
KYCコンサルティング株式会社は、テクノロジーで企業のマネーロンダリング対策やコンプライアンス遵守を支援する企業だ。日本では、金融機関以外の事業者におけるKYC(本人確認)の実施や監査に十分な強制力がなく、また個人情報保護法との整合性の問題もあって、効果的なリスク管理が難しい現状があります。こうした課題を解決し、「世界水準のKYC社会インフラを構築する」ことをビジョンに掲げる。同社を率いるのは、代表取締役社長の飛内尚正氏。海上自衛隊、リスクマネジメントの専門家を経て、52歳で起業した経歴を持つ。その決断の裏にあった強い思い、そして同社独自の強みと社会インフラを目指す壮大なビジョンに迫る。
52歳で起業した元自衛官の挑戦
ーーこれまでのご経歴についてお聞かせいただけますか。
飛内尚正:
私は青森県のむつ市出身で、海上自衛隊の基地がある町で育ちました。父や弟も自衛官で同級生の父親にも自衛官が多く、船がすぐ目の前に見える環境。そのため、私にとって自衛隊は非常に身近な存在であり、その道に進むのは自然な選択でした。
しかし入隊後、日々の訓練が「国を守る」という大義に繋がっている実感を、当時はどうしても持ちにくい側面がありました。湾岸戦争での機雷除去といった海外派遣はありましたが、今のように災害派遣で直接的に貢献する機会はまだ少なかったのです。その中で、次第に「もっと直接的に人の役に立つ仕事がしたい」という思いが強くなり、転職を決意しました。
転職先は、企業の危機管理を専門とする会社でした。当初は企業の不祥事や事件事故の際に対策本部を立ち上げて被害を最小限に抑えるなど、直接的に会社や人を助ける仕事に従事していました。後半は組織の長としてマネジメントが主になりましたが、会社は人の集まりです。会社を助けることは、すなわち人を助けることだと考えています。現場にいた時もマネジメントをする立場になっても、個々の「人」に着目するというスタンスは変わりませんでした。
ーー52歳で起業された背景には、どのような思いがあったのですか。
飛内尚正:
前職の会社は良くも悪くも保守的で、新しいテクノロジーを活用した事業の承認が得られませんでした。しかし、新しい金融サービスが次々と生まれる中で、従来型の労働集約的な手法には限界があります。テクノロジーの活用は絶対に必要だと確信していました。
それとは別に、日本の「シニアの起業は難しい」という風潮に一石を投じたいという思いもありました。社会で経験を積んだ人こそ、本来は起業すべきだと考えています。失敗を許さない風潮を変え、「シニアアントレプレナー」が世の中を変える力があることを見せたかったのです。
日本のマネーロンダリング対策を変革する

ーー貴社が展開されている事業やその強みについて教えていただけますか。
飛内尚正:
弊社では、日本におけるマネーロンダリング対策やコンプライアンスチェックを国際水準へと引き上げることを目指し、テクノロジーを活用した仕組みを提供しています。従来の人力に頼る労働集約的なチェックから脱却し、より効率的で信頼性の高い仕組みを提供することが私たちの使命です。
強みは、情報の収集・管理・提供のプロセスをAIによって自動化し、人の手を介さずに運用できる仕組みを確立した点にあります。これにより得られた情報は、弊社が独自に構築したデータベースに蓄積されます。この独自データベースは拡張性が高く、お客様のシステムに直接連携することも可能ですし、ご要望に応じてデータを加工して提供にも対応しています。検索結果は最短0.4秒で表示され、お客様のビジネスチャンスを逃しません。
ーーどのような企業からの利用が多いのでしょうか。
飛内尚正:
IT/通信企業での導入が最も多く、特に近年はIPOを控える企業での活用が目立っています。そのほか、不動産や人材、リユースといった業界からの引き合いも増えています。これらの業種は取引の性質上、マネーロンダリングや不正利用のリスクが指摘されており、行政からの指導をきっかけに業界全体で問い合わせが急増することもあります。それだけ社会全体でコンプライアンス遵守の必要性が高まっているということだと感じています。
