
大型チェーンによる多店舗展開や、業務委託型の雇用モデルの台頭など、美容業界は今、サービスの均質化と大量出店の波に揺れている。一方で、独自の哲学によって成長を遂げているのが、株式会社オブだ。都内を中心にヘアサロン「Of HAIR」を展開し、自社開発によるコスメと提案力に裏打ちされたサロン運営で、顧客との信頼関係を築いてきた。今回は代表取締役の古里オサム氏に、事業の原点や製品開発、人材育成の考え方、そして今後の展望について話を聞いた。
鹿児島から世界へ、美容師として広がった視野と人生の転機
ーーまずは、株式会社オブを立ち上げるまでの経緯をお聞かせください。
古里オサム:
実家が理容室だったので、小さい頃から理容師が身近な職業でした。理想やこだわりがあって始めたというよりは、気づけばそこにあった仕事という感覚で、自然と理容師になる道を選んでいましたね。はじめは理容師の資格を取得した後に地元の鹿児島に戻るつもりでしたが、上京して有名サロンで働くうちに著名な方々も接客するようになり、「もっと広い世界で勝負したい」と思うようになりました。
当時、史上最年少で全日本の理容(レディースカット部門)コンテストのタイトルを獲得した21歳の頃は、アーティストとして世界で活躍する道も考えました。しかし、私にとってはお客様と呼吸を合わせてスタイルをつくる喜びのほうが大きかったですね。そこで自分のサロンを立ち上げ、お客様の悩みを解決しながら美を追求しようと考え、起業に踏み切りました。
自分も悩んだからこそ、つくれるものがある!自社開発コスメへのこだわり

ーー自社開発のコスメに早くから取り組まれた背景について教えてください。
古里オサム:
私自身がアレルギー体質で合う製品が少なかったので、「自分が心地よく使えるものをお客様に提供したい」という思いが原点です。起業前にパリやロンドンで、カリタやヴィダルサスーンといった世界的サロンが自社で製品をつくっている姿を見たことも、開発への思いを後押ししました。
ーー現在の自社開発コスメには、どのようなこだわりや特徴がありますか?
古里オサム:
当社のコスメは、肌や頭皮に優しく、環境にも配慮した成分設計が特徴です。自社で処方から携わることで、お客様と接する中で得た細かなニーズをすぐに製品づくりに反映できるという強みがあります。
はじめはシャンプーやトリートメントなど、サロンワークで使う製品だけを小規模につくっていましたが、「洗うこと」をテーマに研究を深めるうちに、ナチュラルコスメへと発展しました。
百貨店でも取り扱っていただいていますが、私たちにとって大切なのは、売ることではなく、お客様の悩みに本気で向き合い、「こうすればもっと良くなる」という提案を届けること。PB商品を持つ美容室は多いものの、処方から関わるところに、私たちらしさがあると考えています。
トータルビューティを提案できるように若手を育てたい
ーー採用や人材育成において、どのような点を重視されていますか?
古里オサム:
「人を育てる」ことが大きなテーマです。最近はスキルのある美容師をヘッドハンティングする動きもありますが、弊社はゼロから一流のスタイリストを育てる姿勢を大切にしています。
美容師は技術だけでなく、どのような提案ができるかが重要です。弊社では「超提案型サロン」として、髪型だけでなく、生活習慣や使用する製品まで含めてトータルで“きれい”を叶える提案を使命としています。
そのためにも、知識や経験を若手と共有し、美容師という仕事全体の価値を高めていきたいと考えています。積み重ねてきたノウハウを惜しまず伝え、業界の未来を豊かにすることが目標です。
一人ひとりの声から、価値ある提案と新しい挑戦が生まれる
ーー今後の事業展開について、方向性をお聞かせください。
古里オサム:
私たちは量より質を重視していますので、店舗を急拡大するつもりはありません。1日に対応できるお客様の数は限られているので、何よりも、一人ひとりとしっかり向き合い、居心地の良いサロンであることが大切だと考えています。
ーーサロンとして、今後どのような価値を提供していきたいとお考えですか?
古里オサム:
お客様の「なりたい自分」を引き出し、日常そのものを豊かにするトータルビューティの価値を提案していきたいと考えています。髪型にとどまらず、生活習慣やセルフケアまで含めたアドバイスを通じて、理想の姿に近づくお手伝いをしていきます。
具体的には、「こんな髪型や製品がありますよ」と提案する姿勢をより一層深めていきたいです。また、新商品をつくるときも、単なる機能性ではなく、「肌にも地球にも優しい」といった視点を大切にしています。
サロンは、お客様が未来の自分を安心して想像できる場所です。私たちはそのための選択肢を示し、夢や希望を共有する存在でありたいと思っています。スタッフも家族のように大切にしながら、これからも超提案型サロンとして進化を続けていくつもりです。
編集後記
サロンという空間が「美しさ」を超えて、人の心や生活にも作用する場所であることを実感した。確かな技術とたゆみない努力に基づき、髪型や商品の提案を通じてお客様に新しい価値を届ける姿勢には、一貫した哲学が息づいている。変化の激しい時代にあって、その在り方は美容業界に限らずあらゆるサービスに通じるヒントを与えてくれるように思う。超提案型サロンの今後の取り組みにも注目していきたい。

古里オサム/鹿児島出身。理美容学校卒業後、都内のサロンでスタイリストとして活躍し、1987年に独立。都内を中心にヘアサロン「Of HAIR」を展開しながら、パッケージ・コピーライティングなど多様な作品を手がける。ゾーンコンシャス、インナーカラー、ローライトなど新しい技術の考え方の発案者。サロンワークに軸足を置きながら、セミナーやショー、撮影、化粧品開発にも取り組み、業界内外で多岐にわたる活動を続けている。著書に『伝・Den』(3版)、技術教材『D3 』Book&DVDを刊行。