
アナログな商慣習と情報の非対称性が根強い不動産取引。その課題をテクノロジーで解消しようとするのが、株式会社すむたす代表取締役の角高広氏である。同氏は、もともと起業を志望していたわけではなかったが、業界の課題に直面し「自分がやるしかない」と感じ、起業に踏み切ったという。顧客価値を最優先とする独自の事業運営で、不動産取引体験を変革し続ける。「顧客のためにならないものはやらない」という判断軸のもとに成長を続けている同社の軌跡を追った。
「自分がやるしかない」と起業に踏み切った理由
ーー不動産業界で起業に至った理由を教えてください。
角高広:
新卒で入社したのは不動産会社ではなく、30人規模のマーケティング支援を行うベンチャー企業で、主にSEO(※)に携わりました。その後、社会人二年目で新規事業の立ち上げに関わることになりました。その中で取り組むことになったのが、アナログ慣習や情報の偏りが根強く残る不動産サービスでした。
そこで、運営していたメディアを通じて不動産会社の支援を始めました。しかし、外部からの関与だけでは、課題解決の本質に触れるには限界があると感じたのです。その後別の企業でSaaS導入によるアプローチにも挑戦したものの、間接的な関与では業界の変革には数十年かかると実感し、自ら事業者になる覚悟を決めました。
正直、起業に対して前向きだったわけではありません。しかし、不動産業界の課題に直面しながら何も行動しないことは、自分自身の信念が許さなかったのです。大学時代、私は法学部で弁護士を志し、「理不尽を減らしたい」という思いを原点にしていました。その志は形を変えても残り続け、最も社会を良くする可能性があると考えたビジネスの道へとつながりました。起業を選んだのも、まさにその延長線上にあったのです。
(※)SEO:検索エンジン最適化
お得・手軽・気持ちが良い、三拍子揃った取引体験

ーー貴社の事業内容と、その強みを教えてください。
角高広:
弊社は「すむたす売却」というサービスを運営しています。中古マンションの売却を中心に、「お得・手軽・気持ちが良い」という取引体験を提供することが強みです。
具体的には、直接買取のため仲介手数料(通常物件価格の3%+6万円)をいただかず、売主様に全額を還元する「お得」さ。24時間以内の査定価格提示、最短数日で現金化でき、手続きはオンラインで完結する「手軽」さ。そしてお客様の価値向上に向き合うプロフェッショナルなメンバーが正直な対応を行うという「気持ち良さ」。また、より高値での売却を追求し、もし売れなければ保証額で買い取る「買取保証付き仲介」というサービスも提供しています。これらにより、「お得・手軽・気持ちが良い」と納得していただける取引を実現しています。
ーー利益よりも顧客価値を優先しているという具体例をお聞かせください。
角高広:
象徴的なことの一つが「両手仲介」へのスタンスです。両手仲介とは、売主様と買主様の双方から手数料をいただく取引のことです。本来であれば、私たちにとって利益は2倍になります。
しかし、私たちは利益よりも売主様への提供価値の最大化を優先します。たとえば、同日に二名の方から購入申し込みがあったとします。一人は弊社から直接購入を希望される住宅ローン利用予定の方、もう一人は他社様経由で購入を希望される現金購入の方がいるという状況があるとします。この場合は、弊社では利益が2倍になる前者の方では無く、後者の現金購入の方を優先します。
買主様がローンを利用する場合は審査に時間がかかり、最終的に契約が成立しないリスクがあります。一方、現金で購入する買主様であれば、確実に売却が完了する見込みが高いのです。私たちはこのように、売主様にとって最も安全で納得できる条件を優先するため、結果的に両手仲介の比率は低くなっています。
ノルマなし・インセンティブなしの組織運営
ーー人材採用・評価で重視していることを教えてください。
角高広:
「お客様のため」という価値観を最も重視しています。そのため、営業ノルマや個人インセンティブは設けていません。ノルマやインセンティブがあると、どうしても数字を達成することが目的と化してしまいます。それでは、お客様にとって最適ではない提案が生まれやすくなり、「お客様のため」という考えと矛盾すると考えています。
ノルマやインセンティブというものは、サッカーにたとえるなら、点を取るストライカーだけが評価されるようなものだと考えています。決定的なパスを出すMFや身を挺してゴールを守るDFやGK、審判やグラウンドを整えるスタッフ、様々な方の貢献がありゴールは生まれます。全員が「顧客価値の最大化」という一つのゴールに向かって動ける組織を目指していきたいです。
ーー今後注力するテーマをお聞かせいただけますか。
角高広:
テーマは3つあります。1つ目は「地域拡大」です。現在展開している首都圏・関西に加え、九州、中部、東北、北海道へとエリアを広げ、全国展開を目指します。
2つ目は「取り扱い物件種別の拡大」です。現在のマンションだけでなく、戸建てや土地など、すべての不動産種別に対応していきたいです。
3つ目は「法人向け事業の開拓」です。これまで100%個人のお客様向けに展開してきましたが、弊社の提供ソリューションについて法人からの相談が増えてきました。今後は競合ではなくパートナーとして協業し、業界全体のサービス向上に貢献できる方法は無いかと考えております。
将来的には、自社のDX・AIシステムやノウハウを外部提供し、業界のデジタル化を加速させる構想もあります。最終的には「住まいの理想的な選択ができる社会に」というゴールに向けて、仕組みそのものを進化させたいです。
ーー高い目標に向けて、モチベーションはどう維持していますか。
角高広:
素晴らしい仲間と挑戦的なミッション、そして弊社サービスを利用してくださるお客様のおかげで、毎日が楽しいです。辛いと感じることはあまり無く、「誰かの役に立てた」と実感できる瞬間が多いので、毎日楽しく過ごすことができています。幼少期から両親が社会に貢献する姿を見て育ち、「人生は、どれだけ誰かを良くすることができたかで面白くなる」という価値観が根付いています。だからこそ、目の前の「不」を解消する事業にこだわり続けています。
編集後記
「顧客第一」という言葉は多くの企業が掲げるが、それをスローガンに終わらせず、事業の設計にまで落とし込んでいる点に、同社の真摯な姿勢がうかがえる。個社の利益と顧客の利益が一致する仕組みを構築し、着実に成長する姿に、業界の新たな可能性を感じた。今後のさらなる拡大から目が離せない。

角高広/1989年大阪生まれ。立命館大学卒業後、株式会社Speeeで不動産売却メディア「イエウール」を立ち上げる。事業責任者として業界No.1メディアに成長させる。2017年、イタンジ株式会社へ入社し、経営企画を中心に、ノマドクラウド(現・ITANDI賃貸仲介)事業責任者、人事、広報、経理と、さまざまな領域を兼任。2018年に株式会社すむたすを創業。2019年、Forbes「30 Under 30 Asia」に選出。