
宮城県を中心に和食ファミリーレストラン「まるまつ」などを展開し、地域の食文化を支える株式会社カルラ。代表取締役社長の井上善行氏は、旅行業界から飲食の世界へ転身し、入社直後には社運を賭けた新業態「かに政宗」を大成功に導いた経験を持つ。今回、その独自の経営哲学と、会社の未来像について話を聞いた。
顧客に尽くす喜びが導いた飲食の道
ーー入社されるまでのご経歴についておうかがいできますか。
井上善行:
大学卒業後は、海外旅行専門の旅行代理店に入社し、9年ほど勤務しました。その旅行会社は、医師や経営者といった特定のお客様が中心でした。旅行中が次の営業の場になるなど、やりがいのある仕事でした。
1980年代は海外の情報も少なく、添乗員の存在価値が非常に大きかった時代です。パスポートの申請に同行したり、出発前に説明会を開いたりもしました。さらに、旅行中もお客様と同じテーブルで食事を共にしました。満足されているか常に気を配るなど、徹底的にお世話するスタイルを貫いていたのです。
ーー貴社へ入社された経緯を教えてください。
井上善行:
飲食業に転身したきっかけは、添乗員として担当したツアーに、弊社の会長ご一家が参加されていたことです。もともと大学時代に飲食のアルバイトを長く経験していたため、食の世界に入ることへの抵抗は全くありませんでした。お客様に喜びや楽しみを提供するという点では、旅行業も飲食業も同じだと感じています。
社運を賭けた「ハレの日戦略」の幕開け
ーー社長就任までの間に取り組まれたことについて、教えてください。
井上善行:
1988年に入社し、その翌年、会社は社運を賭けてカニ料理専門店「かに政宗」の1号店を開店しました。投資額3億円という大きな挑戦でしたが、幸運にも入社7か月の私が初代店長に任命されました。
当時、客単価750円程度のファミリーレストランと5,000円以上の高級店の間に空白地帯があり、「かに政宗」では単価3,500円前後を狙いました。高級店の品質を、ご家族でも利用できる価格帯で提供したのです。
そこで、「ファミリーダイニング」というコンセプトを打ち出し、誕生日や敬老の日といった「ハレの日」の需要を的確に捉えることができました。この店の成功が銀行の信用を高め、会社の礎を築きました。
ーー前職の経験はどのように活かされましたか。
井上善行:
人の顔と名前を覚えるのが得意で、それはこの店でも大きな武器になりました。常連のお客様には「佐藤様、いつもありがとうございます」と名前で呼びかけました。さらに、職業やお好きなビールの銘柄まで把握し、お席の好みにも配慮したのです。ファミリーレストラン以上の質の高い接客を心がけたことが、お客様の心を掴んだ要因だと思います。
毎日食べられる「日常食」で地域に根差す

ーー貴社の事業の独自性についてお聞かせください。
井上善行:
日本のファミリーレストランの上位のほとんどは洋食ですが、当社は和食を主軸としています。和食は地域性が強く、調理の標準化も難しいため、全国的な大チェーンが生まれにくい。だからこそ、私たち自身で道を切り拓いていく必要があります。当社は東北から全国、そして世界へと展開していくことを目指しています。
ーー主力業態「まるまつ」のこだわりは何ですか。
井上善行:
コンセプトは、「毎日食べても飽きない日常食」です。焼き魚やとんかつ、カレー、ラーメンまで、普段の食事として楽しめる豊富な品揃えが特徴です。普段の食事として、あらゆる年代のお客様にご利用いただいております。
そして4つの「便利さ」も追求しています。車で気軽に行ける「距離の便利さ」、豊富な「商品の便利さ」、手頃な「価格の便利さ」、そして迅速に提供する「時間の便利さ」です。この戦略で、人口2万人規模の町でもファミリーダイニングとして地域に根付いています。
豊かな食生活をすべての人へ届け、世界へ和食の可能性を拓く
ーーどのような会社を目指していますか。
井上善行:
前会長からは、「会社は社会に貢献しなくてはならない」と教わりました。地域の方々に「この店がないと困る」と言われる存在になることが目標です。当社では3つの社会貢献を掲げています。1つ目は、飲食を通して安くて美味しく、健康的な食事を提供すること。2つ目は、出店による雇用の創出。3つ目は、利益を上げて納税の義務を果たすことです。
この理念の背景には、ダイエーの中内功氏やセブン&アイの伊藤雅俊氏らが学んだ「ペガサスクラブ」の教えがあります。その理念は「経済民主主義の実現」。つまり、地方にいても、誰もが豊かな生活を享受できるようにするという考え方です。私たちはそれを飲食の世界で実現しようとしています。
また、給与や福利厚生の面でも業界随一を目指し、従業員の幸福を追求することも重要な使命です。
ーー今後の事業展開についてお聞かせください。
井上善行:
現在の店舗展開は、東北6県と栃木県にファミリーレストランである「和風レストランまるまつ」を87店舗、かに料理店・そば店等の専門店を23店舗、合計110店舗を展開しておりますが、前会長から受け継いだ「1,000店舗、1,000億円の売上」という大きな目標があります。
日本の人口が減少する中で、海外展開は重要なテーマです。特に食文化が近く、若い労働力も豊富なベトナムやカンボジアといった東南アジアに注目しています。日本で育った人材が母国で店を展開する、そんな夢も描いています。
もう一つの柱として、当社の原点である蕎麦屋の業態を強化していきたいと考えています。創業以来の自信がある「つゆ」を武器に、不況にも強い専門店として研究を進めているところです。
時代の変化に取り残されないよう、常に新しい業態を開発し、お客様が本当に欲しい商品を追求し続ける。歴史に裏打ちされた独自の味でこれからも差別化を図っていきます。
編集後記
旅行代理店の添乗員から飲食業界の経営者へ。井上氏のキャリアは異色に見えるが、その根底には「お客様を喜ばせたい」という一貫した哲学が流れている。ツアー客一人ひとりの満足を追求した経験が、店長として顧客の心を掴む力となった。それはやがて、会社全体を導く理念へと昇華したのだ。地域に愛される「日常食」を追求する一方で、海外展開や新業態開発という挑戦を続ける同氏。その視線は、東北の地から世界市場を捉えている。

井上善行/大学卒業後、海外旅行専門の旅行代理店に入社し、添乗員などとして約9年間勤務。その際に担当したツアーがきっかけとなり、1988年に株式会社カルラに入社。1989年、社運を賭けた新業態「かに政宗」の初代店長に抜擢され、店舗を大成功に導く。その後、2013年に同社の代表取締役社長に就任。お客様に喜んでもらうことを信条に、会社の成長を牽引している。