
株式会社KeyHolderは、乃木坂46(※)やSKE48といった国民的アイドルグループの運営から、映像制作、広告代理、物流までを手がける総合エンターテインメント企業だ。その成長戦略の中核を担う大出社長は、「決断の速さ」と「既成概念にとらわれない発想」を武器にM&Aを駆使。銀行員時代の冷静な分析眼と経営者としての情熱を併せ持つリーダーの挑戦の軌跡と、同社が描く未来像に迫る。
(※)乃木坂46の運営会社「乃木坂46合同会社」の持分の50%を保有する、株式会社ノース・リバーをKeyHolderが子会社としていることから、「乃木坂46合同会社」はKeyHolderの持分法適用会社となります。
「銀行員が事業を分かった口で語るな」――安定から飛び出した事業家への憧れ
ーーまず、ご自身のこれまでのキャリアについてお聞かせください。
大出悠史:
学生の頃は、商社でグローバルに活躍する将来への憧れもありましたが、大学の諸先輩方からの助言や最終的には尊敬する父からの後押しもあり、銀行への就職を決めました。
試行錯誤する中、父から「銀行に比べ商社にはお前に似た明るく元気なタイプはたくさんいると思うので、銀行にいけば目立つのではないか」と言われたのが決め手の一つです。しかし、お世話になった三井住友銀行はエネルギッシュ且つ優秀な、言わばオールマイティな同期が多く、「これらの男惚れするほどの素敵な同期が山ほどいる中で公私ともにどう目立つか」が最初の挑戦でしたね。
ーーその後、どのような経験を積まれたのでしょうか?
大出悠史:
入社後は営業職を担当していました。本当にお客様に恵まれ、そこで良い信頼関係を築けたことから多くの案件をご紹介いただくことに。「本当に銀行に出社しているのか?」と心配されるほど、できるだけお客様のところへ足を運ぶようにしていました。そうして築いた関係が、営業の実績につながったと思います。
その後は本店の法人企業統括部という部署への本部配属となり、全拠点の営業部店長と対話する立場にありました。全営業店の計数管理や役員会資料作成、また本部長や役員と行動を共にし、営業店をサポートする役割を通じて、会社全体を見る視点やマネジメント層の考え方を間近で学びました。銀行でお世話になった先輩・同期・同僚には今でも尊敬と感謝しかありません。また、そこで学ばせていただいたことは、今日における私自身の確固たるベースとなっています。
ーー事業家になりたいと思ったきっかけは何でしたか?
大出悠史:
仕事柄、さまざまな社長とお会いする機会があったのですが、当時もっともお世話になっていた京橋に本社を構えるある社長(はじめてお会いさせていただき20年近く経った今でも定期的にご挨拶させていただいております)から「銀行員が事業を分かった口で語るな」と当時衝撃的なお灸をすえられたことが一番のきっかけです。
それまでも経営者の方々の話を聞いて漠然と事業家への憧れはありましたが、その社長のひと言で、リスクを負って道を切り拓く事業家と、安定した組織にいる自分との決定的な違いを痛感したのです。彼らの覚悟や生き様に強く惹かれ、「自分もいつか挑戦したい」と思うようになっていました。
「決断できる人ですか?」運命を変えた藤澤会長との出会いと選択
ーー藤澤会長とは、どのようなきっかけで出会われたのですか?
