埼玉県に拠点を置くYCC 横沢金属工業株式会社は、創業86年の老舗機能性金属加工会社だ。その舵を握る代表取締役社⻑の横沢広嗣氏は、研究者から経営者に転身した異色の経歴の持ち主。今日の横沢金属工業の方針には、研究者出身の横沢社長ならではの哲学が反映されている。工業と環境配慮という一見相反するように思える両者の共存に向け、知見を駆使して実現に努める横沢社長の活動に迫った。
研究者のバックグラウンドを活かした独自の経営
ーーまずはじめに、貴社の事業内容をお聞かせください。
横沢広嗣:
自動車や電子機器などの原材料となる「機能性金属」という金属加工品の製造が主な事業です。具体的にいうと、レアメタルなどを海外から輸入して商品化したり、フォーナインという精錬技術を用いた商品を製造販売している会社です。
利用されている例をご紹介すると、精錬した金属を素材ペーストという方法を用い、樹脂で練ってのり状にします。すると電気を通す性質を持つので、この性質が半導体によく利用されています。製造期間は商品にもよりますが、3日間で完成するものから1ヶ月以上かかるものまであります。
ーーニッチなビジネスという印象をもちましたが、競合の企業はありますか?
横沢広嗣:
現在はそれほど多くありません。以前は、海外生産の粗悪品が多く流通していたのですが、国産品への回帰の流れが起こり、最近は国内で使用する製品には国内製が求められるようになってました。
ーー社長に就任するまでの経緯を教えてください。
横沢広嗣:
もともと微生物などに関する研究者・教員として東京農業大学に勤務していました。横沢金属工業については、15年ほど前から創業者である祖父から経営のバトンを受け継いだ形になります。研究者時代に得た知見は弊社の研究開発にも役立っています。
たとえば、昆虫や微生物の構造を参考にして工業製品を製作することもあります。一例をあげると、トンボの優れた視力をヒントにして開発した「虫の目のセンサー」を持つ採光装置は、太陽光の位置を瞬時に追尾することが可能です。
ーーユニークな工業製品を手がけている背景にはどのような思いがあるのでしょうか。
横沢広嗣:
こういった取り組みをしている理由は、化学産業は環境負荷が高く、あらゆる面で環境に配慮しないといけないという事情があるからです。環境保全を志向したビジネスによってエコシステムを構築することが、長期的視点では地球のためになると考えています。これまでと同じように、ただ製品がつくれたらよいという考えでは、継続的な経営はできません。
社員は少数精鋭、その採用基準とは
ーー貴社に在籍する社員は約10名とお聞きしています。少数精鋭だからこそ、各自の役割が大切かと思いますが、どんな方が活躍していますか?
横沢広嗣:
弊社には営業はおらず、研究開発を担当するメンバーが大部分です。うち、中途採用で入社した社員が約半数ですね。採用する際に見ているポイントとしてはまずは、相手の目を見てしっかりと挨拶をきちんとできるかどうかです。
挨拶は仕事を含め、あらゆることの基本になります。能力はあとから伸ばすことができますので、人間性の面を重視して、挨拶ができる方を採用するようにしています。少数精鋭だからこそ、会社が成果を上げた際には社員に給与として還元したいと考えています。
環境に配慮し、未利用資源を活かす。世界に貢献する技術力
ーー今後、どのようなビジネスに注力していきますか。
横沢広嗣:
海外展開に力を入れていきます。関心があるのは未利用資源を活用した食糧問題の解決です。最近は特定外来生物による農産物・水産物への被害が多いのですが、その原因となっているアメリカザリガニやミシシッピーアカミミガメなどは有効利用される事なく処分されてきました。
弊社では、これらを飼料として有効活用する取り組みを始めています。現在は環境配慮に興味を示す企業が増えていますし、環境配慮の分野への異業種からの参入も活発です。この状況を追い風にして、私たちが確たる知財や技術力をもってリードしていきたいと思っています。
ーー事業を通じてどんな未来を見据えていますか。
横沢広嗣:
子どもたちが安心して暮らせる世界をつくりたいと思います。自然環境はもとより、人間環境をより良くするアプローチを続けていきたいと考えています。私たちの暮らす世界を変えるべくその一役を担えたらうれしいですね。
編集後記
「機能性金属加工品の製造を主業とする老舗企業を率いるのは、研究者出身の社長」というストーリーがユニークだ。経営者として積み重ねた経験を背景に、語る言葉にも確固たる信念が感じられる。他方、時折見せる世界や地球への優しい眼差しが印象的だった。工業と環境配慮を両立させることには、計り知れない困難があるだろう。だが、横沢社長の目には、それを乗り越えた先にある希望が映っているように感じられた。
横沢広嗣/1973年東京都生まれ。2002年に微生物学に関する博士号を取得後、渡米。2003年にカルフォルニア州ロサンゼルス郡立毒物環境学研究室を経て、2005年に東京農業大学客員研究員に就任。秋田県立大学にて、未利用資源の有効利用法に関する知的財産権を取得。2009年、YCC 横沢金属工業株式会社の代表取締役社⻑およびYCCグループ最高責任者に就任。2018年、バイオミティックス事業を行う株式会社日本バイタルを設立し、代表取締役社長に就任。2023年、閉鎖型養殖事業を行う株式会社サイエンス・ワンを設立し、代表取締役社長に就任。