
静岡県に拠点を置き、98年の歴史を誇る株式会社大川原製作所。乾燥装置を主軸に、お菓子や調味料といった食品から医薬品に至るまで、幅広い産業の製造工程を支える高い技術力を持つ。同社の強みは、長年の経験と顧客からの厚い信頼、そして自らの仕事に誇りを持つ社員たちの「人間力」にある。
この伝統ある企業で、数々の改革を力強く牽引するのが、副社長の大川原綾乃氏だ。「痛みなくして得るものなし」という信念のもと、変革の先頭に立つ同氏に、その挑戦の軌跡と未来への展望を聞いた。
リクルートで培った情熱を胸に 家業への参画を決意
ーーまず、これまでのご経歴についてお聞かせください。
大川原綾乃:
漠然とですが、大学に入る頃から「いずれは大川原製作所に入るのだろう」と考えていました。父である社長から「継げ」と言われたことは一度もありません。しかし、その働く姿を見ていた影響は大きかったと思います。大学ではマーケティングを専攻し、消費者の反応が分かりやすい個人向け(BtoC)のメーカーに就職したい気持ちもありました。しかし、就職活動でリクルートという会社に出会い、選考過程で会う方々の人柄に強く惹かれ、「この人たちと働きたい」という思いで入社を決めたのです。
ーーリクルートに入社された後、どのような経緯で家業を継がれたのでしょうか
大川原綾乃:
リクルートでは人材紹介事業に携わり、中小企業の社長様とお話しする機会が多く、自然と経営的な視点が身につきました。非常に忙しい毎日でしたが、あるときMVPを受賞し、一つの区切りを感じたのです。お客様と向き合い続けた時間は大きな財産ですが、「このパワーを家業に向けるべきではないか」という葛藤が常にありました。
実は、リクルートの最終面接で「将来、家業を継ぐのでいずれ退職します」と伝えていたのです。当時の上司はそれを理解し、「お父様が『よくやった』と迎え入れられるような成績を残せるよう、全力でサポートする」と後押ししてくれました。その言葉のおかげで非常に濃密な時間を過ごし、良い成績を残して、大川原製作所に入社することを決断しました。
伝統と革新の狭間で 入社後に直面したギャップと改革への挑戦
ーー製造業の現場に入られて、当初はどのような印象を受けましたか。
大川原綾乃:
入社してまず驚いたのは、職場に男性があまりにも多かったことです。リクルートは性別に関係なく成果を出す人が評価される文化でしたから、そのジェンダーギャップは衝撃でした。また、常に会話が飛び交う活気ある職場から、設計者が図面に向かう静かな環境への変化も大きかったです。都会との差も含め、「ここで私はどうやっていくんだろう」という不安を強く感じました。
ーー入社後、特にご苦労されたエピソードがあればお聞かせください。
大川原綾乃:
2016年頃から女性活躍を起点としたダイバーシティ推進のために、「OKWoMen」というプロジェクトチームを立ち上げました。しかし当初、当事者である女性たちからも「なぜ私たちがやらなければいけないのか」という戸惑いや疑問の声も聴かれました。経営層に3年間の計画を提案しても全く賛同を得られず、父である社長からも厳しい言葉をかけられ、完全に板挟み状態でした。メンバーへの申し訳なさでいっぱいでしたが、とにかく前に進めようと、外部のコンサルタントにも協力してもらい、トイレの改修など本当に小さなことから始めました。
ただ、それだけではスピードが足りないと感じ、経済産業省の「新・ダイバーシティ経営企業100選」をはじめ、外部の賞を積極的に受賞し、改革をやらざるを得ない状況をつくったのです。すると、賞の審査プロセスにおける経済産業省からのヒアリングなどを通じて社長の考えが変化し、一気に改革が進むようになりました。
ーー社内からの否定的な意見もあった中で、どのように乗り越えてこられたのでしょうか。
大川原綾乃:
何か行動を起こして反対意見が出るとき、私は「変化を起こしている証拠だ」と捉えるようにしています。動き出したからこそ反発や混乱も生まれるのだと、前向きに考えるのです。何かを変えるとき、全てがうまくいくことはありません。私はいつも「No pain, no gain(痛みなくして得るものなし)」という言葉を胸に刻んでいます。痛みを伴わなければ何も変えられませんし、得られるものもない。その考え方を大切にしながら、前に進んでいます。
