※本ページ内の情報は2025年9月時点のものです。

ChatGPTなど生成AIの普及は、日本のものづくりに大きな転換点をもたらすだろう。多くの製造業が、ビジネスモデルやプロセスの変革を迫られている。そんな中、株式会社JMCのは独自の事業展開で顧客から高い評価を得ている。先進技術である3DプリンターとCTに、古来からある鋳造技術を組み合わせ、自動車や家電などの部品の試作から製品の非破壊検査、量産まで手がける同社。その企業をつくり上げたのは代表取締役社長兼CEOの渡邊大知氏だ。同氏は実は元プロボクサーという異色の経歴を持つ。群雄割拠のものづくり業界をどのように勝ち抜こうとしているのか、その必勝戦略を聞いた。

ものづくりの「仲介者」から「製造者」に

ーー現在までのご経歴をおうかがいできますか。

渡邊大知:
19歳でプロボクサーになり、24歳で引退した際に、父が一人で運営していた保険会社に入りました。ただ、保険の営業はわずか2週間で「自分には難しい」と感じ、父のもう一つの仕事だった、ものづくりの仲介業の方を引き継いだのです。これは、顧客から欲しい製品を聞き、下町の工場につくってもらい、完成品を顧客に納品するという仕事です。

その後、3Dプリンターによる試作品製造事業を開始しました。従業員も自分を含めて5人に増えた2004年、父から会社を引き継いで社長に就任します。その2年後の2006年には、鋳造事業を行っていた有限会社エス・ケー・イーを合併しました。最先端の3Dプリンターと、メソポタミア文明の時代からある鋳造技術とが共存する、現在の事業基盤ができたわけです。

ーー現在の事業内容をお聞かせください。

渡邊大知:
前述した「3Dプリンター」「鋳造」に加えて、2017年からはCT事業も開始し、現在は3本柱で事業展開しています。3Dプリンターでは試作品の製造、鋳造ではアルミニウム、マグネシウムなどの非鉄金属の試作・量産を中心に行っています。

CT事業は、産業用CTを使い、製品を壊さずに内部を検査する3Dスキャンサービスです。最初は自社製の鋳造品を検査するために機器を購入しました。しかし、導入してみると「これも検査してほしい」というご要望が意外に多く、「ならば事業化しよう」と考え、スタートしました。

「早いものは高くても売れる」 価格競争を避ける戦略

ーー社長が大切にしていることとは何でしょうか。

渡邊大知:
「いかにして利益を生むか」をもっとも重要視しています。「ビジネスでは利益を目標にしてはいけない」という人もいますが、私たちはものづくりに携わる「企業」なので、シンプルに利益を出さなければいけません。しかも、少し特殊なものをつくっているため、安く売る必要はなく高収益を狙えます。ですから、なるべく価格競争をしないようなものづくりで利益を生みたいと考えています。

ーー貴社の強みについて、どうお考えですか。

渡邊大知:
「早い」ことがいちばんの強みです。鋳造を例に挙げると、通常は注文から「数ヶ月」かかる製品でも、弊社では「数週間」で完成させるなど、要する時間の単位が異なります。この「時間の早さ」は最も分かりやすい指標であり、弊社が評価されている点でしょう。

僕は、「(競合他社より納期が)早いものは価格が高くてもいい」と思っています。たとえば一般的な例ですが、今回の大阪・関西万博のように、開催日が決まっているのに工事が間に合わなかったらどうでしょう。「間に合わせてくれる会社になら、2倍の費用を払ってもいい」と考える企業が出てきます。急いでいる時には、価格競争が働かなくなるのです。弊社は「早さ」を武器に、このような「2倍」の案件を受注していきたいと考えています。

ーー「早さ」はどのようにして実現するのでしょうか。

渡邊大知:
会社の文化ですね。「メールの返信は基本的に1時間以内にしよう」とか、「忙しいから◯◯できない、と言わない」。こういったことを朝礼などで毎日のように言い続けているので、だんだん文化として定着していったようです。

それ以外に特別な仕組みづくりなどはなく、むしろ「仕組みよりも仕事への熱量で実現する」という文化かもしれません。このような会社の価値観というものは非常に重要です。そこに向かって社員のベクトルをしっかり合わせることができれば、たいていのことは乗り越えられるのだと思います。

楽しみながらのものづくりで世の中に新しい価値を提供したい

ーー現在、特に注力している事業はありますか。

渡邊大知:
約10年前から、心臓カテーテル治療のトレーニングができるシミュレーター「HEARTROID(ハートロイド)」の製造販売に取り組んでいます。これは、心臓のカテーテル治療や検査に携わる医師、医療従事者向けの精密な心臓モデルです。

もともと医療分野では、骨のモデル作成などを行っていたのですが、人間の身体でもっとも価値があるとされるのは、やはり心臓でしょう。これは世界共通の認識です。ならば、そのもっとも大切なものにも携わろうと、大阪大学と協力して「HEARTROID」をつくりました。弊社は受託案件が多い中で、これはメーカーとして自社で製造販売しています。

すでに約40か国で販売、海外売上が約8割を占めます。アメリカ市場などでも「心臓カテーテルといえば『HEARTROID』」という評価をいただくようになりました。ただ、海外に軸足を置いて販売するには資金も法務体制も必要ですので、現在はその整備に注力しているところです。

ーー最後に、今後のビジョンをお聞かせください。

渡邊大知:
製造業が好きなので、そこは変えずに規模を大きくしていきたいですね。弊社の企業理念は「MADE BY JMC」です。「HEARTROID」のような自社ブランドを育て、機能性への安心感を築き上げたい。「JMCのものだから、少し高くても買う」と言われるようになりたい、という志があります。

そのためのひとつの取り組みとして、弊社の公式サイトに「CT生物図鑑」というコンテンツがあり、昆虫などさまざまな生きものをCT撮影した画像を公開しています。一見、1億5000万円もするCTスキャナーで遊んでいるように見えるかもしれませんが、それだけではありません。たとえば、CT生物図鑑をお子さんと一緒に見ていた大手メーカーの技術者の方が、弊社のファンになってくれたりということもありました。

最初は利益を生まないものでも、そこから何かが広がる可能性があるのです。私たちが日々楽しみながら取り組むことで、世の中に新しい価値を提供できる。それは非常にありがたいことだと感じています。

編集後記

渡邊社長は率直な人だ。インタビューでは会社の内実、自身の仕事観までユーモアたっぷりに語ってくれた。プロボクサー出身だけあって、いつの間にか相手の懐に入り込む。一方ビジネスでは、敵のガードの隙を突き、鋭く攻める。その勝負の決め手はそのスピードだ。ここまでまさに名勝負を展開してきた。さて、次のリングではどのような試合を見せてくれるのか。大きな声援を送りながら観戦したい。

渡邊大知/1974年、山梨県生まれ。高校卒業後に19歳でプロボクサーとしてデビュー。24歳で引退後、父が経営する事業に参画し、30歳で代表取締役に就任する。事業を3Dプリンターから鋳造、CTへと拡大し、2016年には東証グロース市場へと株式上場をはたす。現在、「試作」「量産」「自社製品」で安定かつ高収益なモノづくりを目指している。