氏に、これまでの歩みと未来へのビジョンをうかがった。
(※1)CTBC:台湾を代表する金融機関「中國信託商業銀行(CTBC Bank)」の略称。東京スター銀行の親会社にあたる。
銀行の破綻という壮絶な原体験と新たな挑戦への目覚め
ーーこれまでのキャリアの中で、大きな経験となった出来事は何でしょうか。
伊東武:
私は1986年に、長期信用銀行の一つに入行し、バブル経済の絶頂とその後の崩壊を最前線で経験しました。私の考えの原点となっているのは、1998年の金融危機に伴う勤務先の破綻です。当時、私は労働組合の委員長を務めており、組織が崩れゆく瞬間に立ち会いました。従業員やその家族が不安に突き落とされ、長年築き上げた取引先や預金者の皆様に多大なご迷惑をおかけする悲惨な状況を目の当たりにし、「会社を絶対に破綻させてはいけない」という強烈な使命感を持つに至りました。
ーー破綻という絶望からどのように再起の道を歩まれたのかお聞かせください。
伊東武:
国有化を経て新たな株主のもとで再出発した際、社内にはかつてない「新しいことを始めよう」という機運が満ちていました。特に大きな刺激となったのは、当時の株主が掲げた「日本で唯一のデジタルバンクを作り、インターネット関連のスタートアップへの金融を提供する」という壮大な構想です。インターネットがようやく普及し始めた四半世紀前において、既存の銀行の枠組みを根底から覆すその発想は、私にとって大きな希望の光となりました。安定を求めるのではなく、自ら変化を創り出す重要性を学び、社内ベンチャーとして投資ファンド事業を立ち上げる決意をしました。
マイナス金利時代を生き抜く多角的な事業創出への挑戦

ーー金融業界が厳しい状況にある中でどのように難局を突破されたのでしょうか。
伊東武:
2016年頃は、異次元の金融緩和が進行していた時期でした。預金を集めて貸し出すという銀行の伝統的なビジネスモデルが限界を迎え、従来の融資だけでは利益を確保することが極めて困難な状況に陥っていたのです。本業の収益低下を補うため、私は非金利収益の拡大を目指し、全く新しい事業を次々と形にしていきました。具体的には、中堅企業向けの後継者不在型M&A(※2)専門会社の設立や、新興企業への融資と新株予約権を組み合わせる「ベンチャーデット」の手法を日本に導入した専門会社の立ち上げなどです。
(※2)M&A:Mergers and Acquisitionsの略。企業の合併・買収のこと。
ーーそれらの新規事業は組織にどのような影響を与えましたか。
伊東武:
既存の銀行業務の枠を超え、成長著しいアジアの金融IT企業への投資や、オルタナティブ投資(※3)の領域にも積極的に踏み込みました。これらの挑戦は、単なる収益確保に留まらず、行員たちに「銀行員であってもクリエイティブな事業を創れる」という自信を与えられたと感じています。変化の激しい時代において、過去の成功体験に固執せず、常に新しい収益の柱を模索し続ける姿勢こそが、組織の生存戦略として不可欠であることを痛感した期間でした。
(※3)オルタナティブ投資:上場株式や債券といった伝統的な資産の代替となる、不動産、未上場株式、インフラなどへの投資のこと。
東京スター銀行での改革とコミュニケーションの再構築
ーー頭取に就任された時の東京スター銀行の印象を教えてください。
伊東武:
着任したのはコロナ禍の終盤でしたが、当時の当行の組織は過去の損失対応による構造改革の影響で、全体的に「守り」の姿勢が強く、活気を失っているように見えました。部門間の連携が必ずしも円滑とは言えず、それぞれの役割に専念するあまり、組織横断の動きが生まれにくい状況も見受けられました。私はまず、全行員と少人数のグループ対話を実施し、組織の壁を取り払って一丸となる重要性を説き、意識改革から着手しました。
ーー組織を活性化させるために具体的にどのような策を講じられたのでしょうか。
伊東武:
