
北海道札幌市に拠点を置き、三代にわたり内装工事業を展開するワタベインフィル株式会社。同社を率いる代表取締役の渡部裕史氏は、バブル崩壊後の厳しい経営環境のなかで家業の再建に身を投じた。先代からの「根性論」を主体とした経営を改め、客観的な視点と誠実さを事業の根幹に据え、着実な成長を実現している。本記事では、同氏が歩んだ苦悩と改革の軌跡、そして「スピード」と「チームワーク」を武器に業界の未来を見据える独自の経営哲学に迫る。
家業再建への決意 バブル後の苦境からの船出
ーーまずは、家業に入られた経緯についてお聞かせください。
渡部裕史:
大学卒業後、東京の会社から内定を得ていましたが、それを辞退して平成7年に入社しました。当時はバブル崩壊の直後で、会社は大変な状況でした。その様子を見て、家業を支えなければならないという思いで入社を決意したのです。
ーー入社から現在までを振り返り、どのようなことを感じますか。
渡部裕史:
内装業に携わり30年、社長に就任して20年が経ちました。今振り返ると、正直なところ「もっと外の世界を知ってから入社するべきだった」という後悔の念もあります。たとえば、一度ゼネコンのような大手企業で経験を積んでいれば、また違った視点やスキルで家業に貢献できたかもしれません。
社会の仕組みも分からないまま家業に入ったからこそ、今は常に客観的な視点を持ち、広い視野で物事を判断しようと心がけています。もし若い頃に戻れるなら違う経験をしていたでしょう。しかし、その経験が今の自分を形づくっているとも考えています。
先代の「根性論」からの脱却 客観主義と誠実さという経営の軸
ーー入社後、会社の経営改革はどのように取り組んでこられたのでしょうか。
渡部裕史:
私が行った最も大きな改革は、お客様の層を中小企業から大企業へとシフトさせたことです。父の代は中小・零細企業との取引が中心でしたが、大手企業とも対等に取引ができる会社へと組織を変えることに注力しました。
昭和の時代は「気合と根性」を前面に押し出していた企業が多かったように思います。父も例外ではなく 「根性論」とそして「情」で動く経営者でした。思いやり深い優しい人でありますが、情の厚さが原因で倒産寸前の会社からの依頼を受け、売掛金を回収できなくなるという苦い経験もしています。そのため、私は経営判断で精神論を排し、客観的な事実に基づいて冷静に判断するスタイルを徹底しました。
ーー経営者として、最も大切にされている価値観について教えてください。
渡部裕史:
とにかく誠実に仕事をすることです。長く経営を続けていると、不誠実な会社は自然と淘汰されていくのを目の当たりにしてきました。だからこそ、真面目に、誠実に事業を続けてきて本当に良かったと感じています。これが事業継続において最も重要なことだと確信しています。
内装業は、お客様に見えない部分で手を抜こうと思えばできてしまいます。見積もりでは高品質な材料を提示し、実際は安価なもので施工しても分からないかもしれません。しかし、私たちはそうしたことを絶対にしません。良い仕事をした結果として、利益は後から自然についてくるものだと考えています。
特別な技術なき会社の生存戦略 スピードとチームワークという武器

ーー貴社の独自の強み、他社にない価値についてどうお考えですか。
渡部裕史:
弊社に他社を圧倒するような特別な技術があるわけではありません。だからこそ、「スピードの追求」を強みにしようと考えました。お客様からのご依頼に対し、いかに速く、そして質の高いサービスを提供できるかに特化しています。
品質を維持しながらスピードを追求するために、徹底的な無駄の排除と、チームでの仕事の進め方を重視しています。たとえば、社員には「時給1,700円の人が、時給1,000円の人でもできる仕事をするのは会社にとって損失だ」と伝えています。高度なスキルを持つ人はより付加価値の高い仕事に集中し、そうでない仕事は他のメンバーに任せる。チーム全体で効率的に時間を生み出す工夫です。
ーー具体的にどのような取り組みをされていますか。
渡部裕史:
残業は許可制にしています。惰性でだらだらと仕事をする癖がついてしまうと、生産性は上がりません。許可制にすることで、社員一人ひとりが自問自答します。そして「この仕事は本当に自分にしかできないのか」と考え、時間内に成果を出すための工夫をするようになると期待しています。
属人化からの脱却 仕組みで勝負する未来への布石
ーー組織体制については、どのような課題感をお持ちでしょうか。
渡部裕史:
属人化からの脱却が大きな課題です。現状では、特定の社員が辞めてしまうと、売上が大きく落ち込むリスクがあります。これをなくすため、営業、施工、資材調達といった機能を明確に分業し、組織として仕事を進められる体制を構築している最中です。
その実現のために、まずは営業部門の強化に注力しています。建設業界の営業には専門知識が不可欠です。そのため、豊富な経験を持つ定年退職されたベテランの方を採用し、その知見をお借りしながら営業部門の土台を固めています。採用も進め、会社全体としてお客様に対応できる組織力を高めていきたいです。
ーー今後の貴社をどのように変えていきたいとお考えですか。
渡部裕史:
第一に、現場で価値を生み出している職人たちに、きちんと利益を還元できる仕組みをつくることです。その実現のためにも「安値受注はしない」という方針を徹底したいと考えています。私たちの提案やスピーディーな対応にはコストがかかります。その価値をお客様にご理解いただき、適正な価格で仕事をお受けできる関係を築きたいです。
編集後記
「外の世界を知るべきだった」。渡部氏が率直に語った後悔の念は、決して単なる過去の悔いではない。むしろ、それがあるからこそ、常に客観的な視点で自社を分析し、情に流されない現実的な戦略を打ち立ててこられたのだろう。特別な武器がないからこそ「スピード」を徹底的に磨き上げるという発想も、その冷静な自己分析から生まれている。その根底に流れるのは、見えない部分でも決して手を抜かない愚直なまでの誠実さだ。後悔を未来へのバネに変え、職人が輝ける組織づくりに挑む同社の着実な進化に、今後も注目していきたい。

渡部裕史/1973年北海道生まれ。北海道科学大学卒業後、祖父が創業し、当時父が後を継いでいたワタベインフィル株式会社に入社。父子で経営の改革に取り組み、新技術の導入や施工の強みを活かして会社の安定化を図る。10年後に代表取締役を務める。元請け業務の拡大と顧客との関係構築により、新たなビジネスを展開。「施主の気持ちを知りたくなった」ことをきっかけに宅建業の免許を取得。空間の価値最大化を自ら実践しながら顧客にも提案する。