※本ページ内の情報は2025年6月時点のものです。

FastLabel株式会社は、AI開発に必要な学習データを提供し、AI開発サイクルを効率化する事業を展開する会社だ。2020年に設立されたばかりの同社だが、大手企業を中心として、すでに数百社以上のAI開発を支援している。

そんな同社を牽引するのは、学生時代からAIの研究に携わり、同分野で豊富な知見を持つ代表取締役CEOの鈴木健史氏だ。鈴木氏は一体なぜ、AIの中でも「データ」に着目した事業を立ち上げたのか。起業の経緯や事業の詳細、今後のビジョンなどを詳しく聞いた。

事業立ち上げで重視したのは「真の課題」と「社会へのインパクト」の2つ

ーー起業するまでの経歴や経験を聞かせてください。

鈴木健史:
最終学歴は早稲田大学の大学院修了で、大学院在学中は機械学習の研究に没頭していました。機械学習の分野を選んだのは、これからの時代にAIの重要性がますます高まると確信し、その将来性に魅力を感じたからです。

ただ、当時は起業については考えておらず、大学院修了後は、大手企業向けにソフトウェアを開発しているワークスアプリケーションズに入社しました。同社では、AIを搭載した機械学習プロダクトの開発に携わらせてもらうなど、これまでの自分の研究を活かせる貴重な経験ができたと感じています。

そして、入社から5年ほど経った頃、大学時代の友人から「スタートアップ企業を一緒に立ち上げよう」と誘われたのです。私自身、今後のキャリアをどうしようか考えていた時期で、また、起業への興味が沸いていたタイミングでもあったので、友人と一緒に起業することを決意しました。

ーーその会社では、どのような事業を手がけたのでしょうか。

鈴木健史:
この会社で始めたのは、法人のお客様にお弁当を届けるフードデリバリー事業です。それぞれのお客様に合ったお弁当をAIで自動的に選定し、お客様のもとへ届けるといったことをしていました。

ただ、この事業は軌道に乗らず、失敗で終わることになりました。事業が上手くいかない理由について、起業して1年ほど経った頃に気づいたのが「ユーザーにとって、そこまで大きな課題がある分野ではなかった」ということです。

実際、私たちがお弁当を届けなくても、ユーザーはコンビニなどへ行けばいつでも好きな食事が手に入るわけです。この事業が、喫緊の課題と呼べるようなものを解決しているわけではないことに気づき、何かもっと「真の課題」を解決した方が良いのではと考えるようになりました。

そして、この「真の課題」に加えて、「社会へ大きなインパクトを与えることができるもの」という2軸で事業を考えたときに自身が経験した課題である「教師データ」の作成です。

教師データに照準を当てた事業を始めるため、2020年にFastLabelを創業しました。

「徹底した顧客目線」で確かな信頼を獲得してきた

ーー「教師データ」について、詳しく教えてください。

鈴木健史:
「教師データ」とは、AIが機械学習を行うときに使う「画像データ」と「ラベルデータ」がセットになったデータセットのことです。

たとえば、AIが犬の写真を見て「これは犬だ」と認識できるようにするためには、「犬の写真(画像データ)」をAIに見せて、それが「犬である(正解)」ということを一つひとつ教える作業をしなければいけません。

このAIに正解を教える作業を「アノテーション」と呼び、それによって出来上がったデータセットを「教師データ」と呼びます。アノテーションは非常に重要な作業ですが、膨大な時間がかかることから、AI開発を手がける多くの企業の課題になっています。

ただ、大変で誰もやりたがらないことだからこそ、「この課題を解決すれば、社会に大きなインパクトを与えることができる」と私は思ったのです。

ーー貴社のアノテーションや教師データ事業の特徴は、どういった点にありますか。

鈴木健史:
弊社のサービスの特徴は、お客様が求める以上の高品質な教師データを提供できる点です。アノテーションは単純な作業に見えるため、人件費の安い国に作業を外注する企業も多く、その結果、低品質な教師データが大量に納品されるといったトラブルが珍しくありません。

一方で弊社は、私がAIの分野に長く携わってきたことから、高品質な教師データを効率的に納品できる技術を持っています。

また、教師データを作成する際に活用するプロダクトとして、弊社では「FastLabel Data Factory(ファストラベルデータファクトリー)」というクラウドアプリケーションを提供しています。これは、アノテーションに関わるワークフローを効率化し、高品質な教師データの作成を支援をするものです。

この「FastLabel Data Factory」にはユーザーを招待することができ、コメント機能などを通してユーザー側からフィードバックをもらうことも可能です。フィードバックをもらうことで、ユーザーの課題を正確に理解することができます。

つまり、弊社は単に教師データを作成して納品するのではなく、「FastLabel Data Factory」のようなプロダクトを開発し、ユーザーの声を聞きながら継続的にサービスを改善することで、徹底した顧客目線を実現しているのです。

弊社の事業が世の中に受け入れられているのは、このようなサイクルを構築し、高品質な教師データを提供できているからだと言えます。

自動運転技術や農業用ロボットなど幅広い分野で事業を展開

ーーあらためて、事業内容について教えてください。

鈴木健史:
すでにお伝えした教師データの作成代行が主な事業で、たとえばその1つに自動運転向けのサービスがあります。

企業が自動運転のAI開発を行う際、AIが人や車、白線などを検出できるようにするための教師データが必要です。ただ、自動運転の分野は世の中にまだ教師データの数が少なく、品質の問題などから、AI開発がなかなか進んでいないことが課題となっています。

