※本ページ内の情報は2025年9月時点のものです。

巨大プラットフォーマーへの依存が深まる中、自社ECの新たなあり方を模索する企業も少なくない。そうした状況で国内外から注目を集めるのが、従来のECサイトに新たな価値を付加する「マーケットプレイス型EC」だ。この革新的なソリューションを日本で展開するのが、Mirakl株式会社である。同社の代表取締役社長を務める佐藤恭平氏は「情報技術が社会をフラットにする」という原体験を胸に、いかにしてこの挑戦を選んだのか。これまでのキャリアで培われた知見と、日本の未来を見据えるその哲学に迫る。

テクノロジーの可能性を確信した原体験

ーーITの世界へ足を踏み入れたきっかけについてお聞かせください。

佐藤恭平:
学生時代、情報ボランティアとして神戸の被災地支援に参加しました。インターネットがまだ黎明期であった1995年当時は「ニフティサーブ」というパソコン通信を使い、物資情報を共有したり、現地での物資配送などをしていました。その中で特に印象的だったのは、電子メールで交流していた相手が重度の身体障がいを持つ方だったと知った経験です。その事実を知るまで全く気づかないほど、私たちのコミュニケーションに壁はありませんでした。

この出来事を通し、テクノロジーは社会をフラットにし、人々の間のバリアを取り除く力を持つと確信しました。これが私の原体験です。そして、これを機に学びの方向性を情報ネットワークや組織論、さらには経営戦略へと転換したのです。

ーー社会人としてのキャリアはどのようにスタートされたのでしょうか。

佐藤恭平:
「経営とITの両方を理解する仕事がしたい」との思いから、ERPという経営とITを橋渡しするソリューションを展開し始めていたSAPジャパンへの入社を決めました。新卒研修後、IntelとSAPのジョイントベンチャーによる製品の日本向け改修プロジェクトに配属されました。

これは単なる翻訳に留まらず、電子商取引モジュールを日本仕様に作り変えるという挑戦的な内容でした。そのため、シリコンバレーで約3ヶ月、その後ドイツのSAP本社で約1年間勤務しました。このキャリア初期の海外経験が、現在のeコマース関連ソリューションを立ち上げる礎となりました。

リーダーシップへの気づきと次なる挑戦

ーー貴社への参画のきっかけについてお聞かせいただけますか。

佐藤恭平:
ネットワークによって人と人、何かと何かがつながり、新しいものが生まれる局面に立ち会いたい。そして、それを作っていきたいという思いでキャリアを積んできました。これまでも、信頼する人からの紹介や縁によって転職先を決める場合がほとんどでした。

弊社への参画は、長年お世話になっているあるメンターの方からの「社長が向いていないというのは、自分で勝手に決めつけているだけではないか」と問いかけられたことがきっかけです。その言葉で、自分がリーダーシップを発揮する場面で面白さを感じていたことに気づき、キャリアを見つめ直せました。弊社の事業は、新しいアイデアを形にする手助けとなるソリューションだと感じ、参画を決意しました。

ECの常識を覆すマーケットプレイスという第三の選択肢

ーー貴社が提供するサービスの特徴や強みについて教えてください。

佐藤恭平:
弊社が提供するソリューションは、企業と企業、あるいは企業と個人をつなぐものであり、日本企業の競争力強化に関わる部分だと捉えています。具体的には、自社のECサイトに第三者の出品者を招き入れ、マーケットプレイスを構築できるSaaSプラットフォームを提供しています。これは、巨大ECモールへの出店や自社ECサイトの運営といった従来の選択肢に加え、「第三の選択肢」を企業にもたらします。企業は在庫リスクを抱えずに品揃えを飛躍的に拡大でき、顧客の多様なニーズへ迅速に対応可能です。