大出悠史:
銀行を辞める際、コンサル業界に進もうかと考えていたところ、先に藤澤のもとで働いていた銀行時代の同期が「うちのボス(藤澤氏)に会ってみないか」と誘ってくれたのがきっかけです。
特に金融業界においては当時から藤澤は有名でしたので、興味本位で会いに行ったのですが、その際、開口一番に「成功体験のない人間に何がコンサルできるのですか?」「事業は生きています。銀行員は出てきた数字を見ているだけではありませんか?」とこれまた衝撃的なお灸をすえられたのです。初対面で(笑)。10年以上銀行員として働いてきた私にとってそのエッジの効いた指摘に返す言葉もなく、ただただ茫然としていたことを昨日のことのように覚えています。
ーー最終的に貴社への入社を決断された理由をお聞かせください。
大出悠史:
将来について「マーケットで一花咲かせたい」と伝えたところ、藤澤が自分と同じくらいの年齢のころ、どんなことをしていたのか、株式やM&Aを駆使して会社を大きくしてきた経緯などをご自身の経験を交え、リアルに語ってくれました。その話が私にすごく響き、強く心が動かされました。
話の流れで「じゃあうちに来ますか?」と声をかけてもらいました。その際に、「すぐ決断できる方ですか?決断を先送りする人間とは一緒にいられません。今決められますか」と言われたのですが、私は妻への相談もなく「行かせてください。ここで学ばせてください」と映画「千と千尋の神隠し」でのセリフのような回答をし、入社を決意しました。藤澤の近くで学ぶ事業運営におけるスピード感は現在でも私がもっとも強く意識しているところです。
ゲーム事業売却からエンタメへ。M&Aで築く「360度内製化」モデル

ーー入社当初の役割と、アドアーズ経営を任された経緯を教えてください。
大出悠史:
最初の3ヶ月は藤澤の非上場グループ会社に籍を置き、藤澤にできるだけ近いところで経営者の考え方やスピード感を学びました。その後、「年明けからアドアーズを見てもらいます」との内示を突如受け、2017年年始よりゲームセンター運営会社アドアーズの経営企画部長に就任しました。
ーーアドアーズの事業売却は、どのように決断されたのでしょうか?
大出悠史:
当時、スマホゲームの普及でアーケードゲーム市場は縮小していました。VR導入なども試みましたが、数字を見ると事業継続は困難だと判断。私が福岡出身という縁もあって、福岡を拠点にゲームセンター事業を展開されているワイドレジャー社とつながり、藤澤にも現状を説明した上で、「従業員のため、そして株主や投資家のためになるなら」との理解を得て売却を進めました。
この時、銀行員時代の財務分析や交渉の知識が役立ち、結果的に想定以上の良い条件での売却に成功。これがグループで最初に成し遂げた大きな仕事です。
ーーエンタメ事業への本格参入から、M&Aによる現在の体制構築までのプロセスをうかがえますか?
大出悠史:
売却資金で何をしようかと考えていた時に、エイベックスで著名アーティストのマネージャーなどを歴任したのちに、その経験と芸能事務所等とのリレーションを活かす形で自らの広告代理店会社を起業し、順調に事業を展開されていた赤塚善洋氏(この広告代理店は、のちにグループ会社となる株式会社allfuz/赤塚との出会いが第2のターニングポイントと言っても過言ではない)を通じて秋元康先生と出会い、「新宿アルタのスタジオアルタ跡地で新しいコンテンツを生み出そう」という企画が立ち上がったことがきっかけで、エンタメ事業を本格化させました。
その後、SKE48運営会社のグループインを機に、乃木坂46合同会社への資本参入、グループ内シナジー創出を目指し、映像制作、広告代理店、物流会社などをM&Aで加えました。これにより、タレント育成から映像制作、広告、グッズ販売・物流までを一気通貫で行う360度内製化モデルの構築に成功。ここまで手広く展開するエンタメ企業は国内では珍しく、韓国の大手事務所なども参考にしています。
年商500億円へ。「既成概念にとらわれない」次世代エンタメ戦略

ーー既存コンテンツ(乃木坂46、SKE48)の今後の戦略について教えていただけますか?
大出悠史:
既存コンテンツは非常に重要です。乃木坂46はトップランナーであり続けられるよう、6期生加入などで常に新しいファン獲得を目指しています。一方、SKE48のように長年の熱心なファン層(40〜50代中心)が主力のグループでは、新規ファン層獲得と既存ファン維持のバランスが難しい。ファンの方々の意見を聞きながら慎重に進めています。
ーー次世代の柱となる新規コンテンツ開発や新人育成についてはいかがでしょうか?
