
情報セキュリティに対する脅威が増大する現代において、企業や組織にとってデータ保護は最重要課題の一つである。ワンビ株式会社は、万が一の事態が発生した際にパソコン内のデータを遠隔から消去できる「TRUST DELETE(トラストデリート)」を開発・提供し、情報漏洩対策に新たな選択肢を提示してきた。代表取締役社長である加藤貴氏に、その独創的な製品開発の背景と、同社が描くデータセキュリティの未来について話を聞いた。
プログラマー志望からプロダクトマネージャーへ、異色の軌跡
ーー社長のキャリアの原点についてお聞かせください。
加藤貴:
私は平成元年に社会人となり、日本電子計算の名古屋支店に入社しました。もともとプログラマーの学校に通っていたので開発をやりたいと思っていたのですが、当初は開発に向いていないと判断され、コンピュータのハードウェアの修理を担当することになりました。
正直、最初は望んでいた仕事ではなかったので、すぐに辞めようかとも考えました。しかし、当時の恩師から「まずは1年間やってみてから判断してはどうか」とアドバイスを受け、続けてみることにしたのです。結果的に、この経験がコンピュータの仕組みを深く理解する上で非常に役立ち、今でも感謝しています。
そして、日本電子計算で5年ほど勤務した後、海外での仕事に挑戦したいという思いが募り、休暇を利用してアメリカの駐在所を訪ねました。アポイントもなしに突然訪問したのですが、幸運にも面白がっていただき、オフィスに滞在させてもらえることになったのです。
その滞在中に、シリコンバレーにある現地のIT企業をいくつか訪問し、そこで出会ったコンサルタントの方が日本でトレンドマイクロの社長に就任するという話から、私もそのメンバーに加わることになりました。当時は10人程度の規模でしたね。
ーーその後、どのような経緯で起業したのでしょうか。
加藤貴:
トレンドマイクロではプロダクトマネージャーとして複数の製品を担当し、その後に移籍したサイボウズでは、マーケティングや代理店プログラムの構築などに携わりました。
そして、サイボウズを退職後、フリーランスのコンサルタントとして活動する中で、改めて自分にとって一番好きでやりたい仕事はプロダクトマネージャーであり、自らプロダクトをつくることだと確信したのです。そして、数人の仲間と共に企画を出し合い、その中の一つが現在の「TRUST DELETE」につながりました。
発想の転換が生んだ「TRUST DELETE」と国産技術の矜持

ーー主力製品である「TRUST DELETE」はどのような製品なのでしょうか。
加藤貴:
「TRUST DELETE」は、紛失や盗難に遭ったパソコンのデータを、遠隔からの指示で消去できるソリューションです。従来のセキュリティ対策は情報を「守る」ことに主眼が置かれていますが、それでも情報漏洩は後を絶ちません。
そこで私たちは、万が一情報が外部に漏れてしまう事態を想定し、漏洩した際に「なかったことにする」という発想でこの製品を開発しました。パソコンの電源がオフの状態でも、遠隔でデータを消去できる技術が特徴です。
情報漏洩が発生すると、データの価値以上に企業の評判失墜や顧客からの信頼喪失といった問題が大きくなります。特に個人情報保護法が施行されてからは、その傾向が顕著になりました。
従来の対策では、セキュリティを高めれば高めるほど利便性が損なわれるというジレンマがありましたが、「TRUST DELETE」は、データを消去することで、そのリスクを根本から取り除くことを目指しています。手元にないパソコンのデータを守るのではなく、消去することで情報漏洩を防ぐという考え方です。
ーー「TRUST DELETE」の強みを教えてください。
加藤貴:
私たちの製品がソフトウェアだけでなく、ハードウェアレベルでPCメーカーと協業して開発されている点が大きな強みです。
たとえば、VAIOさんやパナソニックさんのPCには、企画段階から「TRUST DELETE」が最適に動作するための機能が組み込まれています。これにより、電源オフ状態からのデータ消去といった高度なセキュリティ機能を実現しています。一度私たちの製品が搭載されれば、同じ機能で他社製品が後から入る余地はほとんどありません。
このような先行者としての地位と、ハードウェアと連携した深いレベルでの技術力が、他社との大きな差別化になっていると考えています。
ーー国産のセキュリティ製品であることの意義について、どのようにお考えですか。
加藤貴:
日本のデータを守る上で、海外製品に完全に依存することには一定のリスクが伴うと考えています。たとえば、製造国の国際情勢や法規制の変更によって、予期せぬ影響を受ける可能性も否定できません。
もちろん海外製品にも優れたものは多くありますが、特に機密性の高い情報や重要なデータを扱う領域においては、国産のセキュリティ製品を選択することがリスク低減につながると考えます。私たちは、国産ならではの信頼性と安心感を提供し続けることを重視しています。
データ保護の未来を拓く挑戦と求める仲間
ーー「TRUST DELETE」のさらなる普及に向けて、今後どのような点に注力していきますか。
加藤貴:
まず、データのリモートワイプ(遠隔消去)というソリューション自体の認知度をさらに高めていく必要があると考えています。このような製品があることをまだ知らない方も多いのが現状です。その上で、2年ほど前から導入事例が増えている行政機関向けの営業活動を強化していき、県庁や市役所など、公共性の高い機関でのデータ保護ニーズに応えていきたいです。また、海外のパソコンメーカーへの展開も継続して取り組んでいます。
ーー既存のお客様に対しては、どのような価値を提供し続けたいとお考えですか。
加藤貴:
私たちの製品は、万が一の時に確実に機能しなければ意味がありません。そのため、24時間365日、安定したサービスを提供し続けることが最も重要だと考えています。もちろん、コストをかければ実現は容易ですが、それでは製品価格が上昇し、お客様の負担が増えてしまいます。
そのため、できる限り少ないリソースで最大限のサービス品質を維持できるよう努めています。10年以上にわたり継続してご利用いただいているお客様も多く、その信頼に応え続けることが使命です。
ーー貴社の求める人物像について教えてください。
加藤貴:
特定のスキルや経験も大切ですが、それ以上に、自ら新しいことに挑戦したいという意欲があり、自分の仕事に対して責任を持てる方を求めています。
私たちの会社は、まだ誰も歩いたことのない道を切り拓いていくことを重視しています。困難は伴いますが、それを乗り越えて自分たちの世界を創り上げていくことに喜びを感じられる方と一緒に働きたいですね。入社後に私たちの会社や仕事を好きになってくれれば、活躍の場は無限に広がっていると思います。
編集後記
「漏洩したデータは消せばいい」という、加藤社長の発想には意外性があった。ハードウェア修理の経験からコンピュータの深層を理解し、海外でも地道に自身の道を開拓。プロダクトマネージャーとしての情熱と行動力から、「TRUST DELETE」という革新的な製品を生み出したのだろう。今後、ワンビ株式会社がデータ保護の未来にどのような貢献を果たしていくのか、注目していきたい。

加藤貴/1996年より、セキュリティソフトウェア製品のプロダクトマネージャーとして、トレンドマイクロ社の全製品のプロダクト企画、開発計画、製品サポート、マーケティング戦略の責任者として約7年間従事。その後サイボウズ株式会社を経て、2006年にワンビ株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。