ーー導入のしやすさについて、何か工夫されている点はありますか。
飛内尚正:
「シンプル」を一つのキーワードとして掲げています。たとえば、お客様はIDとパスワードを受け取るだけですぐにシステムの利用が可能です。UIも直感的で、顧客名と生年を入力するだけで必要な情報が即座に表示される仕組みです。また、年間の利用件数に応じた料金体系を設けるなど、お客様の状況に合わせてご活用いただけるよう工夫しています。
加えて、私たちが何より重視しているのが「信頼性」です。情報を扱う企業として、誤りや漏れのない正確な結果を提供すること、そして最新の情報を定期的に集約し、必要なときに即座に提示できることを大前提としています。こうした信頼性の担保があってこそ、お客様に安心して導入いただけると信じています。
「社会のインフラ」へ 事業成長で日本経済の健全な発展に貢献
ーーコンプライアンスを取り巻く市場は、今後どのように変化していくとお考えですか。
飛内尚正:
コンプライアンスチェックの範囲は年々広がっています。従来の反社会的勢力のチェックに加え、最近では経済制裁の対象者を調べる「サンクションチェック」(※1)のニーズが高まっています。将来的には、社会的要請や規制の変化に応じて新たなリスク分野にも対応していく方針です。幅広いリスクをカバーできるよう、プロダクトの開発・拡張も視野に入れています。
(※1)サンクションチェック:制裁リストに載っている個人や団体と取引がないかを確認するプロセス
ーーニーズの拡大に伴って組織が急拡大する中で、社内体制にはどのような変化がありましたか。
飛内尚正:
この1年で社員数が2倍以上に激増し、それに伴って今年の5月にオフィスも移転しました。人が増える中で、誰もが公正に評価され、納得できる人事評価制度が不可欠だと考えています。そこで、この4月から新しい制度の本格運用を始めました。もちろん、まだ改善の途上ですが、組織にフィットするよう改善を重ねていく考えです。
ーー貴社はどのような社風で、どんな方が活躍されていますか。
飛内尚正:
平均年齢が35歳くらいで、20代から60代まで幅広い年代の社員が活躍しています。特に、現状に満足せず、困難な課題にも果敢に挑戦する「ブレイクスルー」の精神を持った人材が多いと感じます。新規採用においても、弊社のビジョンや事業の将来性に共感してくださる方が集まっています。
ーー5年後、10年後を見据えた中長期的な目標をお聞かせください。
飛内尚正:
単に自社の成長だけを追うのではなく、日本のKYC(本人確認)・コンプライアンス市場を、健全に発展させていくことを目指しています。弊社のサービスが普及し、社会のインフラとして機能すれば、海外からの投資を呼び込みやすい、より信頼性の高いマーケットを日本に築くことができると考えています。自社の成長を通じて、日本経済の発展にも寄与していきたい。そう信じて事業に取り組んでいます。
編集後記
「もっと直接的に人の役に立つ仕事がしたい」という思いを原点に、海上自衛隊からリスクマネジメントの世界へ。そして、日本のコンプライアンス市場に変革を起こすべく52歳で起業した飛内氏。同氏の言葉からは、「社会を良くしたい」という純粋な情熱が伝わってくる。同社の事業は単なる不正防止に留まらない。日本経済の信頼性を高める社会インフラとなる可能性を秘めている。同社の挑戦は、日本の未来を明るく照らすだろう。

飛内尚正/中央大学卒業後、海上自衛隊で幹部自衛官として勤務。その後、企業のリスクマネジメントを行う企業に入社。20年以上にわたり企業不祥事や反社対応、マネーロンダリング、労務紛争などの実務と未然防止のコンサルティングに従事。2018年、52歳でKYCコンサルティング株式会社を創業。現在はマネーロンダリング(AML)やテロ資金供与防止(CFT)対策、本人確認(KYC)、コンプライアンスに特化したリスクマネジメント事業を展開し、金融犯罪対策や法規制対応の支援を行っている。