
コロナ禍により人々の移動が止まり、旅行業界は未曾有の打撃を受けた。各社が存続をかけて奔走する中、株式会社IACEトラベルはクラウド型出張手配サービス「Smart BTM」のリリースで再成長への道を切り拓いた。その決断の背景には、9.11同時多発テロやSARSを原因とする危機を乗り越えてきた、西澤重治社長の経験と判断力がある。長年現場を知り尽くし、危機管理を突破力に変えてきた経営の源泉に迫る。
企業の規模ではなく自由と裁量を求めて入社
ーーこれまでのご経歴を教えてください。
西澤重治:
学生時代から旅行業に興味があり、新卒で弊社に入社しました。大手ではなく小規模な会社を選んだのは、若いうちから裁量を持って幅広く業務に挑戦できる環境に魅力を感じたからです。
当時は社員数も少なく、一人で何役もこなす必要がありました。しかし、その分、実践を通じて旅行手配のノウハウを学ぶことができました。創業者との距離も近く、直接指導を受けながら信頼関係を築けたことも大きな財産になっています。
1987年の入社以来、要職を歴任して創業者との信頼を深め、2000年に代表取締役を引き継ぎました。
コロナ禍で決断したDXと「Smart BTM」

ーー旅行業界全体が打撃を受けたコロナ禍では、どのような対策をとったのですか。
西澤重治:
コロナ禍では不要不急の出張や旅行が制限され、取扱高が約9割減少する厳しい状況に陥りました。その分「これから先どう生き残るか」を考える時間が取れたのも事実です。人の手による作業が多い従来のビジネスモデルでは、コロナ収束後も成長が見込めないと判断し、DX(デジタル技術活用による変革)による事業改革に舵を切りました。
平常時なら踏み切れないほど大胆な改革でしたが、逆風の中で開発投資を継続し、2021年10月にクラウド型の出張手配・管理サービス「Smart BTM(ビジネス・トラベル・マネジメント)」をリリースしました。出張需要が回復し始めた2022年4~5月頃には月次ベースで黒字化を達成し、2023年3月期通期でも黒字転換を果たしています。
ーー「Smart BTM」の特徴とその反響についてお聞かせください。
西澤重治:
「Smart BTM」は、「出張をもっとスマートに」というミッションのもと、出張手配から管理までをワンストップで行える法人向けのクラウドサービスです。航空券やホテルなどのオンライン予約に加え、専任スタッフがチャット・電話・メールで24時間365日対応するハイブリッド型のサービス体制が特徴です。
人材不足やコスト削減といった課題を抱える企業にとって、負担となりやすい出張手続きや清算管理を、「Smart BTM」が一手に引き受けます。導入コストも不要なため、現在導入社数を拡大しています。システム活用による効率化と、人によるきめ細やかなオペレーションを兼ね備えたサービスとして好評です。
営業担当者が各社のニーズを把握し、フォロー体制も強化しています。また、全サービスを社内で一貫対応していることも強みで、緊急時やトラブル発生時こそ弊社の真価がわかると考えています。
「ピンチはチャンス」の経営哲学
ーー幾多の逆境を乗り越えられて得た信念やお考えを教えてください。
西澤重治:
社長就任直後に9.11テロが発生し、アメリカ旅行を主軸にしていた弊社は大打撃を受けました。その際に「ピンチはチャンス」を合言葉に思いを一つにし、危機を乗り越えました。この教訓は2003年のSARSに活かされ、指示を待つのではなく、自主的・自律的に動く組織文化が培われたと感じています。
「状況がいい時こそ油断しない」ことも信条の一つです。平時から最悪の事態を想定し、リスクヘッジ策を講じています。9.11後には個人向けの海外のレジャー中心だった事業を見直し、国内のレジャーや法人・官公庁向け、在日米軍関連、クルーズ旅行などへ収益源を分散させました。
コロナ禍の衝撃は、過去の危機をはるかに上回るものでした。従来の策では通用しないほどの事態でしたが、先代から引き継いだ会社を持続的に成長させ、次の世代に託したいという強い意志で変革する道を選んだのです。この「ピンチはチャンス」の姿勢が成果につながったと実感しています。
経営者としては、自由と責任のバランスを重視しています。私自身、若い頃に裁量を与えられた経験が成長につながったように、社員にも挑戦の場を広く設けています。しかし、その裏には必ず責任が伴うことも伝えています。メンバー全員が当事者意識を持って考え、行動する組織文化を根付かせたいですね。
ーー今後の計画や展望についてお聞かせください。
西澤重治:
2025年4月に東証スタンダード市場へ上場しました。この上場を機に向上した信用力や資金基盤を活かし、さらなる成長を目指します。調達資金の半分以上は「Smart BTM」の機能拡充といったシステム開発に充当します。残りをオペレーション業務の効率化や営業強化に投入し、顧客満足をさらに追求していく考えです。
また、中期経営計画「VISION2030」を策定しました。2030年には取扱高500億円、営業利益15億円、取扱企業数3000社の目標を掲げています。弊社のサービスは製造業やIT関連企業などの中堅中小企業に多くご利用いただいています。近年は業種も多様化しているため、空港送迎など商材の幅も拡充し、利便性をさらに高めていきます。そして、国内で最も多くの企業に利用されるBTMサービスに成長させたいと考えています。
ーー最後に読者へのメッセージをお願いします。
西澤重治:
変化の激しい時代だからこそ、自分で考え、行動できる人材を求めています。弊社には新卒・キャリア採用を問わず、意欲あふれる方に対し幅広く機会を提供する企業文化があります。
私自身も会社の持続的な成長を目指し、日々変革と挑戦を続けています。皆さんも失敗を恐れず、「ピンチはチャンス」の気持ちで一緒に挑戦しましょう。
編集後記
西澤氏は、先を見通す判断力と実行力を発揮し、コロナ禍では「ピンチはチャンス」の精神で「Smart BTM」を生み出した。さらなる機能拡充とオペレーションの強化で顧客満足を追求し、中堅中小企業を支え続ける姿勢が鮮明だ。商材ラインナップの拡大とグローバル展開を通じて多様化する企業ニーズに対応し、旅行業界全体の成長を後押しする存在へと躍進するだろう。

西澤重治/1967年茨城県生まれ。1987年に株式会社IACEトラベルに入社。1992年に取締役東京支店長、2000年に代表取締役社長、2019年に代表取締役社長執行役員(現任)に就任。