
熱田神宮のある名古屋市熱田区の門前町にて、1949年に和菓子店として創業した株式会社亀屋芳広。和菓子だけでなく洋菓子も提供し、人々のニーズに合わせた幅広い商品を提供している。
和菓子の魅力を海外へ伝える活動を始めたきっかけや、業務のデジタル化の取り組みなどについて、代表取締役社長の花井芳太朗氏にうかがった。
米国で実感した和菓子の可能性。修業を経て家業の道へ
ーーまずは、米国へ留学したきっかけについてお聞かせください。
花井芳太朗:
はじめは日本の大学に通っていたのですが、ただ英語を学ぶだけの授業に物足りなさを感じるようになりました。そこで、家業を継ぐ前にさまざまなチャレンジをしたいという思いから、米国へ留学することにしたのです。
当時はお寿司を米国風にアレンジしたカリフォルニアロールが流行し、現地でも同メニューを提供する日本料理店を度々目にしていました。そこで、日本から和菓子を取り寄せて販売してはどうかと、イベントを開催したところ、非常に好評だったのです。このときの経験が、海外での実演販売や和菓子教室の開催など、和菓子の魅力を海外に伝える活動のきっかけになっていますね。
ーーその後、家業に入るまでの経緯を教えていただけますか。
花井芳太朗:
留学先を卒業後、現地でイベント制作会社に入り、イベントの企画や広告制作の仕事に携わりました。その後、弊社よりも規模の大きい和菓子メーカーで修業します。そこでは菓子の製造業務に加え、百貨店向けのブランドの立ち上げなども経験しました。こうして4年近く他社で経験を積んだ後、家業に入りました。
お菓子ひとつから心を込めて販売。コロナ禍を乗り越えた独自の施策
ーー貴社の強みについてお聞かせください。
花井芳太朗:
商品を販売するBtoCに特化している点です。一口にお菓子メーカーといっても、お土産市場や卸売でも勝負しています。
一方で弊社は「まんじゅう1個から売上をつくる」をモットーとしています。また、和菓子だけでなく洋菓子も取り揃え、幅広い顧客層のニーズに対応しています。一人ひとりのニーズに合った商品を提供することで、気軽に立ち寄りたくなる店づくりをしていることが、他社との違いだといえるでしょう。
ーーコロナ禍においては多くの菓子メーカーが苦境に立たされましたが、貴社はどのように窮地を乗り越えたのですか。
花井芳太朗:
弊社も他社と同様にコロナ禍で客足が減り、一時は売上が急激に落ち込みました。そこで起死回生を図るために、主なターゲット層である40〜60代の女性にDMを送ったり、新聞広告を活用したりして顧客との接点づくりを強化しました。
こうして新たな販路を開拓することで、売上が徐々に盛り返してきました。また、一部オフィス出勤されている方々向けに弊社の配送網を活かし、オフィスに和菓子や洋菓子を届けるサービスを行っていました。
外に気軽に出歩けない時期にお店まで行かずにお菓子を食べられるとあって、このサービスは重宝されましたね。このように販促活動や販売方法を工夫した結果、売上の低迷を回避することができました。
老舗和菓子店の業務改善に着手。専門学校の進学支援など独自の制度について

ーー業務のデジタル化についてお聞かせください。
花井芳太朗:
老舗の和菓子店である弊社は、手書きで帳簿を付けるなど業務体制がアナログのままでした。私は米国留学時にプログラミングを学んでいたこともあり、DX推進の重要性を強く感じています。
そこで、注文内容をAI機能搭載のスキャナーで読み取り自動入力するなど、業務のデジタル化を進めてきました。また、職人の頭にカメラを付け、作業工程を動画で記録する取り組みも今後行う予定です。
職人の目線で作業工程を映すことで、細かな手先の動きなどを見られるようにして、技術の継承に役立てています。現時点ではイレギュラーな注文に対応できないなど課題も多く残っているため、引き続き対策を強化していきたいですね。
ーー社内の取り組みについて教えていただけますか。
花井芳太朗:
社員から業務の改善提案を受けた際に、数百円を支給する報奨金制度があります。また、家族で住める社宅の提供や、研修の参加費用の支給なども行っています。
そして弊社ならではの取り組みが、菓子の専門学校の進学支援制度です。たとえば和菓子職人が洋菓子の製造技術を習得するなど、リスキリング(学び直し)を推進しています。
また、月2回開く商品会議は、幹部以外は自由参加制としています。そのため誰でもアイデアを提案することができます。実際に従業員が提案したものが店頭に並んだこともありますよ。
多能工化の促進、海外の現地パートナーとの協業
ーー今後の展望についてお聞かせください。
花井芳太朗:
これから注力していきたいのが、従業員の多能工化ですね。総務担当者が販売業務を行うなど、限られた人員で業務を回せるようにしたいと考えています。あわせて既存店の改装や、別ブランドの展開も計画しています。
さらに海外展開も今後力を入れていきたいですね。特にフィリピンやシンガポール、インドネシアなど日本食が浸透しているアジア市場をターゲットにしています。販路の開拓に関しては、日本食の専門店を展開している現地パートナーとの協業を検討しているところです。
ーー貴社が求める人物像を教えていただけますか。
花井芳太朗:
最近では若い方の趣向に合わせ、かわいらしさや美しさを重視した商品開発を行っています。そのため、ターゲット層と年齢が近い20代、30代の方々に入社していただき、戦力になっていただきたいですね。お菓子づくりの技術に加え、英語力などプラスアルファの能力を持った人材の採用にも力を入れたいと考えています。
最近では、ジェイアール東海フードサービスのキャラクター「ぴよりん」とのコラボレーション商品を、弊社の若手職人が考案し、大きな反響を得ています。弊社は、自分のアイデアが形になるというやりがいを感じることができ、海外の方と接する場面が多いことも魅力の一つ。弊社の仕事に興味を持った方は、ぜひお越しください。
編集後記
米国の大学へ留学したときに、現地での和菓子の需要の高さを実感したという花井社長。業務のデジタル化や海外展開など、これまでの常識にとらわれず、新たな道を切り拓く姿が印象的だった。株式会社亀屋芳広は顧客一人ひとりの需要を形にしながら、時代にあった挑戦を続けていく。

花井芳太朗/1980年、愛知県生まれ。南カリフォルニア大学卒業。関東地方で約4年の修業期間を経て、2008年に株式会社亀屋芳広へ入社。2016年、代表取締役社長に就任。観光事業や輸出事業も積極的に展開している。