そこで弊社は、2022年に東京大学とデータの取得や解析に関する事業を手がけるHuman Dataware Lab.と協力し、自動運転AIの開発に必要な教師データの作成を行う「Automan(オートマン)」を開発しました。これは3次元のアノテーションツールで、自動運転AIの分野における開発工程の改善を実現しました。「FastLabel Data Factory」はこの「Automan」の技術を継承しています

そのほか、教師データの作成代行事業だけでなく、画像や動画、音声など、AI開発に必要なデータセット自体を販売する事業や、AI開発プロジェクトにおける企画、データ収集、モデル開発などをワンストップで支援する事業などを手がけています。

ーー貴社のサービスを利用したユーザーからは、どのような声があがっていましたか。

鈴木健史:
実際にお客様から喜ばれたケースとして、デンソー様が手がけるミニ房トマトの自動収穫ロボットの事例があります。弊社のサービスを使うまで同社は、フリーのアノテーションソフトを使っており、トマトの房の位置や切断点を認識する精度が低いという点に悩んでいました。

そこで弊社は、それぞれのトマトを正確に認識するために必要なアノテーションを行い、高品質なデータを納品したところ「認識精度が30%上がった」と大変喜んでもらえました。

また、「FastLabel Data Factory」について「(作業確認や承認のための)コメント機能を使うことで、スムーズなコミュニケーションが取れた」などの声もあり、顧客満足度を全体的に上げることができたことを実感しています。

求めるのは「日本を再び世界レベルにする」というパーパスに共感できる人

ーー貴社で活躍している方には、どのような共通点がありますか。

鈴木健史:
AIの分野では中国やアメリカの存在感が非常に目立っていますが、弊社には「日本を再び世界レベルへ」という熱い気持ちを持った人が多く集まっています。

そのほか、「自分たちが世の中にとって重要なことをしている」という点に共感し、誇りを持ちながら働いてくれている方が非常に多いです。

また、2020年の創業から現在に至るまで、エンタープライズ(※)分野での弊社の実績が積み上がるのと同時に、社内に優秀な人材が増えていることを感じています。

※大企業や大規模な法人向けのサービス

ーーどのような人材を採用したいと考えていますか。

鈴木健史:
人柄の面でいえば、弊社が掲げる『AIインフラを創造し、日本を再び「世界レベル」へ』というパーパスに共感できるという点が大前提です。弊社が手がけている事業が社会的に重要なものだということを理解し、「AIデータの分野で私たち自身が世界レベルの会社になること」を一緒に目指してくれる人を採用したいです。

成長意欲がある人も歓迎します。

日本市場で1位になり、グローバルでの地位も確立したい

ーー今後の注力テーマを聞かせてください。

鈴木健史:
人間のように自律的に意思決定や行動ができる「自律AI」や、AIの学習対象を物理的な環境や物体に広げた「物理AI」の分野におけるデータの課題解決に、より一層力を入れていきたいです。

AIの歴史を遡ると、2013年頃にディープラーニングベースの認識系のAIが登場し、2020年にはChatGPTなどの生成AIが注目を集めるようになりました。そしてこれからは、ただ認識や生成をするようなAIではなく、より自律的なAIが普及し、そしてそれがデジタル上だけでなく物理空間にも拡張していくことが予想されています。

ただ、このように時代とともに求められるAIテクノロジーの形は変わっても、AIの分野において「データの課題」がつきまとうことは変わらないと考えてます。そのため弊社は、これからの時代のAIテクノロジーにサービスの内容を合わせ、変化しながら、あらゆるAIのデータの課題を解決できる会社を目指します。

ーー最後に、今後のビジョンをお願いします。

鈴木健史:
まずこの1〜2年で、AIにまつわるデータの会社として、日本市場でナンバーワンになるのが目標です。この目標を達成するために、エンタープライズの企業のほか、市場規模が大きな自動車業や製造業の企業との取引を特に深めていきたいと考えています。

また、国産の生成AIモデルを開発している企業に対して、高品質なデータを提供できるようにもしていきたいです。生成AIのモデルは、アメリカのOpenAIなど海外のものが目立っていますが、日本国内では「日本に特化したモデルが必要」という声があがっており、弊社が貢献できることがあると感じています。

そしてこれからの5年で、日本だけでなく、アメリカをはじめとした海外市場でもポジションを確立するのが大きなビジョンです。

編集後記

AIの中でも「教師データ」の領域に着目し、高品質なデータを届けることで独自のポジションを築いているFastLabel。AIが人々の暮らしに根付き、欠かせない存在になりつつある今、同社のサービスはこれからさらに多くの企業から必要とされるだろう。

今後は日本市場でナンバーワン、そして海外でも独自のポジションを築くことを目標に掲げている鈴木CEO。時代の流れを読み、社会から必要とされるものを的確に捉える同氏なら、日本のみならず世界に大きなインパクトを与える日も近いはずだ。

鈴木健史/早稲田大学大学院創造理工研究科を修了。大学院在学中、機械学習の研究に従事し、国内外4つの学会にて研究発表、査読付き論文採択を経験。株式会社ワークスアプリケーションズで、会計ERPパッケージシステムの開発、会計SaaS立ち上げや複数のAIプロジェクトに従事した後、法人向けフードデリバリー企業を共同創業。その後、独立しFastLabelを創業。