※本ページ内の情報は2025年9月時点のものです。

数メートル離れた場所へワイヤレスにエネルギーを供給する。そんな夢物語を現実のものとし、製造業の常識を覆そうとしているのが、株式会社Space Power Technologiesだ。同社が開発する長距離ワイヤレス給電技術は、これまで配線や電池交換の制約で自動化が困難だった工場の生産ラインに革命をもたらす可能性を秘めている。その原点は、代表取締役古川実氏が抱き続けた宇宙への憧れと、たゆまぬ探求心にあった。不可能を可能にする挑戦の軌跡と、エネルギーの未来について話を聞いた。

宇宙への憧れが原点 不可能に挑む研究者の軌跡

ーー古川社長が研究者を志したきっかけを教えていただけますか。

古川実:
子どもの頃から宇宙へ関心を抱いていました。そして、学生時代に、宇宙空間で太陽光発電を行い、そのエネルギーをマイクロ波で地上へ送る「宇宙太陽光発電衛星」という壮大な構想を知ったのです。天候に左右されず、地上の10倍もの効率で発電できるこの計画に衝撃を受けました。3万6000kmもの距離をエネルギーが移動するワイヤレス給電技術に強く惹かれたのが、マイクロ波の研究の道に進んだ直接のきっかけです。

ーー研究者になるため、どのような行動をされたのですか。

古川実:
前職で携帯電話基地局アンテナの製品開発などに携わる中でも、「ワイヤレス給電の研究者になる」という夢は常に持ち続けていました。そのためには自主研究は絶対に必要だと感じていたのです。会社に留学制度はありませんでしたが、「自分で勝手に行くのはまあいいだろう」と考え、当時その分野の第一人者がいらっしゃった埼玉大学の門を叩きました。会社に在籍しながら最先端の大学の設計技術や研究に触れた経験が、今の自分のベースになっていると考えています。

ーー起業に至った経緯や、創業当初に苦労したことについてお聞かせください。

古川実:
前職で私が研究していた長距離ワイヤレス給電が、新規事業候補になったものの、計画が停止してしまったことがありました。私の技術に期待してくれた仲間たちが目標を失い会社を去っていく姿を見て、自分でこの技術を事業化しようと決意したのです。その後、退職して復学し、大学で研究を続けていたところ、京都大学の篠原先生からお声がけいただき、2019年に弊社を設立するに至りました。

創業当初は、資金調達、人材確保、そしてユーザー開拓の3点で苦労しました。「数メートル先にエネルギーを送れる」という技術自体が世に知られていないため、ユーザー候補にその価値を理解していただくのが非常に難しかったからです。

転機は、京都大学のキャピタリストとの出会いでした。彼らの伴走型の支援のおかげで資金調達の道筋がつき、事業を本格化させることができました。

「長距離・高出力」で工場の常識を覆す世界初の挑戦

ーー貴社のワイヤレス給電技術の強みは何でしょうか。

古川実:
「高出力」である点です。微弱な電力でセンサーを動かす技術は他にもありますが、それではコイン電池で10年以上動く既存品と大差ありません。弊社の技術は、他社の1000倍以上のパワーを数メートル先まで送ることが可能です。これにより、数時間で電池交換が必要になるような、より多くの電力を消費する機器のワイヤレス化を実現できるのが最大の強みです。

ーーその技術は、具体的にどのような課題を解決するのでしょうか。

古川実:
これまで電源の問題で自動化や効率化が難しかった工程を可能にします。例えば、工場内にある金属加工機の回転する工具刃にセンサーを取り付け、摩耗状態をAIで常時監視できるようになります。これにより、工具の破損による生産ラインの停止といった、数百万単位の損失を防ぐことが可能です。また、製造ラインの移動体(シャトル)に給電し、その移動体上の真空ポンプで製品を吸着したり、モーターで薬品を攪拌したりと、これまで不可能だった作業を実現します。

エネルギーのデリバリーへ 人類社会の未来を描く

ーー今後の事業展開について、どのようなロードマップを描いていますか。

古川実:
現在は法律の規制で、人がいない「無人エリア」でのみ運用が可能です。2025年度内に、スマート工場向けに世界で初めてこの技術の実用化を目指します。その実績を基に総務省などと連携し、2027年頃には「有人エリア」での運用を実現したいと考えています。将来的には屋外インフラや、JAXAとの共同研究で進めている月面探査ローバーへの電力供給など、宇宙分野へも挑戦する計画です。

事業を拡大していく上での課題は、事業の成長に伴う組織体制の構築です。社員は20名弱となり、まだ私の目が届く範囲ですが、今後、売上を数十億、数百億と拡大していくためには、しっかりとした生産体制や営業の仕組みを築いていく必要があります。これが次のステージへ進むための重要な課題だと認識しています。

ーー事業の最終的な目標、ミッションについて教えてください。

古川実:
弊社のミッションは「どこでもエネルギーを使える社会を実現する」です。そのために、単なる「ものを売る事業」から、エネルギーそのものを届ける「エネルギーのデリバリーサービス」へと進化させていきたいと考えています。例えば、自律走行ロボットが必要な場所へ出向き、IoT機器に充電していく、というようなイメージです。ワイヤレスサイネージなども活用し、社会のデジタル技術を活用した変革(DX)にも貢献していきます。

編集後期

子どもの頃に夢見た宇宙への憧れを、社会の課題を解決する具体的なテクノロジーへと昇華させた古川氏。その挑戦は、単に工場の配線をなくすことに留まらない。「どこでもエネルギーを使える社会を実現する」という壮大なミッションは、私たちの働き方や生活、さらには社会インフラのあり方まで根底から変える可能性を秘めている。世界初の運用開始を目指す2025年を一つの節目に、同社が描くエネルギーの未来が、私たちの生活をどう豊かにしてくれるのか、今後の展開から目が離せない。

古川実/1974年大阪府生まれ、神戸大学大学院修了、埼玉大学大学院在籍中。2000年に日本電業工作株式会社に入社し、移動体通信用無線機器や長距離ワイヤレス電力伝送システムの製品開発に従事。2017年に株式会社Space Power Technologiesを設立し、同社代表取締役に就任。「どこでもエネルギーを使える社会を実現する」をミッションとし、工場内IoT向け長距離ワイヤレス電力伝送システムの商品開発を進めている。