※本ページ内の情報は2025年9月時点のものです。

高品質な商品を可能な限り低価格で提供する。その独自のビジネスモデルで、コストコは日本市場でも絶大な人気を誇る。その日本事業は、パートナー企業がいないゼロからの挑戦という、異例のスタートであった。当初、多くの日本の小売業者から「成功しない」と断じられた。その逆境を乗り越え、今日の信頼を築き上げたのが、日本支社長のケン・テリオ氏である。50年以上にわたる小売業界での経験を武器に、強い信念で事業を成功に導いた。同氏に、コストコの強さの秘密と今後の展望について話を聞いた。

50年の小売経験とコストコへの挑戦

ーーコストコに入社されるまでの経歴をお聞かせください。

ケン・テリオ:
私は50年以上にわたり小売業に身を置いています。コストコ入社前は、カナダの大手スーパーマーケット・チェーンで13年勤務しました。その後、フードランドプリンスアルバートストアに7年勤務し、銀行と連携しながら小売業の事業再生などに携わっています。そして1995年、当時は「プライスクラブ」という名前だったコストコからヘッドハンティングを受け、入社しました。

ーー初めてコストコのビジネスに触れたときの印象はいかがでしたか。

ケン・テリオ:
小売業に長くいたので、コストコが会員制の卸売型店舗としてカナダで次々と出店していることは知っていました。そのビジネスモデルは非常にシンプルでありながら、効率を追求する新しい形だと感じました。商品を一つひとつ棚に並べず、輸送用の台座ごと管理する効率性の高さに、大きな可能性を見出したのです。

実際、カナダの東端にあるセントジョンズという島で、新規倉庫店の立ち上げに携わりました。そこではコストコの知名度は全くなく、誰もその存在を知りません。年会費をいただく特殊なビジネスモデルを、まず理解してもらうことから始めました。市場に出て法人会員の方々に我々の使命を伝え、知ってもらうための営業活動に注力したのです。

パートナー不在 ゼロから築いた日本事業

ーー日本へ赴任することになった経緯をお聞かせください。

ケン・テリオ:
カナダでの新規出店から3年後、ある会議での出来事がきっかけです。シアトルで毎年開催される、全世界の店長が集まる会議に出席しました。その場で創業者のジム・シネガルに直接呼ばれ、「日本での事業立ち上げに興味はないか」と打診されたのです。彼の息子さんが日本支社長として赴任予定で、その右腕としてのオファーでした。

私は冒険が好きなので、二つ返事で「ぜひやらせてください」と答えました。しかし、妻に話したときは「冗談でしょう」という反応でした。カナダの東の端に来たばかりでしたから。そこで、まずは一度日本を訪れてみようと誘い、恵比寿に滞在しました。東京の中心部でありながら、とても清潔で整理された街並みを妻が大変気に入ってくれました。「ここなら住めるかもしれない」と。そうして無事に家族の理解を得て、1998年に日本へ赴任しました。

ーー日本事業の立ち上げで、特に印象的だったことは何ですか。

ケン・テリオ:
日本に来た初日から、「このビジネスは絶対に成功する」という自信がありました。諦めなければ必ずうまくいくという信念があったからです。会社の使命を背負っている以上、失敗という選択肢はありませんでした。最初の数年間は困難なこともありましたが、事業は年を追うごとに着実に良くなっている実感がありました。

特に、日本での立ち上げは、コストコの海外進出では異例の挑戦でした。それは、パートナー企業がいない完全な自社単独での事業展開だったことです。多くの日本の小売業者に「そのやり方では通用しない」と言われましたが、私たちは自分たちの力でやり遂げられると信じていました。

信頼の源泉 コストコの揺るぎないミッション

ーー社長から見て、コストコはどのような会社だと思われますか。

ケン・テリオ:
すべては、会社のミッションに集約されています。それは「会員様に、高品質の商品とサービスを、できる限りの低価格で提供し続けること」です。これは単なるスローガンではなく、会員様一人ひとりへの約束に他なりません。バイヤーは常に最良の商品を求めて力強く交渉します。そして各倉庫店では、毎日競合他社の価格を調査し、私たちが最安値であることを確認しています。従業員を大切にし、国内どこでも公平で高い水準の給与を支払う。この約束を愚直に追求し続ける会社です。

ーー日本でこれほど人気を得た理由について、どうお考えですか。

ケン・テリオ:
手応えを感じたのは、2005年から2006年にかけて、国内の倉庫店が5〜6店舗に増えた頃です。そのタイミングで、会員様が年会費を支払ってでも得られる価値を、本当にご理解いただけたと感じました。私たちが提供する高品質な商品を、他では真似のできない価格で手に入れられる。その価値が、口コミで着実に広がっていったのだと記憶しています。

成長を止めない組織へ 今後の展望と人材育成

ーー今後のビジョンについて教えてください。

ケン・テリオ:
基本は今までと変わりません。やるべきことを、正しくやり続けるだけです。具体的には、毎年2〜3倉庫店のペースで着実に出店を続けていきたいと考えています。それに加えて、法人会員向けの配送サービスや、人気のコストコトラベルなど新しい事業も計画中です。これらはアメリカ本社などで行っている事業で、順次日本でも展開していきます。これを実現するには、従業員が会社の成長スピードについてこられるよう、組織を適正に維持できるかが最大の課題です。

ーーそのために、どのような人材育成に取り組まれていますか。

ケン・テリオ:
従業員トレーニングは、座学や教科書で行うものではありません。現場での実践的な参加型のトレーニングが中心です。良い手本となる先輩が、丁寧に仕事を教え続けることが何よりも大切だと考えています。現在、コストコの管理職の98%は、現場からキャリアをスタートした叩き上げの従業員です。また、空いたポジションに対して全従業員が自ら手を挙げて異動できる「ポスティング制度」もあり、主体的なキャリア形成を促しています。

ーー最後に、読者へメッセージをお願いします。

ケン・テリオ:
まず、会社を代表してすべての会員様に心から感謝しています。皆様からお預かりした信頼を、私たちは決して裏切りません。これからも、より良い商品をより低価格で提供し続けられるよう、会社として邁進します。私たちは、会員様に良いサービスを提供したいと心から願っています。多くの小売業が機械化を進める中、有人レジでの温かい対応にこだわるのもその一つです。今後も皆様が信頼し続けられる企業であるよう、努力を続けます。

編集後記

「一度預けてくれた信頼を絶対に裏切らない」。この言葉には、ケン・テリオ氏の50年以上にわたる小売業への深い愛情と、会員への誠実な思いが凝縮されている。パートナー不在という逆境から日本事業を成功させた原動力。それは小手先の戦略ではなく、ミッションを愚直に追求する純粋な情熱と、それを支える従業員への信頼にあった。これからもコストコは、私たちの期待を良い意味で裏切りながら、新しい価値を提供し続けてくれるに違いない。

ケン・テリオ/1958年カナダ生まれ。1975年カナダにて小売業の会社に入社後、ドミニオンストアに13年、そしてフードランドプリンスアルバートストアに7年勤務し、管理職を経験。1995年コストコホールセールカナダ株式会社に入社し、セントジョーンズ倉庫店長に就任。1998年コストコホールセールジャパン株式会社に異動、倉庫店運営部長に就任。2009年より日本支社長に就任する。