
大阪を拠点に、本格タイ料理レストランを展開するワールドプロテクター株式会社。同社が運営する5店舗は、タイ政府から最高ランク「5つ星レストラン」の認定を受けている。そのクオリティの高さで知られているが、同社の真の強みは料理の味だけではない。広告や建築デザインで培った経験を武器に、店舗ごとに異なるコンセプトを創造。圧倒的な世界観で「タイを旅するような体験」を提供し、独自のブランドを確立している。
創業以来、一貫して「本物」を追求し続ける同社の代表取締役 兼 プロデューサーの梶原 広視氏に、異業種の経験を強みに変える経営戦略と、長く愛される店づくりの秘訣をうかがった。
タイで得た確信「本物」が紡ぐ空間と食文化
ーーこれまでのご経歴について教えてください。
梶原広視:
私のキャリアは、学生時代のイベント企画・運営から始まりました。やがて自身の専門である広告デザインと、家業の建築業を掛け合わせ、デザイナーズマンションのプロデュースへと発展しました。
この建築の仕事がきっかけとなり、頻繁にタイを訪れるようになったのが大きな転機でした。現地の職人に特注したチーク材の家具や照明を日本に持ち込む経験を重ねるうち、「本物の素材こそが最高の空間を創る」という確信を抱くようになります。
そうして理想の空間を追求し、タイと深く関わる中で、もう一つの魅力に出会います。それが現地の奥深い食文化でした。当時の日本には本格的なタイ料理店がまだ少なかったことから、「この空間と本場の味を日本で表現したい」という思いが募り、飲食事業への挑戦を決意したのです。
「タイ周遊」という体験価値、全店舗で織りなす世界観
ーーなぜ建築業と並行して飲食事業を始められたのでしょうか。
梶原広視:
27歳で本店を立ち上げてから約10年は、広告デザインと建築が主業でした。飲食はあくまで一事業部という位置づけです。大阪市内は商圏が限られるため、同一コンセプトの店を増やすとお客様を取り合う可能性があります。ですから当初は多店舗化を想定していませんでした。
評判の広がりとともに商業施設からお声がけをいただき、発想を転換しました。店舗ごとに価格帯・コンセプト・ターゲットを明確に分ければ、お客様がシーンに応じて使い分けられると考えたのです。たとえば同じビル内でも、特別日のディナーと日常のカジュアルでは、内装・メニュー・体験を意図的に変える設計にしています。
私たちはタイ料理レストランを運営していますが、すべての店舗に異なるコンセプトを持たせています。1店舗で“タイ全域”を表現すると焦点がぼやけます。そこで店舗ごとに地域のメニューや伝統的な雰囲気を担わせ、全店を巡ると“タイを周遊した体験”になるよう設計しています。
徹底した本物志向が生む圧倒的な参入障壁

ーー貴社が運営するレストランの特徴についてお聞かせください。
梶原広視:
タイ政府商務省の認証制度『Thai SELECT』において、当社運営の5店舗が最上位区分『Thai SELECT Signature(シグネチャー)』に認定されています(五つ星相当)。本格的な味に加え、料理品質・内装・サービスの総合力が評価されたものです。
面接と試食で実技を確認し、高級ホテル出身者などハイレベルな候補にも積極的にアプローチする仕組みを続けてきました。このプロセスを24年間継続することで、日本にいながら“現地の味”の再現度を高く維持しています。
ーーその他にこだわっていらっしゃることはありますか。
梶原広視:
内装のデザインと設計は自社で一貫して行い、伝統モチーフを現代に調和させた美意匠で、チーク材の家具や装飾を現地で製作し、導入しています。創業当初からの広告・建築・デザインの知見がすべて接続しています。初期投資はかかっても、自然素材とタイの伝統を軸にすれば流行に左右されず長く愛される。それが模倣困難な参入障壁となり、持続する店づくりにつながります。
時代を捉える事業多角化とDXによる新たな挑戦
ーー近年、特に注力されている取り組みについて教えてください。
梶原広視:
社会の変化に対応するため、高級業態だけでなく“短時間で使える・一人でも入りやすい”カジュアル形態も強化しています。コロナ禍には阪神梅田本店で一人客に最適化した店舗や惣菜店をオープンし、来店ハードルを下げる間口を広げました。また、2年前からは冷凍食品の通販も開始し、全国のお客様に私たちの味をお届けしています。
現在、お客様の約3割が海外からの方であり、インバウンド強化は今後の重要なテーマです。専用メニューの用意や、多言語でのSNS発信を行っています。その発信を見た海外のお客様がご自身のSNSで情報をシェアしてくださることで、新たなお客様が訪れるという好循環が生まれています。
ーー業務改善にはどのように取り組まれていますか。
梶原広視:
予約は手書きが中心で、複数サイトの空席調整が大きな課題でした。そこで全店舗の予約状況をリアルタイムで共有し、各サイト在庫を自動調整する仕組みを導入しました。機会損失の抑制と予約管理の効率化に加え、データの可視化で前日準備の精度も向上しています。
次世代リーダーの育成と国籍を超えたチームビルディング
ーー従業員の方との関係構築で意識していることはありますか。
梶原広視:
“お金に換えられない価値”を大切にしています。風通しの良い食事会を定期的に開き、近年は休館日に船を貸し切ったBBQなど、多国籍のメンバーが自然に交流できる機会も企画しています。
こうした取り組みが従業員の定着率向上に繋がると考えており、DXによる業務効率化を進める一方で、人間的な繋がりという「アナログ」な側面も経営の両輪として意識しています。
ーー経営幹部や後継者の育成について、どのようにお考えですか。
梶原広視:
経営や運営の幹部には、判断力や経験といった多角的な能力が求められます。過去のナレッジを共有し、若手が早期に成長できる環境を整えることが大切です。また、国籍の異なるスタッフが多いため、文化の違いを越えて協働しなくてはなりません。そのために相互理解を促す教育に力を入れています。
ーー最後に、これから共に働く方へメッセージをお願いします。
梶原広視:
他社にはできないことを自ら実行し、新しい価値を創り続けるリーダーになってほしいです。たとえば、現代的なものと伝統的なものなど、相反する要素のバランスを取ることが大切です。そうしながら、お客様に刺激や楽しさを提供していく。そのようなことをデザインできる方を求めています。一緒に新しい価値を創っていきましょう。
編集後記
広告、建築、飲食。それぞれ異なる領域に見えるが、梶原氏の話の根底には「体験をプロデュースする」という一貫した哲学が存在する。それは、イベント業からキャリアをスタートさせた同氏ならではの感覚なのだろう。タイの文化への深い敬意をベースに、現地の職人技と世界の美味を掛け合わせ、唯一無二の空間を創造する。変わるべきものと変わらないものを見極める鋭い視座こそが、20年以上にわたりブランドを輝かせ続ける源泉なのだろう。

梶原広視/1972年大阪府生まれ。関西大学大学院修了(社会情報学)。広告デザインと建築の知見を融合し、デザイナーズマンションや店舗のプロデュースを展開。1999年にワールドプロテクター株式会社を設立。2001年、大阪でタイレストラン『チェディルアン』を創業し、空間から運営まで一体で設計するブランドを育てる。現在、同社で展開する5店舗がタイ政府の認証制度『Thai SELECT』において、最上位の『Thai SELECT Signature』を取得(2025年9月現在)。