
1876年(明治9年)創業の大寅蒲鉾株式会社。大阪難波の中心、戎橋筋(えびすばしすじ)商店街に本店を構え、関西を中心に27店舗で直販している。代表取締役社長の市川知明氏は、大手企業での15年のキャリアを経て、39歳で大寅蒲鉾に転身。現在は、新商品の開発やSNSでの情報発信に積極的に取り組んでいる。『とらサンド』『スプーンでかまぼこ』などのヒット商品を生み出しつつ、世界に通じるかまぼこブランドを目指す同社の今後のビジョンを聞いた。
運命に導かれたかまぼこへの道
ーー社長のご経歴について教えてください。
市川知明:
大学卒業後、味の素に15年ほど勤めました。大阪では営業を担当し、東京本社ではアミノ酸を使った健康食品や化粧品の通販事業の立ち上げに携わりました。化粧品の開発・製造、通信販売は味の素でも初の試みで、研究所や同僚たちに協力してもらって軌道に乗せることができました。
そんな中、現会長(義父)から「家業を継いでほしい」という話があったのです。少し迷いましたが、どこか運命のようなものを感じて大寅への転職を決断しました。というのも、私は大学の4年間、築地にある老舗かまぼこ店で年末にアルバイトをしていました。この店が妻の実家と親戚関係にあることを偶然知って、不思議なご縁に導かれた気がしたのです。
現場で学んだかまぼこづくりの真髄

ーー2004年に入社されてから社長就任まで、どのような仕事をされていましたか。
市川知明:
最初の5年ぐらいは、ほぼ工場勤務でしたね。魚をさばいて、すり身を練って、板に付けて蒸したり焼いたりするという職人の基本を一から学びました。週に4日は工場で、残り2日は本社で経理や営業などの業務に従事しました。
会長は多くを語りませんでしたが、「現場が一番大事。現場をよく見なさい」と暗に教えてくれていたように思います。今でも、年末には1週間以上泊まり込んで、朝から魚をさばいているんです。やはり現場にいることで、何が大事かがよくわかります。
若者向け商品と情報発信で新たな顧客層を開拓

ーー2012年に4代目の社長になられてからは、どのような取り組みに挑戦されたのでしょうか。
市川知明:
若い世代向けの商品開発に取り組んできました。例えば、フランスパンをすり身で挟んだ『とらサンド』や、グラタンのような『スプーンでかまぼこ』など、新しい切り口の商品です。おかげさまで『スプーンでかまぼこ』は20万個以上を売り上げた大ヒット商品になりました。工場長が新商品の開発に意欲的だったことも、大きな力になりました。
また、SNSでの情報発信にも力を入れましたね。原料の吟味やつくり方も含めて、かまぼこのおいしさやこだわりを積極的に伝えています。
かまぼこや練り物は、可能性に満ちた食品なんです。いわゆる魚のたんぱく質のかたまり。しかもお肉やゆで卵よりも消化が早いタンパク質なんです。未来に向けて大きな可能性を秘めた食べ物として、これからも積極的に訴求していきたいです。
「大阪に来たら大寅」を目指して
ーー最後に、今後の展望についてお聞かせください。
市川知明:
「関東在住者に聞いた、買ってきてほしい大阪土産」ランキングで11位にランクインしたことがありました。今後も、商品の品質をさらに磨いて、おいしいものをつくり続けていきたいです。
今後の展望は、海外のお客様にも「大阪に来たら、大寅のかまぼこを食べなくちゃね」と思っていただけるように精進することです。
この夢を達成するためには、現場をさらに強化する必要があります。お客様と接する販売現場が強くなることで、大寅のブランド力も向上すると考えています。採用の強化や工場の生産力・品質改善も欠かせません。
もちろん、海外展開も視野に入れています。輸出の準備などもありますが、本店は難波に構えていてインバウンドのお客様も多いので、まずは訪日する海外の方々に大寅のおいしさを知っていただきたいですね。
私たちは今でも毎朝、自分たちで魚を仕入れ、さばいて、すり身にしています。この工程を最初から最後まで自社で行うのは、今やごく一部のかまぼこ店だけです。良い材料をしっかり確保して、素材の良さをしっかり活かす技術も弊社の強みといえます。
これからも世界一おいしい商品を目指す覚悟で、「つくるも売るも買う心」を経営モットーに、買っていただくお客様の心になって日々探究を重ね、挑戦を続けていきます。
編集後記
工場見学から始まった今回の取材では、市川知明社長の、かまぼこへの並々ならぬ情熱と、一貫した現場重視の姿勢が印象的だった。約150年の伝統を守りながらも、時代に合わせて変化し続ける大寅蒲鉾の力強い姿勢が伝わってきた。挑戦を続ける大寅蒲鉾に、ますます目が離せない。

市川知明/1965年8月⽣まれ、千葉県出身。東京大学卒。1989年味の素株式会社に入社。2004年大寅蒲鉾株式会社に入社。2012年同社代表取締役社長に就任。2025年5月、戎橋筋商店街理事長に就任。大阪観光土産品協会副会長、大阪産(もん)名品の会理事など。地元なんば・戎橋筋商店街での活動や、大阪の土産品PR活動などにも注力している。