
不動産業界は競争が激しい。特に賃貸仲介事業では駅前店舗での営業が長らく主流であった。しかし、その常識に挑み、デジタル技術で新たな顧客体験と生産性を追求する企業がある。株式会社S-FIT(エスフィット)は、「賃貸テック」を旗印にDX活用による営業改革に乗り出した。
コロナ禍を変革の好機と捉え、業界の未来を切り拓く。若き日にあえて「難しいこと」への挑戦を求めて不動産業界に飛び込み、独自の経営哲学を確立した紫原友規社長。その軌跡と、賃貸市場での次なる一手、未来への展望を尋ねた。
「一番難しいこと」への挑戦から始まった不動産キャリア
ーー不動産業界を選んだ理由と、入社当時の思いについて教えてください。
紫原友規:
営業職に就きたいと考え、扱うものが「会社、お金、不動産」というのが一番難しそうだと思い、不動産業界を選びました。「一番身近で高いものを扱う営業」という単純な興味もありましたね。後々苦労するなら、若いうちにいろいろ経験しておいた方が良いだろう、という感覚でした。大変そうだと分かりつつも、なおさら挑戦したいと思ったのです。
ーー営業職として働く中で、特に苦労された点や努力されたことは何でしょうか。
紫原友規:
とにかく勉強していました。喋りが得意ではなかったので、まず営業トークを。あとは地理がわからないので、休日にいろいろな駅やエリアを実際に訪れて、頭に入れていきました。当時は早く成長したいという気持ちが強く、焦りもあったので必死でしたね。
ーー最初の会社で特に学んだことは何ですか。
紫原友規:
営業としてトップセールスを目指し、達成後はマネジメントを学びました。マネージャー時代は「地域で一番の不動産屋」を目指し、競合分析などを行いました。その経験から「自分で会社をやれるな」という感覚が掴め、独立を意識し始めましたね。
“借主特化”という逆張り戦略で「賃貸No.1」を目指す

ーーその後、ご友人の会社に経営メンバーとして参画した時、特に印象に残っている出来事について教えてください。
紫原友規:
経営者になって最初にぶつかったのは、黒字倒産しそうになったことです。業績は良いのに資金がショートしそうになり、「これはまずい」と。No.2の私が資金繰りなど財務・経理も担当するようになり、必死で勉強しながら立て直しました。目的のためなら徹底的に学ぶ、という姿勢はその頃からですね。
ーーその後、社内ベンチャーとしてS-FITを設立されるわけですが、どのような目標を掲げましたか。
紫原友規:
渋谷で設立し、当初は従業員が6人くらいだったので、まずは「渋谷で一番の賃貸屋になろう」と思いました。そして、将来的には「賃貸でナンバーワン」を目指そうと。そのために当時の競合大手4社を徹底的に分析したり、社長や役員に直接話を聞きに行ったりもしました。
ーーS-FIT設立当初の差別化戦略として「借主特化」と「専門チーム化」を掲げられたそうですね。なぜこの戦略を選ばれたのか、また専門チームはどのように機能していたのか教えてください。
紫原友規:
それまでは、日本の不動産屋のほとんどが「貸主(オーナー)」のためのものでした。そこで私たちは逆張りで、借主をしっかり押さえることに特化しました。また、「何でもあります」ではなく、お客様を法人、学生、富裕層、ペット同居希望者など、セグメント分けして専門チームを作りました。それぞれのニーズに合わせた質の高いサービスを提供するためです。例えば法人専門チームはスピード重視の法人のニーズに専念できる体制にしました。
コロナ禍を転機に加速するDX。DXが変える営業スタイルと生産性
ーー特に「賃貸テック」に注力したきっかけは何だったのでしょうか。
紫原友規:
コロナ禍で対面営業ができなくなり、「これはやばいぞ」となったのが大きなきっかけです。そこから一気にオンラインでの営業を導入しました。
ーーDX活用による営業プロセスの標準化で、具体的にどのような成果や変化がありましたか。
紫原友規:
営業の勘や経験に頼る部分をなくし、データに基づいて動けるようにしました。問い合わせから契約までの数値を分析しています。以前は角度の高いお客様を優先しがちでしたが、データ化し、全てのお客様を適切なタイミングでフォローできるようにしたのです。これにより、新人でも成果を上げやすくなり、残業も減りました。
