
京都を拠点に「大垣書店」を展開する株式会社大垣書店。同社は書籍販売にとどまらず、カフェ併設型の店舗づくりやイベントの開催などを通じて、本に囲まれた空間の価値を提供している。デジタル化が進む中、豊かな読書体験の大切さを発信し続ける同社の代表取締役会長、大垣守弘氏に話をうかがった。
予期せぬ形で始まった書店経営への挑戦

ーーもともと家業を継ぐつもりだったのでしょうか?
大垣守弘:
弊社を継ぐつもりはまったくありませんでした。そんな私が弊社に入社したのは、就職活動中に、弊社が人手不足に陥ったことがきっかけです。京都の地下鉄北大路駅が開業したことで人の流れが多くなり、駅前にあった書店が急に忙しくなったのです。それまでは両親だけで経営していましたが、次第に対応が追いつかなくなり、見るに見かねて入社しました。
しかし、お客様からのニーズに応える中で、出版社との協議や店頭の売上向上にやりがいを感じ始め、少しずつ書店経営に興味を持つようになりました。
ーー入社後はどのようなことに取り組みましたか?
大垣守弘:
出版社との関係構築と経営基盤の強化に力を入れましたね。家族経営から一歩踏み出し、事業として成長させていくには、まず出版社と良い関係を築き、売れる商品を仕入れることが不可欠だったのです。当時、ベストセラー本は大手書店に優先的に供給される状況があったため、出版社を直接訪問し、「この本を店頭に並べたい」と要望を伝えながら関係を築いていきました。
同時に、家族経営から組織的な経営への移行にも取り組みました。他店の取り組みを学んだり、勉強会に参加してノウハウを吸収したりしていましたね。こうした経験を積み重ねながら、確実に収益が上がるように計画を立て、店舗を少しずつ増やしていきました。
地域に根ざし、多様なニーズに応える書店づくり

ーー貴社の事業内容と強みについてお聞かせください。
大垣守弘:
弊社の主な事業は書店経営です。全国に51店舗の書店を展開するほか、書店に併設されたカフェも運営しています。お客様に書店で過ごす時間自体を楽しんでいただき、本を手にとる機会を増やしたいという思いで事業を行っています。
弊社の強みは、画一的な運営ではなく地域に合わせた品ぞろえを実現している点です。地域ごとの特性や客層に合わせて、全51店舗それぞれが独自の品ぞろえを行っています。その結果、書店全体として多様なお客様にご利用いただける存在になっていると自負しています。
ーー事業を行う上で、どのようなことを大切にしていますか?
大垣守弘:
本の価値を社会に伝えることを何よりも大切にしています。現代はWebで簡単に情報が手に入る時代ですが、その情報が正しいかどうかを判断するのは人間です。その判断力を養うには本を読むことが効果的だと考えています。
本を読む際は、自分の頭の中でイメージを膨らませながら内容を理解していきます。これは映像や画像では得られない体験なのです。企業のトップに読書家が多いのも、本を通じて培われる思考力や判断力が、ビジネスや人生のさまざまな場面で役立つからではないでしょうか。この読書の価値を次の世代にも伝えていくことが弊社の使命だと思っています。
子どもから大人まで、本に触れる人を増やしていく

ーー未来に向けて、どのような取り組みをしていますか?
大垣守弘:
ネット販売の強化に力を入れています。欲しい本が決まっている場合はネットからの注文が便利ですから、その利便性を高めることは重要です。
先ほどもお話した通り、弊社の強みは豊富な品ぞろえにあります。大手ECサイトですら取り扱いがないようなニッチな書籍も多数取り揃えています。そうした書籍に対して、大手ECサイトで注文が入った際には、弊社に自動的に注文が送られる仕組みも構築しました。
その一方で、実店舗ならではの価値も大切にしています。各店舗ではトークイベントやフェアの開催、書店員によるセレクトコーナーなど、来店する楽しさを感じていただける工夫を続けているところです。こうしたリアルの体験価値とデジタルの利便性を両立させることが、これからの書店に求められる姿だと考えているのです。
ーー今後の展望についてお聞かせください。
大垣守弘:
本の価値を認めてくれる人を1人でも多く増やしていきたいと考えています。今の子どもたちは塾などが忙しく、なかなか本を読む時間がないですよね。しかし、本を読んで知識を得ることは大切です。そのためにも、子どもたちに読書習慣をつけてもらおうと考え、子ども向けの売り場を充実させ、親子で本に触れ合える環境づくりに注力しています。大人たちに向けては、先ほど申し上げたイベントを継続していくつもりです。
今後はデジタル時代だからこそ、じっくりと思考を深める読書の時間が重要になってくるでしょう。これからも新しい試みを続けながら、読書の素晴らしさを社会に広めていきたいと思います。
編集後記
大垣会長の言葉からは、読書に対する使命感が伝わってきた。活字から広がる想像力を大切にする姿勢は、情報過多の現代だからこそ、改めて価値を感じさせてくれる。AIや検索エンジンでは得られない、本を通じて得られる深い思考と判断力の重要性を教わった。

大垣守弘/1959年、京都府京都市生まれ。立命館大学経営学部卒業。大学卒業後、株式会社大垣書店に入社。2000年に代表取締役、2021年に代表取締役会長に就任。2023年には東京の麻布台ヒルズに出店し、現在全国に51店舗を展開。地域に必要とされ、お客様に文化と教養をお届けする書店であり続けるために、店舗にカフェやギャラリーを併設し、地域と文化の交流に力を入れた書店を運営している。