※本ページ内の情報は2025年7月時点のものです。

「楽しい食事=楽食」を掲げ、福祉施設や医療機関に向けた食事提供を行う藏(くら)ウェルフェアサービス株式会社。代表の藤岡和子氏は、この仕事の前は、宝石店を経営し、誠実な接客で信頼を積み重ねてきた人物だ。福祉給食の世界に足を踏み入れてからは、業界の「当たり前」に疑問を投げかけ、現場から仕組みまで徹底的に改革を行った。営業職ゼロでも20期連続で解約なしという実績の背景には、確かな信念があった。

宝石店経営で広がった世界。根底にあるのは「誰かに喜んでもらいたい」思い

ーーこれまでにさまざまな事業に取り組まれてきたそうですが、最初の挑戦は宝石店だったのですね。

藤岡和子:
大学卒業後に父の会社に入ったものの、その後の結婚、出産、離婚というライフイベントを経て、仕事のキャリアが途絶えていたところ、父の知人からの「宝石店をやってみたらどうか」という一言をきっかけに始めました。接客業について何も知らないまま、大阪の心斎橋に店舗を出すことになり、「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」の練習から始めました。

業界未経験で、もちろん不安もありましたが、次第に夢中になっていきました。接客を重ねるうち、「この方にはこういうものが映える」と感じたものを真心を込めてご提案すると、驚くほど喜んでいただけたのです。いつのまにか「売る」という感覚よりも、「似合うものを届けたい」という気持ちで動いていました。

その後は父の仕事のつながりで、車の営業の方と一緒に全国の運送会社をまわり、経営者の方に宝石を販売することもしていました。大きな鞄に商品を詰めて行商するスタイルも経験しました。

ーーお客様との関係の中で、仕事への意識はどう変化していきましたか。

藤岡和子:
やっぱり「売れたらいい」ではなく、「お客様に喜ばれることがうれしい」という気持ちに尽きます。大切な記念日に選んでくださることは光栄ですし、何年かたってお会いした時に、「これ、あのときの指輪なのよ」と見せていただいたときは、本当に心が震えました。

宝石店を経営する中で、いろんな方とのご縁も広がり、知人に請われて展示販売会をしたり、飲食店の立ち上げにも関わったりしました。焼肉店では仕入れや内装などすべての業務に関わり、勉強になりました。ジャンルは違っても「誰かに喜んでもらいたい」という思いだけは、ずっと変わっていません。

給食ではなくサービス業として「当たり前を疑う」から始まった改革

ーー福祉給食業界へ入ったきっかけについて教えてください。

藤岡和子:
40歳のとき、懇意にしていただいている方が運営する高齢者施設から「食事を自社で用意したい」と相談を受けたことが始まりでした。話を聞いているうちに、「給食業界ではこれが当たり前」という言葉に、強い違和感を抱くようになりました。そこで、しっかりと取り組むことにしたのです。

たとえば、「残業代が出ない」「早朝から深夜まで働く」といった状況は、一般の感覚では考えられない話です。まずは労働環境の改善から始め、長時間勤務の廃止、残業代や休日出勤の手当支給、福利厚生の充実に取り組みました。

また、長年の慣習から、「給食といえば、この程度の食事で十分だろう」という意識もありました。しかし、利用するお客様の立場に立って考えれば、出す側の都合を優先するのはおかしいですよね。お客様にお金をいただいて食事を提供する以上、それは単なる「給食」ではなく、ご満足いただける「サービス」でなくてはなりません。

当時は各施設が個別に食材を発注していて、コストも品質もバラバラでした。そこで、本社でメニューを作成し、1,000種類以上登録のあった食材を整備し、本社管理の食品台帳を作成しました。発注を一元化し、スケールメリットを活かして仕入れのムダを省き、高い品質を保てる仕組みを築きました。行事食やおせち料理なども本社で統一レシピを作成し、全ての施設で一斉に展開できるように改善しました。

「解約ゼロ」が物語る顧客との絆。誠実一路のサービスを続ける

ーー将来の展望として、どのような企業でありたいとお考えですか?

藤岡和子:
将来的な人手不足を見越して、2018年にセントラルキッチンを新設しました。当初は赤字を覚悟して事業部として運営を始めたのですが、3年後に黒字化しました。現在では1日最大1万2,000食が生産可能となり、福祉給食に加え、学校給食や、病院向けのメディカル給食にも展開しています。

特にメディカル給食は新しい分野です。院内の基準や患者様の状態に合わせて「食のリハビリ」を提供することで、健康な身体づくりのサポートを目指しています。従来の味気ないイメージの「病院食」ではなく、減塩に気遣いながらも出汁で味わいを追求したり、入院中でも季節感を感じていただけるようにバリエーションを増やしたりする努力をしています。

また、弊社は営業職を置かず、契約はすべて紹介や問い合わせからのお客様に絞っています。結果は20期連続で「解約ゼロ」。これは私たちが「できること・できないこと」を誠実にお伝えし、それでも信頼してくださるお客様に応える努力を続けてきた結果だと思います。営業トークではなく、現場を知る私自身が伝えるからこそ、安心していただける。今後もその姿勢を崩さず、単に食事を提供するだけではなく、「心ある食事を届ける会社」として、地道に誠実に歩んでいきたいと思っています。

編集後記

ユニークな経歴で様々な事業を展開する中でも、変わらないのは誠実にお客様のために取り組む姿勢だ。特に福祉給食やメディカル給食は、食が利用者の健康に直結する事業だけに、信頼感が事業を大きく左右する。業界の古い部分はどんどん改善して、「お客様のために」というサービス業の軸を貫いてきた成果が、20期連続解約ゼロという結果にも表れている。今後さらに、多様な食の需要が高まることが予想されるが、同社はどんな時も変わらず、ニーズに合わせた「楽食」を届け続けていくだろう。

藤岡和子/藏ウェルフェアサービス株式会社 代表取締役。大学卒業後、父の会社に入社し、その後宝石店を開業。誠実な接客で信頼を集め、行商や展示会、飲食店経営など多彩なビジネスを経験。40歳で福祉施設向け食事提供事業をスタートし、2005年に藏ウェルフェアサービス株式会社を設立。業界の慣習にとらわれず、サービス業としての給食改革に取り組んでいる。