
銀行員から一転、高校の同級生である株式会社山本商店オーナーからの「助けてくれ」の一言で食品商社の世界へ。取締役社長に就任したのは、会社が大きな困難に直面していた時期であった。名取至社長は、いかにしてその危機を乗り越えて再建し、新たな成長軌道へと導いたのか。銀行員時代の経験を活かした社内改革、起死回生の一手となった「東京ジャンドゥーヤチョコパイ」の開発秘話、そして「組織は1+1=2ではなく、5にも10にもなる」と語るその組織論に迫る。
銀行員から山本商店への転身
ーー銀行員から大きくキャリア転換し、2011年に株式会社山本商店へ入社された経緯を教えてください。
名取至:
弊社のオーナーとは高校の同級生なんです。埼玉県の寮がある学校で2人ともラグビー部に所属していました。卒業から30年ほど経った頃に再会し、彼から「うちの会社、色々大変だから助けてくれよ」と言われたんです。それがきっかけで入社することになりました。
「当たり前」を覆す社内改革。決裁と就業体系にメス
ーー社長にご就任後、銀行員時代のご経験を活かし、どのような社内改革に着手されましたか。
名取至:
就任当時は稟議も承認プロセスも曖昧だったので、まずは決裁権限を明確にする仕組みをつくりました。それから就業体系も大きく変えました。特に冬場は残業が当たり前になっていたので、2012年頃から就業時間を短縮し、残業は事前申請制にしたことで大幅に減り、規律正しい文化や管理体制が体系化されている銀行での経験を活かして、社内改革に取り組むことができました。
経営危機からのV字回復と「東京ジャンドゥーヤチョコパイ」

ーー社長就任当時、会社は大変厳しい状況だったそうですね。その危機をどう乗り越えたのでしょうか。
名取至:
社長に就任した2013年10月当時は、新規店舗出店の失敗で大きな赤字と借金を抱え、債務超過に陥っていました。取引銀行には「5年で債務超過を解消し、借金も返済します」と宣言しましたが、正直自信はありませんでした。
まずはコストのかからない店舗からリストラを進め、守りだけではダメだと思い、1年かけて新商品を開発しました。それが「東京ジャンドゥーヤチョコパイ」です。東京駅の手土産需要に着目し、軽くて個包装で分けやすい商品を目指しました。開発には外部コンサルタント会社にも協力いただき、2015年3月に東京駅限定で発売したところ、これが大ヒット。最初の3年間は東京駅のお土産ランキングで常にベスト5に入るほどで、この商品の売り上げのおかげで、銀行に宣言した通り、5年で債務超過を解消し、借金も返済できました。
縁と組織の化学反応。「1+1=5」を生む名取流マネジメント
ーー経営者として大切にされている価値観は何でしょうか。
名取至:
「衆生は縁に触れて縁に気づかず」という言葉のように、ちょっとしたきっかけを活かせるかどうかを常に意識して、物事を見聞きすることを大切にしています。良い方向への転機につながりますからね。
ーー名取社長の組織観について、詳しくお聞かせいただけますか。
名取至:
私はラグビーや銀行で育ってきたこともあり、協力して大きな成果を生み出す組織に魅力を感じます。1+1が2ではなく、5にも10にもなり得ること。若い人たちにも「一人ではこれだけしかできなかったことが、3人でやったらこんなすごいことができた」という経験をしてほしいです。
一体感を持つ組織の良さは、全員が全ての武器を持つ必要がないことにもあります。自分にない強みを持つ人が周りに揃えば、それら全てが自分と組織の武器になる。それは縁やきっかけを生むことにもつながりますし、大概の課題は解決できるはずです。
直面する課題と山本商店が描く未来図
ーー現在の山本商店が直面している課題と、今後の目標ついてお聞かせください。
名取至:
今は円安とカカオ豆をはじめとする原材料価格の高騰で、業界は非常に厳しい状況です。輸入100%なのでコスト増は避けられません。チョコレート1個が300円、500円というのも珍しくなくなりました。この中でどう生き残るか、筋肉質で強靭な会社組織をつくり上げることが今の最大の課題です。
また、商社として食品やお菓子に限定せず、お客様が求めるものを見つけて商材として提供することも考えています。また、新たな価値創造のため、この3年間で3社のM&Aを行いました。グループ全体として土台を固め、シナジーを発揮して成長していくことが、これからの数年の大きな目標です。
編集後記
高校の同級生である株式会社山本商店オーナーからのSOSを機に、畑違いの食品業界へ飛び込み、経営危機にあった会社を見事V字回復させた名取社長。その原動力は、冷静な組織運営能力と勝負勘、そして何よりも「人との縁」や「小さなきっかけ」を活かす力であろう。「組織は個々の力の足し算ではなく、掛け算だ」という言葉は、多くのリーダーにとって示唆に富む。厳しい経営環境の中、名取社長が次にどのような「きっかけ」を捉え、会社を成長させていくのか、目が離せない。

名取至/株式会社山本商店 取締役社長。1988年に大学を卒業後、銀行に入行。法人営業や市場営業、管理部門を経験する。2011年に高校の同級生である山本俊一氏が経営する株式会社山本商店に入社。2013年10月、同社取締役社長に就任。経営危機からの立て直し、新商品開発、組織改革などを推し進め、会社の成長を牽引している。