
創業以来70年以上にわたり、自転車用タイヤ・チューブの専業メーカーとして世界初の製品や製法を生み出してきたパナレーサー株式会社。同社はユーザー目線を重視した商品開発で、スピード志向や長距離走行、安全性など、多様なニーズに応える製品を提供している。また地域イベント支援を通じて自転車文化の普及にも貢献している同社の成長戦略について、代表取締役社長の大和竜一氏に話を聞いた。
企業価値を高めてきた経験を活かし、事業再建に挑む
ーーまずご経歴を教えてください。
大和竜一:
私は銀行からキャリアをスタートさせ、ホテルの再建に携わったことをきっかけに、さまざまな会社の経営に関わってきました。多様な業界に関わる中で一貫して行ってきたのは、「企業価値を高める」という仕事です。
弊社の経営に携わることになったのは、かつて私が働いていたSBIキャピタルの仲間から要請があったからです。私はいくつかの事業会社の経営再建に携わってきましたので、「これは大和さんに任せよう」と言われ、社長に就任することになりました。2020年に着任してみると、会社の規模にそぐわない組織体制になっており、実質的に破綻寸前の状態でした。
ーー社長就任後、最初に着手されたことは何ですか?
大和竜一:
社長に就任し、真っ先に着手したのは社員のマインド改革です。弊社は長い歴史と技術を持っていますが、それを活かす人材の意識が変わらなければ企業価値は高まりません。ロゴを変え、ネットを活用した情報発信を強化するなど、少しずつ新しいことにチャレンジする文化を根付かせていきました。
同時に、国内シェアの回復を最優先課題としました。かつてロードバイク(スポーツ用自転車)用タイヤの国内シェアは20%以上あったものの、私が社長に就任した当時は5%程まで低下していたため、「日本で売れなければ海外でも通用しない」という原則に立ち返り、国内市場でのシェアアップに力を入れることにしたのです。そこでユーザー目線での製品開発と、それを効果的に伝えるマーケティング戦略の刷新に注力しました。
また改革の一環として、毎年6月上旬にアメリカで開催される大きなサイクルレースに、選抜した2名の社員を参加させるようにしました。これは研究開発の一環であるとともに、社員がレースを通じて自社製のタイヤの性能を実感することで「ユーザー目線」を得るための重要な取り組みだと考えています。
多様なニーズに応える製品ラインナップでシェアアップに成功

ーー貴社の事業内容についてお聞かせください。
大和竜一:
弊社は自転車用タイヤ・チューブの専業メーカーとして、スポーツバイク市場を中心に展開しており、創業から70年以上の歴史の中で培ってきた技術を活かして高品質な製品を提供しています。
製品開発においては、「ユーザーが好むタイヤとは何か」という視点を重視しています。自転車ユーザーにはさまざまな嗜好があり、速さを求める人、長距離を走りたい人、安全に乗りたい人など、ニーズは多様です。それぞれが求める用途に合わせた製品ラインナップを展開することによって、国内シェアを25〜30%にまで回復させることができました。
ーーECサイトの強化にも力を入れているとうかがいました。
大和竜一:
現在、売上の4分の1以上がECサイトによるものです。タイヤやチューブは一度店舗で実物を見てから購入し、次回からは同じものをネットで買う傾向が強いため、ECサイトは非常に重要な販路となっています。
また、自転車ユーザーは専門知識を持っている方が多く、自分でタイヤ交換をする方もいらっしゃるため、ECサイトとの相性が良いのです。知名度を高めていくための店舗戦略も大切ですが、シェア拡大のためには、ネット販売の強化が不可欠だと考えています。
製品とイベントの両輪で自転車文化を広めていく
ーー地域コミュニティとの関わり方についてお聞かせください。
大和竜一:
以前は近隣住民にさえ「ここは何の会社か分からない」と言われるほど認知度が低かったのですが、最近では本社でイベントを実施するなどして、地元の方々との交流を活発化させています。
同時に、自転車文化の発展に向けて、地域創生の取り組みも推進しています。各地の自治体が「地域を活性化したい」と考える際に、自転車イベントという選択肢を提案し、弊社の知見を活かしてお手伝いしているのです。
自治体単独では全国発信が難しいイベントも、弊社が関わることでインフルエンサーや各メーカーとのネットワークを通じた価値向上が可能になります。こうした活動を通じて、従来のレース志向の楽しみ方ではなく、「乗るだけで楽しい」という新たな楽しみ方を提案しています。走ることそのものを楽しむ文化を広めることで、より多くの方々に自転車の魅力を感じていただけると思うのです。こうした取り組みを通じて、国内の自転車市場の拡大に貢献したいと考えています。
ーー今後の展望を教えてください。
大和竜一:
将来に向けては2つの目標を掲げています。1つ目は製品ラインナップの拡充です。これまでに培った技術やブランド力を活かし、自転車ユーザーが必要とするタイヤ以外のアクセサリーへと領域を広げていく計画です。ユーザー目線に立った製品開発というアプローチは変えずに、より多様なニーズに応えていきたいと考えています。
2つ目は海外展開の強化です。特に北米市場は成長が見込まれるため、アメリカに販売子会社を設立し、現地の体制を整えていく予定です。日本で高付加価値の製品を開発しながら、海外では競争力のある価格帯の製品を展開するという戦略で、弊社の存在感を高めていきます。
編集後記
大和社長の「乗るだけで楽しいと思ってほしい」という言葉には、自転車文化の裾野を広げようとする熱意が表れていた。より多くの人が自転車を楽しめる環境づくりに挑む姿勢は、ものづくりの本質を表しているのではないだろうか。パナレーサーの取り組みは、日本のみならず、世界の自転車文化も豊かにしていくことだろう。

大和竜一/1964年、群馬県生まれ。法政大学卒。足利銀行に入行し、ホテルの再建に従事。ソフトバンク・インベストメント株式会社(現SBIホールディングス株式会社)にて数々のM&AおよびIPOを主導する。SBIキャピタル株式会社ではバイアウト投資を行い多くの事業承継案件に関与。その後、ホテル運営会社社長や老舗酒造メーカー社長として企業再生を手がけるなど、多くの企業経営に携わった後、2020年から現職。