98年の歴史が紡ぐ信頼 技術と「人」で支えるモノづくり
ーー改めて、貴社の事業内容と強みについて教えてください。
大川原綾乃:
弊社は1927年創業で、乾燥装置を主軸としたメーカーです。乾燥だけでなく、濃縮、造粒、殺菌といった周辺技術も扱い、食品、化学、医薬など多岐にわたる分野に技術やサービスを提供しています。一番の強みは、98年の歴史で培ってきた技術力と経験、そして「人」です。お客様からは「大川原さんに頼めば間違いない」という信頼をいただいており、引き合いを非常に多く頂戴しています。
ーー貴社ならではの企業文化について教えていただけますか。
大川原綾乃:
「まじめで、元気で、さすがと言われる会社にしよう」という社是を、まさに体現しているような社員ばかりです。たとえば、皆様が普段口にされているお菓子や調味料、医薬品なども、多くは弊社の装置によってつくられています。このように、生活に欠かせない製品を陰ながら支えているという自負と使命感を社員一人ひとりが持っているからこそ、お客様に真摯に向き合う「人間力」が生まれ、評価につながっているのでしょう。また、トラブルがあった際に逃げない姿勢も、お客様からよく評価いただく点です。最後まで責任を持ってやり抜く文化が、昔からこの会社には根づいています。
次の100年を見据えて DXとグローバル化で拓く未来

ーー今後の事業展開について、特に注力していきたい分野は何でしょうか。
大川原綾乃:
今年から始まった中期経営計画の大きな柱は、「DX」(※1)と「海外展開」です。社内の情報格差をなくし、誰もが活躍できる基盤をつくるためにDXは不可欠だと考えています。海外展開については、今年の夏にタイに事業所を設立しました。これはタイ人の社員が「やりたい」と声を上げてくれたからこそ実現したもので、まさに多様性が事業戦略に結びついた好例です。人口減少が進む国内市場だけでなく、海外にも注力していきます。
(※1)DX:デジタル(IT)技術を使って、何かをトランスフォーメーション(大きく変える、変革する)すること
ーー事業を拡大していく上で、現在どのような課題に直面していますか。
大川原綾乃:
国内に加えて海外からの受注が増えている一方で、その量を生産できるキャパシティが追いついていない点です。特に海外では納期が重視されるため、生産体制の再構築、つまり「短納期化」が差し迫った課題となっています。新しい取引先の開拓や工場の建て替えを進めていますが、同じような装置をつくれる製造工場をM&Aすることも一つの選択肢として広く考えていかなければなりません。受注をいただいても、生産が追いつかず売上にならない「受注残が過剰」の状態を、一刻も早く解消する必要があります。
ーー今後の成長に向けて、どのような方々と一緒に働きたいとお考えですか。
大川原綾乃:
採用人数を目標にするよりは、「人が集まる会社」になりたいと考えています。キャリア採用は比較的順調なのですが、新卒採用、特にエンジニアの採用が非常に難しい状況です。この業界でエンジニアを中途で採用することは極めて困難なため、新卒のうちに採用し、育てていかなければ未来はありません。企業のブランド力だけでなく、弊社のダイバーシティやDXへの取り組みといった未来への姿勢に共感し、一緒に会社を創っていきたいと思ってくださる方に来てほしいと願っています。
編集後記
創業98年の歴史を持つ大川原製作所。その伝統を守りつつ、次代を見据えた変革を恐れない大川原氏の姿が印象的だ。「変化には痛みが伴う」と語るその言葉の裏には、困難を乗り越えてきた強い意志と、会社への深い愛情が感じられる。ダイバーシティ、DX、そしてグローバル化。大きな課題に真摯に向き合う同社の挑戦は、まだ始まったばかりであり、新たな仲間を巻き込みながら、さらに加速していくことだろう。

大川原綾乃/1982年生まれ、法政大学卒業。2005年、株式会社リクルートエイブリック(現・株式会社リクルート)に新卒で入社。営業を経て、2009年に株式会社大川原製作所に入社。営業、海外営業、総務人事を経験後、2022年、取締役副社長に就任。