弊社のソリューションの大きな特徴は、企業が自社のeコマースサイトを大手ECサイトのようなマーケットプレイス型に転換できる点にあります。自社の商品だけでなく他社の商品も扱い、売れた際に手数料を得るという新たな収益モデルを構築できます。この技術は、これまでビックテックが独占的に保有していました。それを誰もが使えるプラットフォームとして提供することこそ、我々創業者のビジョンなのです。

ーー日本市場での展開において、どのような課題があるとお考えですか。

佐藤恭平:
日本市場では、まだ「マーケットプレイス」という概念自体の認知度が低く、まずは市場形成から手がける必要があります。一方で、日本のトップを走るナンバーワン企業は、欧米のeコマース市場で加速するマーケットプレイス化の潮流を鋭く見ています。その中で弊社のソリューションが選ばれるケースが増えてきました。

例えば、ニトリ様やアイリスオーヤマ様といった企業が我々のソリューションを導入し、自社サイトに他社製品を掲載することで品ぞろえを拡充されようとしています。これにより、従来は扱えなかったキャンプ用品などを提供できるようになりました。そこで得られる顧客データを、次のビジネス展開へとつなげています。

日本企業を世界へ導くための組織と未来像

ーー貴社が求める人材や、社内の組織文化についてお聞かせください。

佐藤恭平:
現在、営業やサポート部門で人材を求めています。特に、AIを効果的に活用し、どこを自分で判断し、どこをAIに任せるかを判断できる人材を重視しています。弊社はソフトウェアやSaaS業界の中でも非常に専門性の高い商材を扱っています。そのため、経営層の視点からその価値を伝え、顧客の事業に与える影響を想定できる能力が求められます。

年齢や性別に関係なく、日本を代表するような大企業のトップ層と対等にビジネスの話ができる人材が多く在籍しています。新しいことに挑戦することを推奨する文化があります。

ーー貴社の将来の展望についてお聞かせください。

佐藤恭平:
将来的には、弊社のサービスを通じ、日本の優れた製品を持つ企業が海外市場に進出する手助けをして、日本企業の競争力強化に貢献したいです。そして「日本発、世界へ」という成功事例を数多く創出したいと考えています。その実現のためにも、まずは顧客企業に確実に成功していただくことが最優先です。

ーー最後に、ビジネスにおいて大切にされている哲学についてお聞かせください。

佐藤恭平:
私は「Enjoy Business as a Game(ビジネスをゲームとして楽しむ)」という哲学を掲げています。これは遊び半分で取り組むという意味ではありません。「真剣に取り組むべきだが、深刻に捉えすぎない」という姿勢です。成功も失敗も経験として受け止め、リセットもできるというゲームのような割り切りで事業を進めることが重要だと考えています。8時間睡眠の時間、8時間家庭や趣味の時間と考えれば、1日8時間は仕事をしています。人生の3分の1を占める仕事を「面白い」と感じて過ごしたい。その思いからこの哲学が生まれました。

編集後記

佐藤氏の言葉から、情報技術が持つ可能性への深い洞察とそれを社会の変革につなげたいという情熱が強く伝わってきた。「マーケットプレイス型EC」という新たな市場を日本で開拓していく道のりは決して平坦ではないだろう。しかし「ビジネスをゲームとして楽しむ」という哲学と、AIを積極的に活用し挑戦を恐れない組織文化があれば、必ずや日本企業を世界へと導く「日本発、世界へ」の成功事例を数多く生み出すに違いない。今後の同社の飛躍に注目である。

佐藤恭平/1974年北海道生まれ。1998年、慶應義塾大学卒業後、SAPジャパン株式会社に入社。eコマース事業の立ち上げに従事。その後、ボストン・コンサルティング・グループ戦略コンサルタント、日本マイクロソフト業務執行役員を歴任後、SAPジャパンに再入社。バイスプレジデント インダストリー・バリューエンジニアリング統括本部長などを経て、バイスプレジデント スペンド&ビジネスネットワーク事業本部長に就任。2022年、Mirakl株式会社に入社し、代表取締役社長に就任。