
2027年に100周年を迎える株式会社キングジムは、ステーショナリー、電子文具、ライフスタイル用品の企画・製造・販売を行う会社である。現在、代表取締役社長としてその手腕を振るっている木村美代子氏は、オフィス通販「アスクル」をゼロから立ち上げ、その成長を牽引した経歴を持つ人物だ。「独創的な商品を開発し、新たな文化の創造をもって社会に貢献する」。この理念のもと、同社は文具の枠を超えてライフスタイル分野へと事業を拡大。長年の経験で培った顧客志向と実行力で、老舗企業に新たな風を吹き込む木村氏に、これまでの軌跡とキングジムが描く未来像を聞いた。
前例なき挑戦で逆境を乗り越えたきっかけは「お客様の声」
ーーまず、これまでのご経歴についてお聞かせください。
木村美代子:
もともと文房具を開発したいと思い、新卒でプラス株式会社に入社しました。女性が活躍している会社だと聞き、楽しく仕事ができそうだという気持ちで選んだのです。しかし、配属されたのは、希望していた開発部門ではなく営業部門でした。その後、販売企画に移り、その中で「アスクル」の立ち上げにプロジェクトメンバーとして関わったことが大きな転機です。
正直に言うと、入社当初は仕事にそれほど大きな期待をしていませんでした。しかし、与えられた仕事に没頭するうちに、チームで新しいものを生み出したり、価値を創造したりする面白さに気づいたのです。自分たちの仕事が売上やお客様の声として返ってくることに、大きなやりがいを感じました。
ーー「アスクル」立ち上げ当初、どのようなご苦労がありましたか。
木村美代子:
当時は類似のサービスがなく、社内ですら「何をしているチームなんだろう」という雰囲気でした。メーカーであるプラスは、他社の商品を扱うことに抵抗があったのです。たとえば、「キングジムのファイルがほしい」というお客様の声に応えようとしても、「なぜプラスの製品では対応できないんだ」と社内で言われました。そうした理解を得るのが最初のハードルでした。
その逆風を乗り越える原動力になったのは、「自分がお客様の代弁者になろう」という気持ちです。役員会でも、お客様からいただいた声をそのまま伝え続けました。また、文具だけでなくコーヒーやトイレットペーパーなどを取り扱ってほしいとの要望もあり、オフィスで利用するもの全般に事業を広げることにしました。
お客様の声に耳を傾け、どうすればその要望を実現できるかを真剣に考え抜いた結果が、事業の成長につながったのだと思います。
老舗企業へ入社した後に感じた大きな可能性

ーーキングジムへ移られた経緯と、入社直後の印象をお聞かせください。
木村美代子:
アスクル時代、お客様から「キングジムのファイルがほしい」という要望があり、当時の宮本社長(現会長)にお願いして商品を扱わせていただいたのが最初の出合いです。その後もプライベートブランド商品の開発などで長くお世話になりました。アスクルを退社する際に、宮本会長から誘っていただき入社を決めました。
弊社を外から見ていたときは、「信頼できる老舗企業だけど、少し堅くてユニークさに欠けるのかも」という印象を持っていました。しかし、実際に入社してみると全く違いました。トップダウンが強い組織かと想像していましたが、意見を言いやすいアットホームな雰囲気で、若いメンバーが第一線で活躍しており、社内の雰囲気はとてもエネルギッシュです。会社のことを真剣に思い、情熱を注ぐ社員が多く、とても良い会社だと感じました。
ーー入社後、どんなことに取り組まれましたか。
木村美代子:
社員は皆、素直で素晴らしいのですが、一方で少し内向きな傾向があると感じていました。「部門ごとに縦割りになっている」「外部の情報に触れる機会が少ない」といった声もありました。その課題を解決するため、外部から講師を招いて講演会を開く「キングジムオープンイノベーション」を始めたり、開発フロアに営業部門の一部を移したりと、組織の風通しを良くするための取り組みに着手しました。
全員がクリエイティブ集団。独創性を未来の力へ

