
トンネル工事のICTシステムを開発・提供する株式会社演算工房。代表取締役の林稔氏が語るのは、華々しい成功物語ではなく、自らの痛烈な失敗から始まった現場目線の挑戦だ。巨額の損失を出した現場での苦い経験が、トンネル施工のICT化という新たな道を切り開く原動力となった。現在では国内外3000現場以上で導入され、トンネル測量分野のICTシステムで国内トップシェアを誇る。「世界一のトンネル総合商社」を掲げ、業界の課題に挑む林氏に、挑戦の軌跡を聞いた。
すべての始まりは、自信のあった施工管理での大きなミス
ーー現在の事業を始めようと考えた経緯を教えていただけますか。
林稔:
現在、トンネルのICTシステム事業を展開していますが、この事業を始めるに至ったのは、私自身の失敗がきっかけです。前職でトンネル工事の施工管理を中心に担当していたのですが、入社6年目の頃、トンネルの測量で大きな間違いをしてしまいました。それによって、100メートルの長さのつくり直しを余儀なくされ、会社に巨額の損害を与えてしまったのです。自信を持っていた施工管理が、一瞬で崩れ去るという、非常に衝撃的な体験でした。
この出来事から、「トンネル工事における人的ミスをいかにして防ぐか」という問題意識が私のキャリアにおける大きなテーマを与えてくれたのです。また、24時間体制で繰り返される作業は自動化が不可欠であると、身をもって痛感したのです。
ちょうどその頃、シンガポールで国際入札の業務に携わった際、素晴らしい測量技術を持つ企業「ワールドテック」と巡り合いました。ただ、この会社は優れた技術を持ちながらも営業力が乏しく、最終的には倒産してしまうのですが、この出会いが次の転機となりました。
その後、ワールドテックの元社員が演算工房の設立を考えているという話を聞きました。私が立ち上げメンバーと知り合いだったことや、トンネルの測量の経験があったことから、一緒にシステムをつくることになったのです。当初、私は会社を辞めるかどうか悩んでいました。しかし、純粋に「トンネルの測量システムの開発が面白い」と感じて、寝る間も惜しんで没頭していました。その結果、完成したのが「山岳トンネル向け測量システム」です。
具体的な製品がない段階でも、「私の経験上、こういうことがあったらよいと思いませんか」と提案していました。その頃、会社はまだ10人程度のスタッフで運営していました。しかし、第二東名や北陸新幹線などのインフラ整備の需要と合致し、大きな仕事を受注できたのです。
ーー経営者を志したきっかけについておうかがいできますか。
林稔:
積極的に経営者を志していたわけではありません。2006年に会社を設立したものの、政権交代を果たした民主党が2009年度のマニフェストで掲げた「コンクリートから人へ」という政策の影響で、トンネル工事が激減。弊社の商品には自信を持っていましたが、活躍できる場を失ってしまい、社内でも混乱が表面化していました。
当時は現場業務や営業など何でも対応しており、人手が足らなかったので以前一緒に働いていた元部下たちに声をかけ、手伝ってもらいました。彼らを巻き込んだ以上、私には責任があり、会社が倒産したからといって放り出すわけにはいきません。最後まで面倒を見なければならない、全て私が責任を取ろうという強い思いが芽生え、社長を引き受けました。
しかし、就任時は完全に逆風。そんな厳しい状況の中、転機となったのが中国での地下鉄建設ブームです。弊社の主力製品であるトンネルボーリングマシン向け自動測量システム「ロボテック」が、上海や北京、広東などの地下鉄建設で脚光を浴びて、国内でのマイナス分を補うことができました。
この経験から、外部環境に左右されても生き残れる仕組みづくりの必要性を痛感し、国内だけでなく海外でも広く採用される会社を目指さなければならないと考えるようになりました。
逆風を追い風に変えた3つのターニングポイント

ーーターニングポイントとなった出来事はありますか。
林稔:
大きく3つあります。1つ目は、山岳トンネル向けの自動測量システムを開発・販売しながら、現場のサポートをしたことです。弊社の前身であるワールドテックには優れた技術の要素はありましたが、販売の戦略が欠けていました。そこで、現場でのサポートやお客様との対話を重ね、信頼関係を築くことを重視しました。商品を持ってお客様と向き合い、丁寧に説明することで「演算工房は素晴らしい」と感じていただけるようになったことはターニングポイントです。
2つ目は、先ほど述べた中国を中心とした海外の事業拡大です。弊社の技術が海外で注目され、高く評価されたことが大きな転換点となりました。3つ目は、国交省が推奨する「i-Construction」に、私たちの商品が自動化・省力化という点で完全に合致したことだと考えています。
ーー貴社の強みと今後の展望について教えてください。
林稔:
弊社の強みは「情報化施工」にあり、ITを活用した建設をメインに掲げています。「はかる技術・みせる技術・つくる技術・つなぐ技術」を実現するために、ソフトウェア、ハードウェア、土木の現場技術をすべて自社で開発・実装できる体制が整っているのは、業界内でも珍しい存在だと思います。
弊社が目指すのは「トンネル業界の世界ナンバーワン」です。「トンネルのことなら演算工房に任せれば安心だ」と言われるような総合商社として、国内外問わず、業界を支える存在であり続けたいと考えています。
それに向けて、中期戦略としては「データドリブン戦略」を掲げています。多くの現場から得られる実績データを単に蓄積するのではなく、分析して価値を持たせ、次の顧客への提案力として活かす。これが次なる成長の鍵になると考えています。
未来を担う人材への熱い期待
ーー採用、人材についてはどうお考えですか。
林稔:
グループ全体で170名ほどの体制になった今、各部門においてリーダーシップを発揮する人材の育成が不可欠です。お客様の期待を超える価値をどう提供するか、それが今後の大きなテーマです。そのため、今後は若手の採用と育成に力を入れていく方針です。
人物像としては、何より「一生懸命やること」が大前提です。たとえ失敗しても、真剣に取り組めば、周りが助けてくれたり、チャンスが巡ってきたりする。若い人には、臆せず挑戦してほしいと思います。また、弊社で働くからには、将来会社を離れることがあっても、どこでも通用する力を身につけてほしい。縁あって弊社にいるなら、社員にとって自分を磨ける場でありたいと環境を整えています。
私は「私たちの仕事はお客様に育ててもらっている」と考えています。お客様に背中を押されてここまで来られた。その謙虚な姿勢を大切に、業界全体をより良くしていけたらと思います。
編集後記
巨額の損失という経験から生まれた問題意識が、業界全体の課題解決につながっていることが印象深かった。ビジネスの根幹を「人」と「現場」に置き、地道な努力で信頼を築いていくスタイルは、華やかなスタートアップとは一線を画している。若手育成にも熱意があり、会社の未来と業界全体への貢献に向けた林氏の真摯な取り組みに、今後も大いに期待したい。

林稔/1962年京都市生まれ。名古屋大学卒業後、建築系の会社に入社し、トンネル分野のエンジニアとして14年間従事する。2000年に同社を退職し、株式会社演算工房の立ち上げに参画。2006年代表取締役に就任。現在は、トンネル業界における魅力ある産業の創造の担い手としてITコンストラクションを推進している。