最も重視したのは、極めてシンプルですが「コミュニケーションの質」です。縦割り組織を打破するため、毎月13日を「挨拶の日」と定め、私自身が本店の入り口に立って全員に声をかける活動を始めました。当初は驚いていた行員も、次第に笑顔で挨拶を返してくれるようになり、エレベーター内での何気ない会話も増えていきました。さらに、周囲に良い影響を与える行動やプロセス・成果を発見して褒め合う「褒め活」も導入しました。減点主義になりがちな銀行文化の中に、他者の貢献を正当に称賛する仕組みを作ることで、心理的安全性を高め、部署を越えた協力体制を強化する狙いがありました。
社員食堂を通じた交流活性化と福利厚生の再定義
ーー社内環境や福利厚生の面では、どのようなアプローチをされていますか。
伊東武:
コロナ禍で失われた「対面での交流」を取り戻すべく、昨年、本店に本格的な社員食堂をオープンしました。昨今の物価高への配慮から、高品質な昼食をワンコインという安価で提供するだけでなく、月に1回、金曜日の夜には酒類や軽食を無料で提供する場も設けています。多くの企業がコスト削減のために食堂を廃止する中で、あえて投資を行ったのは、偶発的な対話こそがイノベーションの源泉になると信じているからです。私自身も利用し、役職の垣根を越えて若手行員と同じテーブルで食事をしながら、現場の本音を聞く貴重な場として活用しています。
ーー改革を通じて、組織全体の雰囲気にはどのような変化がありましたか。
伊東武:
食堂での会話がきっかけで新しい業務改善のアイデアが生まれたり、これまで面識のなかった他部門の行員同士が親睦を深めたりと、目に見える効果が現れています。良好な人間関係は、業務上のミスやクレームの削減にも直結します。福利厚生を単なるコストではなく、組織の結束力を高めるための戦略的投資と捉えることで、行員のエンゲージメントも高まりました。行員が活き活きと働く姿こそが、お客様に提供するサービスの質を高める最大の原動力になると確信しています。
ニッチ戦略による独自価値の創出と台湾ネットワークの活用

ーー巨大銀行とは一線を画す貴行のビジネス戦略について詳しくお聞かせください。
伊東武:
当行がメガバンクと同じ土俵で戦っても、規模を背景とした競争力では太刀打ちできません。だからこそ、社会的に必要とされていながら他行が十分に対応できていない「ニッチマーケット」の開拓に全力を注いでいます。その代表例が、親会社であるCTBCのネットワークを最大限に活かした外国人向けの金融サービスです。特に、台湾の大手半導体メーカーの熊本進出に伴い、日本へ移住する台湾人従業員の方々に対し、口座開設から給与振込、住宅ローンに至るまで、言語と商習慣の壁を超えたシームレスなサポートを提供しています。
ーーそれらサービス以外にも、貴行ならではの強みを発揮し、注力されている事業領域はありますか。
伊東武:
個人向けでは、一般的な住宅ローンだけでなく、富裕層向けのインベストメントローンや、預金と同額の住宅ローンには金利がかからない預金連動型住宅ローン、自宅を担保に老後の資金を確保するリバースモーゲージなどに注力しています。法人向けでは、再生案件や不良債権投資など、高い専門性が求められる領域に注力しています。債権回収会社をグループ内に持つ強みを活かし、経営難に直面している企業に対し、単なる融資に留まらない抜本的な経営支援を行う。他行がリスクを嫌って避ける領域にこそ、我々が介在する価値があると信じ、専門的な知見を持って難解な案件に挑み続けています。
デジタルとリアルの融合による新たな銀行体験の提供
ーーこれからの時代に求められる銀行の形について、伊東頭取はどのようにお考えでしょうか。
伊東武:
デジタル化の進展により、店舗の役割は大きく変わりつつあります。当行では、振込や残高照会といった日常的な取引はインターネットバンキングやコールセンターで完結させる一方、資産運用や事業承継といった高度な判断を伴う相談業務には、徹底的に「人の手」による温かみを付加する方針を採っています。