大出悠史:
乃木坂46やSKE48が収益を上げている間に、次世代の柱を育てる必要があります。たとえば、昨年開催した大規模オーディションのグランプリ受賞者などは、現在、順調に活躍の場を広げています。今後もオーディションを継続し、出版社や映画監督などとも連携しながら、デビュー後の活躍の場もセットで考える新しい座組も検討中です。
ーー海外展開について、具体的な取り組みをお聞かせください。
大出悠史:
海外展開では、主にグループ内のUNITED PRODUCTIONSが映像制作事業を展開しており、その一環として、アメリカの制作陣と協業した映画製作案件を進めています。国際共同企画のノウハウを持つチームを社内に組成し、権利取得・資金調達を経てまもなく制作に入る予定です。
また、ジャンルとしては日本の強みである「ホラー」に注目。『リング』のような作品は言語の壁を越えやすい分野だと考え、MBSメディアホールディングスさんが出資されている、ホラーに特化したコンテンツ制作を強みとしている「株式会社闇」に資本参画し、海外展開を視野に入れた高品質なホラーコンテンツの開発を進めており、手応えを感じています。
また、今年の4月には映画配給事業もスタートし、映画やODS(※2)など、海外マーケットも視野に入れた作品の配給を目指していきます。
(※2)映像業界で言う「ODS」とは、Other Digital Stuff(他のデジタルコンテンツ)の略で、映画館で上映する、映画以外の映像コンテンツ(舞台、ライブ、アニメなど)を指します。
ーー今後のM&A戦略と、特に期待されているデジタルマーケティング領域についてうかがえますか?
大出悠史:
M&Aは持続的に成長を達成するために今後も不可欠な要素です。直近5か年ではM&A及びかかるコストも含め、年間平均で約30億円程度の投資を行ってきており、今後も同規模程度の投資を継続する予定です。グループ全体のシナジーを重視し、M&A先は厳選しますが、特に期待しているのがデジタルマーケティング分野です。デジタルマーケティングを展開する子会社の体制強化を進めており、若手中心に勢いがあります。
藤澤が代表を務めている、弊社の筆頭株主であるJトラストグループでは、Jトラスト(金融)、オリーブスパ(リラクゼーションサロン)、レジーナクリニック(医療脱毛)、FC岐阜(スポーツ)、不動産など多様な事業を展開しています。各事業におけるマーケティング需要は膨大で、こうしたニーズに応えるだけでも、売上の飛躍的な伸長が期待できます。
さらに、昨今は放送業界を含む国内メディアの変容と、海外における日本独自のコンテンツに対する評価などを受けまして、大手金融機関がエンタメ作品の創出を目指すためのファンドの組成や新組織構築を発表するなど、国内の経済においても新たな局面に突入しつつあります。
弊社では、エンターテインメントのコンテンツや制作事業などを、藤澤がJトラストで展開する総合金融事業及び係るITノウハウと掛け合わせる「エンタメ×金融」構想の可能性を掲げてまいりましたので、これらのマネタイズポイントや構想が着実に拡大していけば、将来的に年商500億円という視野も現実味を帯びてくると感じています。
「既成概念にとらわれない」挑戦を加速する組織文化
ーー成長を推進する上で、大切にしていることは何でしょうか?
大出悠史:
グループ全体で大切にしているのは、藤澤が掲げる「既成概念にとらわれない」ことです。私自身は、各事業がスムーズに連携できるよう潤滑油の役割を担いながら、各社の社長や現場が失敗を恐れずに、力を最大限発揮できるようサポートすることに徹しています。
ーー最後に、貴社で働く魅力と、求める人材像についてお聞かせください。
大出悠史:
弊社で働く魅力は、エンタメ、映像、広告、物流など多様な事業が連携し、新しい価値を生み出すダイナミックな変化の中心にいられることです。既成概念を壊し、新しいエンタメの未来を創造し、挑戦に魅力を感じる方には最高の環境だと思います。
求めているのは、既成概念にとらわれず柔軟な思考ができ、失敗を恐れずにチャレンジできる人です。失敗してもそこから何かを学び取り、次に活かせれば良い。アクセルを踏むべき時にスピード感を持って、自ら動けるマインドを持つ方と働きたいですね。
編集後記
銀行員時代の分析眼と経営者としての情熱をベースに、M&Aを駆使することで総合エンターテインメント企業を築き上げた株式会社KeyHolder。一つひとつの決断がシナジーを生み、年商500億円という目標へ着実に船を進めている。「既成概念にとらわれない」挑戦が、エンタメ業界に新たな航路を切り拓くだろう。

大出悠史/1982年、福岡県生まれ。大学卒業後、株式会社三井住友銀行に入行。約11年間、営業や本部(法人企業統括部)業務等を経験。退職後、現株式会社KeyHolder取締役会長の藤澤信義氏と出会い、グループに参画。株式会社アドアーズ(現:株式会社ワイドレジャー)の経営再建・事業売却を主導。M&Aを通じて事業領域を拡大し、現在の総合エンターテインメント事業体制の基盤を構築。