※本ページ内の情報は2025年8月時点のものです。

実用金属で最も軽いマグネシウムを用いた部品製造で、世界トップクラスのシェアを誇る株式会社STG。M&A(企業の合併・買収)と海外展開を両輪に成長を続け、新興企業向けの株式市場であるグロース市場への上場を果たす。かつて2億円規模だった町工場を、グローバル企業へと押し上げた背景には、幾多の苦難と大胆な決断があった。代表取締役社長、佐藤輝明氏に話を聞いた。

25名、2億円の町工場から始まった挑戦

ーーこれまでのご経歴についてお聞かせください。

佐藤輝明:
大学卒業後、5年間は日本通運の関連商社で働いていました。家業を継ぐことは全く考えていなかったのですが、社会人5年目の冬に転機が訪れます。サラリーマン生活は順調だった一方、父が経営する会社は業績が悪く、両親が資金繰りのことで喧嘩する姿を目の当たりにしました。それを見て、会社を助けたいという思いが芽生え、1997年に父の会社に入社したのです。

ーー入社後、最初に取り組まれたのはどんなことですか。

佐藤輝明:
当時の会社は社員25名で、売上2億円ほどでした。仕事は忙しいのになぜか利益が出ず、労務管理も曖昧な状態だったのです。そこで現場に入り、作業時間を秒単位で計測・分析しました。すると、返品された部品の修正に多くの残業時間が割かれていることが判明したのです。

原因となっていた検査工程を外注化したことで、生産量にかかわらず発生する固定費を、生産量に応じて変動する費用(変動費)に変え、利益の出る体質へと転換できました。結果はすぐに出て、その年には2500万円の利益を生み出せたのです。

逆境を好機に 事業拡大を加速させた2つの転機

ーー事業はどのようにして拡大していったのでしょうか。

佐藤輝明:
ある商社からマグネシウム事業の話を持ちかけられたことが、大きなきっかけとなりました。パナソニックが開発するノートパソコンの部品加工を弊社が請け負うことになり、Windows95のブームも追い風となって売上は2億円から6億円まで一気に伸びました。静岡の「東静工業」という会社が部品の成形(一次加工)を、弊社が精密な仕上げ(二次加工)を担うという連携でした。その後、ソニーの「VAIO」などさまざまな製品に採用され、事業は大きく成長しました。

ーーその後のご経験で、特に大きな転機があれば教えてください。

佐藤輝明:
2008年の世界的な金融危機(リーマンショック)の際、連携していた静岡の会社が破綻してしまったことです。当時、弊社も売上の3〜4割を失い、1億円以上の赤字を抱える危機的な状況でした。しかし、その会社の技術力を惜しむ破産手続きを管理する弁護士(管財人)から声がかかり、弊社が支援企業として再生を引き受ける決断をしました。

このままでは衰退していくという危機感から、「どうせ駄目になるなら前に進んでからにしよう」という一心でした。このM&Aによって、現在の事業の基礎であるマグネシウムの一貫生産体制が築かれたのです。

目指すは世界市場 タイ進出と上場への道のり

ーー上場を目指されたきっかけを教えてください。

佐藤輝明:
M&Aで事業基盤はできましたが、日本市場だけではいずれまた同じことの繰り返しになると感じていました。この技術を海外で展開したいと考え、当時デジタルカメラの一大生産地だったタイに目をつけました。現地に進出するにあたり、成長企業に投資する会社(ベンチャーキャピタル)から出資を受けました。その際に投資資金の回収計画(出口戦略)を問われたのが、上場を明確に意識したきっかけです。

ーー実際に上場を果たされた時の心境はいかがでしたか。

佐藤輝明:
最初はプロ投資家向けの市場(東京プロマーケット)に上場しました。しかし、株主のほとんどが知り合いだったため、株の売買が活発に行われない状態でした。「もし一般市場へ移れなかったらどうしよう」という不安がありました。

その後、グロース市場へ上場できた時は、正直ホッとしました。東京プロマーケットの時から支えてくれた株主に対して、上場後初めて付いた株価(初値)で期待に応えることができました。ひと安心したというのが本音です。

三つの輝きを追求 なくてはならない存在へ

ーー仕事をする上で大切にされている信念はありますか。

佐藤輝明:
「しんどい時ほど逃げない」ということです。会社に行きたくない日や、話したくない相手もいました。しかし、そうした問題から逃げずに正面から向き合うことを徹底してきました。楽な道と苦しい道があれば、常に苦しい道を選ぶ。それは自分への「投資」だと考えています。挑戦なくして成長はありませんから。

また、経営理念として「三つの輝き」を掲げています。これは、売り手・買い手・社会の三者が潤う「三方よしの精神」であり、「お客様の輝き」「働く仲間の輝き」「社会全体の輝き」を同時に実現することを目指すものです。

ーー今後の事業展開について、どうお考えですか。

佐藤輝明:
M&Aと人材採用を軸に成長を続け、将来的にはプライム市場への上場と売上300億円を目指します。目標は、精密小型モーターの「ニデック」や電子部品の「TDK」のような企業です。表舞台には立たずとも、その製品がなければ世の中が動かない。そんな「縁の下の力持ち」として、社会になくてはならない会社になりたいと考えています。

その実現のため、ものづくりが好きでその道を極めたいという情熱のある方、そして世界を舞台に活躍したいという意欲を持つ方に来ていただきたいです。弊社には、裁量を持って挑戦できる環境とチャンスが豊富にあります。

編集後記

赤字の町工場を救うため、20代で経営の世界に飛び込んだ佐藤氏。その歩みは、現場の課題を秒単位で見つめる地道な改善から始まり、逆境を好機に変える大胆なM&A、そして世界市場への挑戦へとつながっていた。その根底にあるのは「苦しい道は自分への投資」という揺るぎない信念だ。軽量金属の可能性を追求し、M&Aと海外展開でさらなる成長を目指す同社。その挑戦は、これからも多くの人々に輝きをもたらしていくのだろう。

佐藤輝明/1966年大阪府生まれ。1989年、立命館大学経済学部を卒業後、株式会社日通商事(現・NX商事)に入社。1994年に有限会社三輝ブラスト(現・株式会社STG)に入社し、1999年、取締役に就任。2006年、三輝特殊技研(香港)有限公司を設立し、同社董事長に就任。2009年、株式会社STGの代表取締役社長に就任。その後、2011年、サンキ・イースタン(タイランド)株式会社 代表に就任。2021年、STX PRECISION(JB)SDN. BHD.取締役に就任。現在に至る。