たとえば、今年2月に開設した在留外国人向けの「ORANGEPORT(オレンジポート)支店」は、来店不要で利用できるインターネット支店ではありますが、ベトナム語、インドネシア語、ミャンマー語、韓国語、中国語、英語、日本語の7ヵ国語に対応するコールセンターを備え、お困りごとは電話で相談できる体制を整えています。テクノロジーによって利便性を高めつつ、対話が求められる場面では人がしっかりと向き合う。この「テックとヒューマンの融合」こそが、我々の進むべき道です。
ーーデジタル化が進む中で社員に求められるスキルも変化していますか。
伊東武:
AIが定型業務を代替していく中で、行員には「自分にしかできない付加価値を生み出すこと」が求められます。私は行員に対し、一つの専門性に留まらず「得意分野を2つ持つこと」を推奨しています。たとえば、金融知識に加えて「ITに精通している」あるいは「中国語で高度な交渉ができる」といった掛け合わせの強みです。多様なバックグラウンドを持つ行員が、それぞれの専門性を活かして自由に意見を戦わせ、新しい価値を生み出す。そんなダイバーシティに富んだ組織であることが、変化の激しい時代を生き抜くための鍵となります。
サステナブルな経営と次世代へのメッセージ

ーー伊東頭取が描く未来のビジョンをお聞かせください。
伊東武:
目指しているのは、規模の拡大を最優先する銀行ではなく、社会の要請に柔軟に応え続け、お客様から「東京スター銀行があって本当によかった」と心から信頼していただける存在です。小粒であってもキラリと光る独自性を持ち、時代に合わせて自己変革を続ける持続可能な経営を実現したいと考えています。かつて勤務先の破綻を経験した私だからこそ、安定した経営の重要性を誰よりも重く受け止めています。同時に、変化の速い時代において、立ち止まること自体がリスクになるという認識を常に持ち、新しい挑戦の火を絶やさないことが重要です。
ーー最後に、読者に向けてメッセージをお願いします。
伊東武:
変化を恐れる必要はありません。むしろ、変化の中にこそ成長のチャンスが隠されています。失敗を恐れて動かないことよりも、何もしないことによる停滞の方がリスクは大きいのです。当行も、在留外国人支援や事業再生といった独自の領域で、これからも果敢に挑戦を続けていきます。自身の限界を決めつけず、常に知的好奇心を持って学び続け、社会に対してどのような貢献ができるかを問い続けてください。志を同じくする仲間と共に、これからの日本の金融、そして社会をより良い方向へ変えていけることを楽しみにしています。
編集後記
「会社を絶対に破綻させてはいけない」。伊東氏の言葉には、金融危機のどん底を経験した者にしか出せない凄みと説得力が宿っていた。巨大銀行などと同じ競争軸で消耗戦を挑むのではなく、社会的な隙間を的確に埋める独自戦略は、極めて合理的かつ挑戦的である。一方で、挨拶や社員食堂といった泥臭いコミュニケーションを通じて組織の体温を上げようとする姿勢からは、人を信じる経営者としての温もりが伝わってきた。デジタル化の荒波に揉まれる金融業界において、人と人との繋がりを起点に独自の進化を遂げる同行の未来は、明るい期待に満ちている。

伊東武/1963年東京都生まれ。早稲田大学卒業。1986年、日本債券信用銀行(現・あおぞら銀行)に入行。投資銀行業務を皮切りに、アジア関連業務、ベンチャー融資、DX関連業務など、幅広い金融分野で経験を積む。2022年7月、東京スター銀行頭取に就任。海外からの投資支援やスタートアップ企業の支援に注力するとともに、行員の働き方改革や働く環境の整備にも力を入れている。また、行員との対話を大切にしており、ランチタイムには社員食堂で行員と共に食事をとるなど、風通しの良い組織づくりを実践している。