ーー貴社の経営理念についておうかがいできますか。
木村美代子:
弊社には「独創的な商品を開発し、新たな文化の創造をもって社会に貢献する」という経営理念があります。ファイリングという文化をつくった「キングファイル」や、「テプラする」という言葉が生まれるほど定着したラベルライターの「テプラ」は、まさにこの理念を体現した商品です。お客様をワクワクさせ、日々の仕事や暮らしに小さな変化をもたらす。この「新たな文化の創造」こそが、私たちの存在価値だと考えています。
今後は、全社員が「クリエイティブ集団」になることを目指しています。これは開発や広報といった特定の部署に限った話ではありません。たとえば、総務が朝礼を企画するときも、「どうすれば皆の心に響くか」をクリエイティブに考える。そうした意識を全社に広げていきたいのです。「キングジムらしさ、ユニークさとは何か」を全員で考え、それぞれの仕事で体現していくことで、会社はもっと強くなると信じています。
グループの総合力で描くキングジムの未来像
ーー今後の事業展開についてお聞かせください。
木村美代子:
文房具だけでなく、ライフスタイル分野にも事業領域を広げていきます。グループには、家具やキッチン雑貨、アーティフィシャルフラワー、季節家電などを手がける会社があります。これらの総合力を生かして新たな価値を創造していくために「マネジメントコミッティー」という場を設け、グループ会社の経営層と次世代リーダーが集まり、グループ全体でシナジーをどう生み出すかという議論を始めています。
ーー海外での取り組みについてはいかがですか。
木村美代子:
インドネシア、ベトナム、マレーシアにある自社工場は、これまでファイルを中心に生産してきました。その高い品質管理能力を生かして、ベトナムではキッチン雑貨、インドネシアでは家具の生産も開始しました。グループ会社が企画した商品を海外工場で生産し、販売するという連携も始まっています。これは大きな可能性をもった取り組みです。
現在、弊社の海外売上比率はまだ4%ほど(2024年6月期)です。これを伸ばしていくため、上海や香港、ベトナムなどにある拠点を活用し、海外での開発・販売を強化していきます。重要なのは、現地のニーズに合った商品を開発すること。開発メンバーが現地に入り、その国の方々にとって本当に役立つ、面白いと思ってもらえるものづくりに挑戦しています。
ーー最後に、5年後、10年後のキングジムの姿をどう描いていますか。
木村美代子:
ビジネス面では、ユニークな商品で働く人や暮らす人たちの役に立ち、ワクワクを提供できる会社であり続けたいです。そして、社内で働く人たちにとっても、年齢や性別に関係なく、一人ひとりが自分の強みを生かして、働きがいを感じられる会社でありたい。この両方を実現していくことが、私の目標です。
編集後記
前例のない事業を「お客様の声」を頼りに成功させたアスクルでの経験。その経験は、キングジムの経営においても色濃く反映されている。社員一人ひとりと対話し、部門の垣根を越えた連携を促す姿勢は、現場の声を拾い上げ、組織のポテンシャルを最大限に引き出そうとする強い意志の表れだ。文具という既存の枠組みにとらわれず、グループ全体の総合力でライフスタイルを豊かにしようとする同社の挑戦。その舵を取る木村氏の顧客志向が、老舗企業に新たな文化と成長をもたらすに違いない。

木村美代子/プラス株式会社に新卒で入社。営業職、販売企画職を経て、オフィス向け通販サービス「アスクル」の立ち上げプロジェクトに初期メンバーとして参画。同事業でマーチャンダイジングやカタログ制作などを担当し、成長を牽引した。その後、BtoC事業の子会社社長や「LOHACO」の立ち上げを歴任し、2017年にアスクル株式会社の取締役に就任。退社後、株式会社キングジムへ取締役常務執行役員開発本部長として入社。社内改革やオープンイノベーションを推進し、その後、代表取締役社長に就任。