※本ページ内の情報は2025年9月時点のものです。

和歌山県に拠点を置き、「食で世界に貢献して豊かな未来を創造する」ことをミッションに掲げる、株式会社河鶴。漬物をはじめとする惣菜・食材の製造を基盤としながら、海外との連携や、お菓子・調味料といった新分野へも果敢に挑戦。多様な食のニーズに応える「食の総合メーカー」への進化を目指している。

同社を率いる代表取締役社長の河島伸浩氏は、父の急逝により24歳で3億円の借金を抱えた会社を継いだ過去を持つ。一度は退いた経営の第一線に復帰し、設立50周年を機に「第二創業期」を宣言した。壮絶な苦労を乗り越えたリーダーの哲学と、多様な人材が輝く未来への熱い思いに迫った。

設立50周年で「第二創業期」へ、再び社長に就任した理由

ーー再び社長へ復帰された経緯を教えてください。

河島伸浩:
2017年から、私たちが手がける食品製造・販売事業の経営を後任に任せ、一度は一線を引いていました。しかし、時代の変化に応じたマネジメントが機能せず業績が低下したため、会社の土台から作り直すべく現場へ戻る決意を固めたのです。

2025年に設立50周年を迎える節目でもあり、現在は「第二創業期」と位置づけています。この第二創業期で目指すのは、過去の否定ではなく、変化に応じた進化です。若手や海外出身者といった多様なメンバーの力を活かし、新しい文化を創造しながらスピード感のあるプロセスを再構築したいと考えています。その象徴が、年功序列の文化を改め、企業のミッションやビジョンを反映させた人事評価制度への抜本的な改革です。

24歳、借金3億からの逆転劇

ーー24歳で社長に就任された当時の状況はいかがでしたか。

河島伸浩:
父の他界により突然会社を継いだものの、実態は3億円の借金を抱え、「人・物・金」すべてがないマイナスからのスタートでした。社会経験もほとんどなく、周囲からは「もう終わりだ」と言われるような絶望的な状況でしたね。

その窮地を乗り越えるには、がむしゃらに働くしかありませんでした。自ら現場で大根を切り、営業で頭を下げ、事務もこなす。資金繰りのため、原価割れだったとしても商品を売り1円でも多くのお金をつくっては返す日々。猛烈に努力し、経営も必死で学びました。

ーーその壮絶なご経験から、読者に伝えたい教訓やメッセージがあればお聞かせください。

河島伸浩:
20代の努力が、その後の人生の土台をつくるということです。20代でどれだけ苦労し、本気で物事に取り組めるかが勝負です。もしあの頃の自分が、目の前の困難から逃げていたら、今の私は絶対にありません。

「時代の変化を読む嗅覚」事業を飛躍させたターニングポイント

ーーこれまでの事業成長における、ターニングポイントは何だったのでしょうか。

河島伸浩:
「時代の変化を読む嗅覚」を働かせ、行動し続けたことです。2000年には他社に先駆けて輸入ビジネスを始め、関西国際空港まで30分という立地の強みを活かし、海外との取引をスピーディに進めることができました。さらに2013年には梅干し事業に参入しましたが、実は業界の中で最も後発でした。それにもかかわらず、成長率・成長額ともに急激に伸び、今では弊社の数ある事業の中で最も成長性の高い事業へと育っています。一つひとつの仕事を地道にとことん突き詰めて実行してきた結果だと考えています。

ーー製品づくりにおける、品質へのこだわりを教えてください。

河島伸浩:
ジャパンクオリティの徹底です。専門の品質管理部門を設け、海外の提携工場にも担当者が月1ペースで訪問し、日本の品質基準を直接指導しています。また、お客様からの声は一つも無駄にせず、調査レポートを作成してお返しするなど、ご縁を大切にし、品質に反映させることを徹底しています。

「地方と世界をつなぐ」 多様な人材が挑む未来

ーー今後の事業における注力テーマについてお聞かせください。

河島伸浩:
「新商品開発」と「人事」の2つに注力していきます。10年で売上300億円という事業成長を目標に掲げ、これまでの漬物だけでなく、お菓子や調味料といった新しい分野にも積極的に挑戦しています。こうしたアイデアは、世代や経験の長さを問わず、社員一人ひとりの発想や工夫から生まれているのです。

だからこそ「人事」、特に採用と評価制度の改革が重要になります。当社には、年齢、性別、社歴、経験の長さに関係なく、誰もが楽しく、自分の取り組みたい仕事ができる環境があります。未来に向けて成長したいという意欲や、変化に順応していける柔軟性を持つ方が、たとえゼロからのスタートであっても正当に評価され、挑戦できる会社でありたいのです。

私たちのビジョンは「地方と世界をつなぐグローカルカンパニー」です。和歌山という地域に根ざしながら、世界の市場や人々とつながり、新しい価値を生み出していくことを目指しています。地方ならではの強みを活かしつつ、グローバルな視野で挑戦を続ける。その両輪があってこそ、持続的な成長と社会への貢献が可能になると考えています。世界を舞台に大きな夢へ挑戦したいという熱意のある方と、ぜひ一緒に未来をつくっていきたいですね。

編集後記

取材を通して感じたのは、逆境をエネルギーに変える圧倒的な力強さだ。24歳で3億円の借金を背負うも、「どうすれば昨日より速く大根が切れるか」と、仕事にゲームのように熱中したという。その常人離れしたバイタリティが会社を救い、人を惹きつけてきたのだろう。一度は退いたトップに復帰し、「第二創業期」を掲げる今、その情熱は若手の挑戦を後押しし、彼らに事業を「任せる」という新たなフェーズへと向かっている。河島氏と多様な才能が起こす化学反応が、同社をどのような未来へ導くのか、大きな期待を抱かせる取材だった。

河島伸浩/和歌山県出身。24歳で株式会社河鶴の二代目社長に就任。父親の急逝により、3億円の負債を抱えた状態から事業を承継。時代の変化を読んだ改革を進め、会社を再建・成長させた。現在は「第二創業期」を掲げ、食を通じて地方と世界をつなぐ「グローカル」な企業への変革を牽引している。