ーーデジタル化によって、営業担当者の売上にも大きな変化があったそうですね。
紫原友規:
はい。業界平均のトップセールスは月間売上高100万円くらいだと思いますが、うちのトップセールスは繁忙期には月間1000万円を超えることもあります。一人当たりの生産性が上がっています。そのぶん、収入も当然アップします。DX化により、営業は営業に専念できるように変革しました。
ーーとはいえ、当初はDX化に対する抵抗もあったのではないでしょうか。どのように意識改革を進めましたか。
紫原友規:
もちろんありました。営業担当者の「僕ら、いらなくなるんじゃないですか?」という声が最初ですね。でも、目的をしっかりと説明しました。今までのやり方で月100万円売り上げるのと、DX化で月1000万円売り上げるのと、どっちがいいか。給料も全然違うぞ、と。成果を数字で見せることで、営業担当の納得感を得られ、「じゃあ使ってみよう」と次第に変わっていきました。
賃貸市場トップ10へ!「ネクストプロパティビジョン」実現への挑戦
ーーなぜ賃貸市場に「ブルーオーシャン」の可能性を見出したのでしょうか。
紫原友規:
不動産市場全体の中では、賃貸市場は規模が小さい割に非常に多くの人が働いている労働集約的な構造をしています。ということは、DX化による効率化のインパクトが非常に大きいということです。ここにデジタルを持っていくと、大きな変革のチャンスがあると考えました。競合もまだ少なく、まさにブルーオーシャンと言えます。今後は5年で売上を3倍にし、賃貸市場トップ10を目指します。
ーーその目標達成に向け、人材育成はどのようにお考えですか。
紫原友規:
DX人材の推奨を進めています。社員の思考そのものをDX化に適した人材に変えていきたい。マネージャー会議も、DX研修を取り入れています。通用するビジネスの形は常に変わるので、学び続けることが不可欠です。特にマネージャー陣には「勉強しろ」と常に言っています。
ーー営業部門の体制強化として、バックオフィスのセンター化も構想されているそうですね。どのような役割を担うのでしょうか。
紫原友規:
業務を営業活動と事務作業に仕分けし、事務作業全般をセンターに集約します。営業担当者は、比較的高度な業務や、難易度の高い顧客対応に専念する。そうすれば、一人当たりのパフォーマンスはさらに上がり、より高い成果を出せるようになると思っています。
ーーこうした変革期において、貴社が求める人材像と、働く魅力について教えてください。
紫原友規:
結局、「いいやつ」ですかね。素直でいいやつ。最終的には人柄だと思います。あとは、変化を楽しめる人。新しいことを学び、挑戦できる人です。弊社は、営業経験者がジョブローテーションでDX部門に行くことも多く、現場を知っているからこそ良いシステムが開発できると考えています。
働く魅力としては、やはり「誰もやっていないことに挑戦できる」面白さだと思います。不動産業界、特に賃貸テックはまだ未開拓の分野です。私たちは不動産事業の実務とデジタルの両方を理解している稀有な存在です。新しい顧客体験を自分たちの手で作っていくこと。これは非常にエキサイティングな経験になるはずです。非常に可能性のある「宝の山」ですから。あとはオープンな社風も魅力ですね。自分の意見を伝えやすい環境もあると思います。自己成長したい人には最適な場所だと思います。
編集後記
「賃貸テックはブルーオーシャン。」紫原社長は笑顔でそう語った。その言葉には、自社が切り拓く未来への確かな自信が満ち溢れていた。あえて「難しいこと」に挑み、常に目標を高く掲げて学び行動し続けてきた軌跡が、現在のS-FITの躍進を支えている。「借主特化」という逆張りの発想、コロナ禍をDX加速の好機と捉える先見性、徹底的な効率化。その全てが「NEXT PROPERTY」という明確なビジョンに繋がっている。紫原社長の情熱が、不動産業界の未来を革新させていくだろう。

紫原友規/福岡県出身。上京後、不動産会社に入社し、営業職、マネジメント職を経験。友人が設立した投資用マンション販売会社に経営メンバーとして参画。2003年、社内ベンチャーとして株式会社S-FITを設立、代表取締役社長に就任(現職)。「賃貸テック」を推進し、DXを活用した不動産業界の変革を推進している。