
工場の生産ラインで活躍する、オーダーメイドの自動化装置を手掛ける株式会社ユタニ。企画提案から設計、製造、据付まで一貫体制を強みに、自動車部品や家電、さらには貨幣といった、現代社会に不可欠な製品づくりを根底から支えている。銀行員から転身した経歴を持つ代表取締役社長の辰巳芳丈は、入社当時に直面した厳しい現実を乗り越え、理念経営を軸に組織を大きく変革させてきた。「社会の礎をデザインする」という情熱を胸に、業界内で確固たる存在感を放つ企業への飛躍を目指す、同氏の挑戦の軌跡と未来への展望に迫る。
銀行員から製造業へ。チームで挑むものづくりへの道
ーーまずは、これまでのご経歴からお聞かせください。
辰巳芳丈:
大学卒業後は、地元の北陸銀行に就職しました。就職活動中、地元に戻る選択肢を考えた際、通っていた中学校の校区内に本店があり、日常的にその大きな建物を目にしていたことから、身近な存在であった銀行に縁を感じたのがきっかけです。入行後は大阪の支店を皮切りに富山の支店へ転勤し、法人渉外担当を経験。2002年頃には、友好姉妹都市であった中国の大連へトレーニーとして赴き、日本企業の進出を現地でサポートする貴重な機会も得ました。
その後、義理の父が社長を務めていた弊社に入社しました。私には銀行員として多くの中小企業の経営に触れる中で、経営そのものに魅力を強く感じていたことや、学生時代に打ち込んだサッカーのように、チームで一つのものをつくり上げることへの思いがありました。そうした中で今後のキャリアを考えたとき、義父が経営する会社で自分の力を試したいという気持ちが固まり、弊社への入社を決意したのです。
ーー異業種へ飛び込まれ、どのような課題に直面しましたか。
辰巳芳丈:
まず、前職の銀行員時代とは働く環境が全く異なりました。それまでのスーツ姿から一転、作業服と安全靴で仕事をするスタイルになったのです。また、入社当時、現場の平均年齢は50歳を超えており、お客様からは「三流メーカー」として扱われることもあり、非常に悔しい思いをしたことを覚えています。会社を変えたいという一心で、入社して間もない頃から当時の社長や専務に改善案を直談判しましたが、話は聞いてもらえても、なかなか実行されず、組織はすぐには変わりませんでした。
理念が組織を変える。人を育てる文化の醸成

ーー経営者として、どのようなことを大切にされていますか。
辰巳芳丈:
専務時代に作成した経営理念や、未来のビジョンを社員に伝え続けることを何よりも大切にしています。言葉だけでは伝わりにくいと考え、理念やビジョンをイラストにして、誰もが視覚的に理解できるように工夫しています。
経営理念については、以前、採用面接で自社のことをうまく説明できない自分に気づき、会社の目指す姿や存在意義を言語化する必要性を痛感したことから、2代目、3代目の経営者が大切にしてきた思いや、私自身が10年間で感じたすべてを盛り込みました。2019年に策定し、方針、計画のPDCAを進めていき、2021年の社長就任後もその実践を日々進めています。
ーー人を育てる文化について、具体的な取り組みを教えてください。
辰巳芳丈:
社員は採用して終わりではなく、「共育」に力を入れています。特に新卒採用社員に対しては、入社の半年前から先輩社員たちが「共育プロジェクトチーム」を結成し、育成計画を立てます。OJTや外部研修はもちろん、定期的な振り返りを通じて、会社全体で新人を育てていく共育体制です。
また、評価制度も、社員の自主性を尊重する形に整えました。まず会社の大きなビジョンから各グループの目標、そして個人の目標へと落とし込み、社員一人ひとりが自ら目標を設定します。その一人ひとりの挑戦を1年間サポートしていく仕組みが「チャレンジシート制度」です。これらの取り組みを通じ、他者からの評価を素直に受け入れ、自分を磨き続ける文化を醸成したいと考えています。
ワンストップメーカーへの進化と未来への展望

ーー貴社の事業内容や強みについてお聞かせください。
辰巳芳丈:
弊社は主に、コイル状の金属材料をプレス機に供給する一連の自動化装置、いわゆる「コイルラインシステム」をつくっています。一般の方の目に触れることはありませんが、自動車部品やエアコン、冷蔵庫といった身近な製品から、造幣局でつくられるお金まで、世の中のさまざまなものづくりを支えています。
弊社の強みは、お客様のニーズに合わせたオーダーメイド開発を基本とし、企画提案から設計、製造、据付、メンテナンスまで、すべてを自社で一貫して行える点です。工程が分断されていないため、お客様のご要望を細部まで反映した装置づくりができます。また、納品後のメンテナンスまで責任を持つことで、お客様に20年、30年と長く、安心して機械を使い続けていただくための体制を整えています。
ーー今後、どのようなことに取り組まれる予定ですか。
辰巳芳丈:
これまでは生産ラインの一部の工程を担うメーカーでしたが、今後はさらに対応領域を広げていく方針です。生産ラインの上流から下流まで、より多くの工程をカバーするため、他社との協業も積極的に進め、お客様にとっての真の「ワンストップメーカー」を目指します。
そのための基盤となる新工場の建設も進めています。事業拡大への対応はもちろん、社員の安全確保やお客様に20年、30年と安心して機械を使い続けていただくための体制強化にも繋がる重要な投資です。この新工場を拠点に、地域の子どもたちにものづくりの楽しさを伝えるオープンファクトリーのような社会貢献活動も、さらに発展させていきたいと考えています。
こうした取り組みの根底にあるのが、「非合理への挑戦」というテーマです。効率やマニュアルだけを追い求めるのではなく、一見すると非合理に見えるような手間のかかる仕事にこそ、お客様にとっての本当の価値が宿ると信じています。この信念を胸に、唯一無二の存在になるべく挑戦を続けます。
編集後記
銀行員から製造業へ飛び込み、辰巳氏が目の当たりにしたのは「三流メーカー」という悔しい悔しい現実だった。その逆境をバネに、彼は組織の根幹である理念の策定から着手。ビジョンを可視化し、社員一人ひとりの目標へと落とし込むことで、自主的に動く強い組織へと再生させた。彼の挑戦は、単なる事業承継ではない。それは過去への敬意と未来への強い意志が融合した、ものづくり企業の新たな価値創造の物語である。その挑戦はこれからも続く。

辰巳芳丈/1973年富山県生まれ。1995年、関西学院大学卒業後、株式会社北陸銀行に入行。2004年株式会社ユタニに入社。2013年、専務取締役に就任。2021年、代表取締役に就任。現在に至る。